聖都の攻防 27 甘くない沙汰 3
馬車の中――。
マディヤ・ラジコートの膝を枕代わりに、燕尾服の少女ナシムが寝ている。
彼女はマディヤの腕に抱かれて屋敷を出ていた。
アグラは頻繁に欠伸をしてた。
「あれは...約束しなくてよかったのか?」
「出来る約束だけを、約束というものだからな」
首を振って、
「各組織が挑む事業に、ボクの確約など不必要だろ」
「不必要って言うのかよ。次期、だろ?」
結社としては“口”も“金脈”も再建可能なものだ。
或いは健在である“耳”や“目”、他には“狂信者”という傭兵もマディヤが団主となった暁には、一新される可能性はある。
そのための視察なのだという雰囲気はあった。
「視察か。面白いことを言うね、果たして残す必要があるのか...或いは別の何かに統廃合するとも考えられる...が、今はその時じゃない。団主にとっても、この辺りは想定内なんじゃないかなあ。ラグナル聖国はさ、大国ではないからね」
マディヤはナシムの頭を撫でる。
愛おしいものでも扱うように。
その眼差しも。
ふたりの光景を見ているアグラも頬が緩み、緊張が解されていく。
「そうかい...」
◆
聖国は大国じゃない。
見たまんまで言えば、地図上で北方の未開拓地を除くと、国土は他国の5分の1程度しかなく。
革命によって瓦解しかかっているコンバートルほどの混乱は、微々たるものだろう。
宗教国としての経済力の面から見ても、瞬間的な市場操作は可能だがだ。
恒久的ではない。
ただし、大陸中に信者がある教会国家がだ。
カネの力で困窮して躓き、倒れたらどんなイメージ成るだろう。
このブタ野郎! ふざけんなよ!!!!
――的な流れになっても、可笑しくはない。
枢機卿の中にも肥え太った人も少なくないので、ブタ野郎は刺さるかも知れない。
さて、あたしたちなんだけど。
ミロムさんとペアにさせられた。
ヒルダさん曰く――「腕が立つから警護役に抜擢した私の顔に泥ならぬ、おしっこで台無しにされたワケ、分かるよね? 分かるよね?...っだから、解任して後輩ちゃんの方を推すことにした。んで、悪いんだけど、ミロムに預かってもらう事にしたから...そこでも粗相したら、兄上さまの下働き! シモの世話くらいは役に立って貰わないとね!!!」――てな具合にまくし立てられ、払い下げられた。
屈辱はない。
いや、もうその通りだと諦めさえある。
「セルコットさんはね、自然体なの」
唐突に頭を撫でるミロムさん。
師匠やヒルダの撫で方には悪意を感じ、偶に抜ける髪に毛根があると泣きたくなる。
抜くなよ!と。
「ああああ」
「おーよしよし...私にはすっぽんぽんの心でぶつかって来ていいんだよ」
何かひっかかるワードな気がしたけど。
優しさに甘えるか。
「じゃ、脱いで」
「は?」
「エルフの型を取りたいんだ」
なんで?
どうした、ミロムさん...
「エルフの砂糖菓子を作るの。就任式の会場ど真ん中に飾って、新法皇さまに喜んでもらう訳よ!! 森の妖精? エルフの裸婦像は、富と豊穣をもたらすという伝説があってね」
ちょちょ、ちょっと。
ミロムさんは強引だった。
優しさはこれの布石で。
他のメイドさんも抱き込んでの強硬手段へと。
あたしはオリーブオイル塗れにされて、石膏みたいな風呂に放りこまれてた。
意識が飛んだのはすぐだった。