聖都の攻防 3
オークニー商会の朝は早い。
世界の裏から“カネ”の力で回すという響きは、童心に帰ったようで心が躍る。
「白金貨から純金貨に切り替えるのは、今まさに絶賛進行中だ」
大老が、青年マディヤの背後に立つ。
「順調で何よりです。しかし、浮かない表情なのは気になりますが?」
「いや、順調なのかと問われると、どうもな、正直に言えば不安も拭いきれぬ。こういう秘め事は...何度仕掛けても、尻のあたりがムズムズするものだ。慣れないものだと思ってなあ、ワシは悪事には向いていないのかも...な」
翁のは謙遜でしかない。
いや、嫌味にも聞こえなくもない――この人ほど、悪だくみの上手い人はいないだろう。
アメジストの金庫である“金脈”の長を、若い何某かに譲って、自らは表舞台からも姿を消した正に“影の実力者”となった、ユリウス・オークニー。
齢70手前の大老となっても、その慎重さには定評がある。
そして、悪だくみには当然、邪魔も入るから...。
彼のような者は、重度の病のように慎重さに慎重を重ねるものだ。
「出来得れば...」
「ウイグスリー、か?」
マディアも理解している。
両替商の幾人かは調略済みで、逆らう事の愚かさを知らしめてある。
そのうえで、尚、安全に事を勧めるのだとしたら。
およそ警戒すべきは、ウイグスリー商会であること。
「他の長老と一党を頼ることは組織として、どうかとも眉をしかめるところでしょう、が。認めなければならない...兵隊はいくらあっても、足りないという事にです」
マディアもその点には同意できる。
と同時に、口に対して憤りも感じた「なんて脆いんだ」と。
「上手く行かないものですなあ」
「時に、外の小鳥たちはどのように囀っているのですか?」
青年の声音が変わる。
しいて言うと、柔らかく優し気で丁寧に。
「壊した連中ですか? さて、例の連中ではないようですが」
情報は乏しい。
“口”の生存者はいないし、結局、跳ね橋街の警備兵が捕らえた賞金首たちは、口に雇われた傭兵に過ぎない。
協力者の数人が、だ「どうしてこうなった」について問うたところで、正確な答えがもたらされるのは稀か、いや無いといえる。
「さて、怖くなって壊したのが早すぎた。というのも仇になっているんでしょうなあ...不確かな情報、いや噂しか出回っていません――ドーセットの狂犬どもと、“金色のサイクロプス”までもが出てきたとか」
何の冗談かと思う。
この世界では“金色のサイクロプス”の方が舌打ちも交じって、忌み嫌われる。
暗殺者殺しの暗殺者。
「おっと、そろそろ店を開ける頃合いです」と、会長は青年から離れていった。
青年は未だ街を眺めてた。
陽光に照らされてゆっくりと輝く聖都の街並み。
カラフルなタイルの屋根からは、様々な彩を放っていた。
「――別件で気になる者たちに絡まれはした。が、あれはあの町でのひと時の巡り合わせに過ぎなかったはずだ。だが、ドーセットは来た...という事か?! いや、まさか」
漠然とした不安。
これをオークニーは、尻がムズムズすると説く。
「ああ、確かにムズムズするものだ」
マディアがひとりごちる。
団主はどこまで見透かしているのか。
とひとり、夢想してた。