聖都の攻防 22 陶片選挙 3
閉じられた扉の外では、守備兵に守られた会員の姿が目撃され――。
遠巻きの柱越しから、覗き込むように見ていたのは結社が抱える小役人。
法皇宮付の近衛騎士団とともに、都市守備隊の姿を見かけるようになった。
具足の一部が石畳に擦られて金属音の軍靴が鳴り響く。
それは最早、異常事態である。
その足で小役人は、馬車を乗り継ぎ、オークニー商会へと走ってた。
「太守の兵が?!」
選挙管理委員会を掌握したとみていい。
「――あのまま服従しておれば」
オークニーの下にあった、金脈の若い首長の恫喝。
その威は本人に向けなければ意味がない。
「こちらを探ってた者があったな...盗賊に似せたり、殺人狂であったりと手を変え品を変え」
マディヤは、いつか前の夜会で見た者たちを仄めかす。
招待客の中に混じっていた異質の存在を、だ。
「申し訳ありません。気が付きませんでした...」
同じ部屋の同じ空気を吸って、吐く結社の守護者が呟いた。
いや、相手の方が少しばかり上手だと考えれば、それはミスではなく。
練度不足くらいの...
「だとすると、出方を見極められるか」
「どちらの?」
マディヤの眼光から苛立ちが見て取れる。
和装のアグラが青年の肩を揉む。
「なあ、旦那。かっかしても締まらねえ者は、締まらねえ。練度不足ってのは優しい言い方だが...俺らのような2本刀に命を預ける剣客にはな。使い物にならねえって話だけ、なんだわ!」
守護者の首が飛ぶ。
斬られた側も、それを斬った後で知らされた側も。
自覚出来ない早業だった。
「結社に無用は存在せず、だ!!!」
アグラの鯉口が鳴る。
抜刀から、斬り飛ばして血糊を拭い、そして納刀までがひと呼吸。
そして態と鯉口を鳴らす。
周りに何をして見せたのかわからせる目的で、だ。
「アグラさん、もう少しまっすぐ...天井へ向けて飛ばしてください。マディヤさまにご用意した紅茶に...血、飛びましたよ」
血飛沫の着地位置でも観測したように、それらを回避しながら室内を出たり入ったり。
とうとう傘を差して入室してきた。
侍女のナシムが振り返ると、ふっと溜息をつく。
「みなさん豪快に浴びておられますが...傘、要りますか?」
なんか、遅い反応だ。
マディヤも床を蹴ってシングルのソファ1脚だけ対面の壁へ逃れてたし。
そこはテラス側にも近い逃げ場である。
守護者の噴水は、ここの彼には届かない。
「あ、わりぃな嬢ちゃん」
「そう、思ってくれるなら噴水や彼岸じゃなく、ひと突きで胸を潰すような奇麗な方法でお願いしたいものです。私の給仕の邪魔、邪魔だけはしないで欲しいのです」
ふたりの掛け合いを眺めてるだけで、マディヤから憤りの熱が抜けていく。
彼の奥底からすっと、熱が冷めて――いったい何に怒っていたのかも忘れたなあ――。
「旦那の表情が戻ったようだぜ」
「ああ、らしくない事だ。...この結果は後に沙汰が下されるだろうが、このままではオークニー老、分かっているのだろう?」
老人の額に大粒の汗と、血飛沫がしたたり落ちる。
若い首長は、大老の用意したスケープゴートであるから、瞬時に状況を理解できなくても組織的には問題はない。
ただ理解で来てくれると、仕事の半分を任せられる。
そんな具合だ。
「御意」
若い首長と、大老の声が被ったのが聞こえた。