跳ね橋を超えて、1
ラグナル聖国の聖都“ロズブローク”には、かつての城塞としての機能が生きてた。
そのひとつが跳ね橋だ。
普段は、東西の主要街道に繋がる大門の大橋は、常時降りてるんだけど。
残念なことに...
「あちゃー。陶片選挙中かよ!?」
って師匠は、爪を噛んでた。
小指の爪は耳垢さえもほじくり返せないほど、短くなってて...
陶片選挙は“教皇”を選出するためのもの。
国内の工房に依頼し、特別な製法で焼きあがった最初の壺を、その場で割って出来た“陶片”で、教皇選出選挙なるものが開始される。
準備にひと月、選挙期間は最長で、半年も開催された例もあった。
都市の名物みたいなもんだけど、この間は政治も外交もSTOPするんだとか。
国が文字通り休眠するだ、そうだ。
バカじゃないの?
「ああ、バカバカしいけどな! これでも教会の威光ってのは絶大だ。その権力を掌握するっていうTOPを決めるんだとしたら、世襲制よりもよっぽど公正じゃなきゃ、世界は混乱するって話だ」
師匠が師匠らしいことを告げた。
馬車の馭者席に師匠とあたしが乗ってる。
荷台には母衣を掛けて...
旅芸人の一座みたいな雰囲気を装ってた。
やっぱりねえ。
帝国の兵士たちが化けられるのって、選択肢が少ない。
帝国の騎士階級というと、もう貴族そのもので泥水被らせようとも、品の前にはボロ雑巾さえも神々しく見えてしまう。
若干の例外を除く。
「おい!」
え、はい。
「なんだ、その若干の例外ってのは?」
師匠が、またもあたしの解説に割り込んできた。
例外と言えば...
ヒルダさん。
凛とした面は...なんとなく持ち合わせている。
ただし言われない限り、ドーセット帝国の姫だなんて見えないのは事実だ。
このあたりのズレは、兄よりも鈍感で。
彼女ならば、
「あら、そんなに庶民的に見えるの? やったー!!」
とか、なんとか。
喜んでくれるんだ、わ。
「俺は、そんなにアホじゃねえ」
大差ないっすよ。
ツっ込んだら、胸揉まれそう。
◇
ヒルダ護衛の海兵隊は、結局50人までに絞った。
この大陸の常識からも合わせても、傭兵50はそこそこの戦力だ。
国からしての兵力としても、50という数は重要拠点を監督する施設の警備力に匹敵する。
だから、足並みそろえて都市に入城すると...
混乱する。
守備兵が反応し、城壁から弓を構えられる。
ああ、頭が痛い。
次に、市民から悲鳴が上がる。
傭兵だから「殺される~ぅ」だっけかな。
盗賊だったら、近隣の厄介な連中が2、3個連合したような数だってことで。
警戒されないわけがない。
「あ、えっと...私たちは旅の者です」
「そりゃあ、見ればわかる!」
会話ができるような雰囲気じゃない。
師匠が目くばせで、用心棒である兵士たちに、武装を解除させた。
外見だけの武装をだ。
強行突破だとくれば、ヒルダさんの“帝国式”ってので十分だが...
ここでお尋ね者になると、あとあとで厄介な気がする。
「当たり前だ、ばか弟子が」
「見ての通り、用心棒の傭兵は20人余り。他の男手は、劇団の働き手でしてね...役者をする者もいますが。最近は物騒なもので」
コンバートルの混乱がいい目暗ましになっている。
これは敵対者も同じだろう。
「陶片選挙中は、内側も出られない決まりだ!!」
ああ、これは厄介な話だ。