聖都の攻防 7
あたしは不意に壁際に浮かぶ影を見た。
まったく下階にはドアがあり、部屋に入るにも廊下へと続く扉がある。
よりにもよって“窓”から出入りする人があるものですか!!
「師匠!!」
ひとこと、言ってやりたかった。
ドアがあるんだからって。
彼に近づこうとした矢先、ヒルダさんの腕があたしの首に巻き付いて――師匠から引き剥がされてた。その腕の強引さや乱暴さじゃなく、必死さに驚いてて。
「キサマは、兄上さまではないな!!!!」
物凄い殺気を放って威嚇してる。
いや、それほど彼女が気張らないと、普通の人だったならば昏倒したに違いないという話で。
いつか前にも話をしたかもしれない。
世の中には相当に腕の立つ、本当に怖い連中がいることを。
この気配は、そう。
そんな連中だった――今にして思えばって条件でなら、あたしはヒルダさんにも見えないところで、とても冷静に...いや、平然とした冷酷な表情を彼らに向けてたと思う。
いあ、事実――そうだった。
「これは、また。とんでもない歓迎だ。この姿は、――っ。まあ、世を忍ぶ仮の姿とでも言おう」
声音は優しく淡々と。
どこかで師匠は声も盗まれてた。
でも、彼らは穏やかな口調で超然な性能差を見せつけたまま。
「メイドさんのはリーズ王国式、そこの背中が寒そうな黒いドレスの娘さんはドーセット帝国式剣術の使い手か? いやあ才能が集まっているねえ」
後輩もそれなりの名の通った、隠形の術家に印可ほどの実力が認められたものだ。
かつては門弟のひとりだった彼女が、だ。
エルフ特有の感覚によって、技のすべてを習得するに至ったというわけだけども――そんな後輩を用いても、いや、警戒されてのことだろう。動こうとした瞬間に一握りの殺気で封じられて呼吸も忘れた。
今、一息ついている状況だ。
ただ、この攻防。
残念なことにあたし以外には見えていなかった。
◇
仕切り直すように。
「――どこから話そうか?」
「その前に師匠はいま、どこに?」
あんな、ろくでなしでも一応は師匠であるし。
あたしの首を、頸動脈圧迫してくれちゃってるヒルダさんの大事なお兄ちゃんだ。
一応、心配しないわけがない。
「ああ、彼か。仲間から小遣いをもらって第7ラウンドに突入している。これでツキでも回ってきてくれることを願うばかりだよ。我々は目立つことを好まない...信条の一つに『汝、他人の目に映るなかれ』というのがあってね」
という教義があるんなら、今はそれを破って...
「いい指摘だ。この場合の他人というのは」人差し指を顔の前で伸ばして、軽くタクトでも振るように。
「衆愚のそれだ。隠形の術を使って存在の有無さえも、勘のいい連中からも隠し通すことは可能だが。万事その調子ではこちらのMPも尽きるし、メッセージ性もない。結社にはそれなりの形を尽くすよう心掛けているつもりなのだよ」
ああ。
ここでも別の何かの意識が動いてるようだ。
「ヒルダさん?」
流石に腕が苦しいので、彼女を呼ぶ。
見上げながらの調子だったんだけど、そこであたしは真実に遭遇直面したんだわ。