聖都の攻防 26 甘くない沙汰 2
「国庫に金貨が入ってないだと?!」
龍海商会では、上から下からへの大騒ぎ。
陶片選挙中で起きたことと言えば、小店の幾つかに強盗や殺人鬼がふらりと入り込み、従業員たちを殺害していったということ。
関係性は見えなかったんだけど、貨幣鋳造所のいくつかが襲われたのもある。
いずれも、銀貨や銅貨の製造に負われてた工場だった。
流通量の調整が難しい現場でもあって、警備隊が入る度に鋳造の手が止まって大変だった印象だ。
◇
ウイグスリー商会長によって開かれた会合から、生きた心地のしなかった龍海の会長。
とうとう心労で倒れた。
彼の実務は5人の息子たちに引き継がれたわけだが。
裏の仕事だけは、手元に置くよう努めた。
こんな危ない橋を、家族誰かに背負わせるほど、ワルい男ではなかったのだ。
「国庫に金貨が入ってないんだとして、今、それはどこにある?!」
今すぐにでも回収する必要がある。
関与がバレるとしたら、納品した記録からだろう。
それでも現物が見つからなければ、言い逃れは如何様にもできると考えた。
いや、確かにそれは可能。
手っ取り早いのは「それはあなたの思い違いですよ」くらいでも十分だ。
強引でいくなら「名を騙られた、かああああ!!!」で、怒り狂ってもよい。
「おそらくは太守管轄の宝物庫にあると予測できます」
首を2、3傾げてから顔を手で覆った。
心労がぶり返しそうなストレスが掛かる。
「太守?! よりにもよって太守か!!!」
ウイグスリー卿とは馬が合わないとはいえ、正義の使徒である。
賄賂は受け取らないし、頑固だし、融通も利かない。
「守備隊長、副長とまあ、側近の何人かは同じような実直なタイプで固められていますが。その隊員までもが潔癖とは限らないものです。綻びのひとつや、ふたつ...」
手揉みする小物の男がある。
結社の中では下っ端で、連絡係のような存在。
故に伸し上がるための野望と意欲があった。
「その様子だと?」
「ええ、あとは支度金何ですが」
結社“金脈”は商人たちの集まりである。
だが、野心と野望のある人間の財布は、金回りが良い方じゃなかった。
無駄な投資も多いのである。
「(こんな金も寄り付かない男に賭ける、俺も俺か...)で、幾ら入用なのだ?」
下種な男の嗤い声が、耳障りな夜になった。
◆
オークニー商会の客間から旅支度を済ませた3人がある。
大老に挨拶もなく屋敷を出た。
「このまま挨拶もなしに? つれないじゃないか」
声を掛けてきたのは、金脈の若い長だ。
結社を任されて6年目となる。
マディヤと比しても、歳が近いような青年だった。
「何用だ?!」
和装のアグラが睨みつける。
眉間に皺が寄ってるけど、眠そうな雰囲気があった。
「いや...何でもないさ。そうだなあこの場合は恰好をつけて見送り、かな」
この組織は早晩に瓦解する。
だから沈む船からネズミの3匹くらいが、逃げようとしているのを止める気はない。
「あんたの場合はもっと高いところから俺たちを見ているんだろ? いや、答えなくていい。求めてもいないからな...たださ、次の革命は...成し遂げてくれないか」
切実な依頼だと理解する。
マディヤは無言で彼の前から去る。