聖都の攻防 21 陶片選挙 2
陶片選挙の内側では、いささか混乱してた。
結社の協力者たちが東奔西走に走り回って、たぶん。そう、たぶん...すでに2回も、結審に至った筈の選挙が継続されている事実に困惑しているのだ。
1度目は何らかの理由で結審が見逃された可能性に至っている。
選挙管理委員会が、高齢者の寄り合い所みたいな雰囲気になっていることは、昔から分かっていたことだ。
が、
2度目の結審の方は意味が分からない。
結社主導による、傀儡法皇が見破られたのかとも、空回りな発想さえ巡らせた。
空回りな思考がもたらす影響は“不安”である。
結社が送り込んでいる工作員と、その神輿に乗っかる者の間に小さな亀裂が入り始めてた。
◇
「私の地位は...本当に保障してくれるのだよな?」
不安そうな虚ろな瞳が男たちを見る。
工作を画策しているのは、結社に抱き込まれた各地の枢機卿――結社“金脈”から多大な寄付をもらってしまって、正義などと説けなくなったものたちである。
教会にバレれば、いいとこ破門。
最悪、神の裁きを受ける身になるだろう。
この最悪が実在するからまた、行いに気を付けなければならないんだけど。
「ええ、勿論ですとも!!」
神輿に乗るこの男は、聖都を教区に持つ大司教である。
自分の年齢よりもふた、いやみっつも若い女性を好み、肉に溺れる小悪党だった。
よくもまあ、こんなものを見つけてくるものだと...
「結審に至ったはずの中で、選挙が続いている状況は腑に落ちませんが。...このまま無視され続けるのであれば、何度でも挑めばいいのです! 我々の意が外に通じないのであれば」
根気のいる作業になりそうだと、誰もが躊躇した。
かくして4回目、5回目と6回目、7回に達しても決まる事はなかった。
“金脈”からの指示では7日以内に選挙を終わらせろと、指示されてた。
その約束の期限は過ぎ、いたずらに疲労感だけは積み足されていく。
1日分の休日を挟むのだけど、缶詰にされた部屋からは出られない。
委員会長の長老曰く...
「選挙の透明性をはっきりとさせるためです」
と、説いたのだという。
参加者のための個室は投票室の中にある。
中央に大広間があって、壁に向きに最大50もの個室――室内の調度品は質素で、味気のないもの。
まあ、普段は修行僧たちのための部屋であるから、教会のシンボルが壁に掛けられ、ギシギシと鳴く簡素なベッドと小さな敷布、衣掛けのフックが壁から突き出している、そんなささやかな部屋。
奥に小さな風呂とトイレが用意されてた。
「娯楽は?」
聖国の南方から来た枢機卿に、北方の同僚から「あったらこっちも教えてほしいわ」と、皮肉ったという。
ま、この手の小話は、街の中から出てきたもので。
当事者たちは、半開きの鉄の扉越しに、外界のわずかな接触を楽しみに待っているわけで。
娯楽よりも外の喧騒に飢えていた。
「これ、今日の分」
もう力尽きそうな病的な表情で、陶片の入った革袋を会員に渡す。
「お疲れ様です」
代わりに麻袋が数個、部屋の奥に消えていった。
これ、本日の食事である。
「ねえ、ちょっと聞いても?」
扉が閉められる前に、朦朧としている枢機卿が会員の手を止めさせた。
「はい?」
「結審は成立していない、かな?」
扉向こうの手が視界から消えた。
うーん――なんて唸ったようにも聞こえて、扉の隙間にその手が戻って――「いえ、一度も決まっておりませぬ」と、物静かな声音で応えられて扉は固く閉じられた。