ただ今の中継は、スラム街の空き家からお送り...1
まずは、口の中だ。
涙目の後輩なんて見たことないから、頭の上に拭きかけのタオルを乗せたまま。
ああ、我ながら本当にアホみたいな面をしてたと思う。
ミロムさんも指技の達人に達してた。
うーん、確か冒険者になる前は、その手の店で治癒士をしてたって話。
一念発起っていうんだっけか。
いや、なんで収入も確かで、安全な職業だったソレを捨てたのかは分からないけど、彼女は不安定でキツイ、或いは死亡率も高いという冒険者になろうとしたのかは教えてくれなかった。
その話になると、彼女は決まって。
あたしの耳元で――「セルコットさんに会えたから、チャラ」――って、言うんだわ。
それをヒルダは惚気話だと、いった。
◇
部屋の床で、なびれた茄子みたいになっている。
それが後輩の姿だったと、あたしは記憶しているんだけど...。
後輩の涎で濡れた二本の指。
後輩のシモで濡れた、手のひら。
今、ミロムさんの両手は磯臭い。
「こんなに溜まってたなら、もっと早めにヌイてあげてたのに。まったく強情なんですから、ね」
誰に似たんでしょう、とか。
いやあ、あたしは後輩にもイかされてたクチなので。
首を横に振ってた。
んー。
恐怖でもかんじてたかな、これ。
ミロムさんからはこれ以上ないほどの最上ともいえる、微笑みが浮かんでた。
ああ、これはヤラれると本能で感じた時――助け船が。
「下水道の工作がバレた、ぽ...い?!!」
――で、部屋に飛び込んできたのはヒルダさんだ。
少数精鋭ってことで海兵隊も10人程度しか伴ってない。
これが少々仇にもなったと、彼女は嘆くんだけど。
師匠の方は気丈というか...
「兵隊ってのは使いようだよ」
なんて、王室も国からも根無し草になった“あんた”が言っちゃいけない言葉だよ。
それはと、あたしでも思う。
「乳繰り合って、」
ややバツの悪い空気になったわけだけども。
ヒルダのくぐもった声が吐かれて、
「迷いの護符が破られた可能性がある。...ふん、つまり侵入したことがバレた!!」
次の定期便ももう間もなくだから、聖都内に潜伏しているであろう秘密結社の耳にもいずれは、侵入まで強硬した者たちの動向が知られることになる。
つまり、あたしたちのことだ。
あたしたちが何者であるかは時間がかかるだろうけども、一度、身バレしたのならば、だ。
今後の警戒は、あたしたち向けのものになる。
「...今はそうだなあ、不特定多数の何者かに警戒していることだろう。が、侵入者の人相から、或いはそれを元にコンバートルまでの足取りをと遡られたら...私は勿論のこと、ミロムや修道女、セルコットだって素性がバレる可能性がある」
怖いことをいう。
その時は正真正銘でマジ、怖いことをいうと思ってた。
でも、頭を整理して。
単純に考えれば、歴史の浅い薄っぺらなエルフなあたしには過去が無い。
いいも悪いもなく。
簡単に誰だか分かるだろう。
「セルコットの方は、背景が無いから案外、秘密結社にとっては意味不明過ぎて混乱するだろうが。私やミロムの場合は、どうも因縁が深そうじゃないか? 直接的な関係性は深くはないけども...」
「そうですねえ。方々でリーズとドーセットの邪魔をしてたのが、彼らだとすると仮定した場合は...標的が向くのはこちらという事ですか。と、するとただ単に放蕩になっただけのお兄さまも?ですか」
師匠の放蕩は、本人の性格から生じている。
けども、他者を警戒しているだろう秘密結社にすれば、だ。
野に下った行為が...
秘密結社を外側から切り崩すのだと、捕らえられた場合のソレは...
師匠も敵認定?!