そうだ! 聖国へ行こう 10
聖国の豪商にして古狸と揶揄されるのが、
オークニー商会の会長だ。
一握りの小麦から一代で財を成した大人物。
というのが、人々が好む“一代記”のストーリーではあるんだけど。
彼は、地方代官の庶子だった。
どこの世界でも、いやどんな社会でも役人とはいえ、嫡出子が絶対という約束事を曲げることはできない。父はとにかく内でも、外でも“子”をつくるのが当たり前となり、母はいかなる素性の子であろうとも“家”のために引き取り、育てることに躊躇はしない――それが当たり前なのが、財を成した者の仕事なのだ。
さても、オークニー商会の会長さんなんだけど、彼の“一代記”は真っ赤な嘘で出来上がってた。
それは出自からも分かるように、地方代官の庶子からの這いあがり方でも。
◇
彼の家には、正妻が産み落とした息子がふたり、認められた妾として家にあった“女”ふたりから一人づつの男子があって、4人の兄があった。末っ子である彼とはおよそ5つ歳の離れた、兄弟という事になるんだけど。
庶子への風当たりは強い。
父の認知があって、子供だけ家に入ることが許される時代。
産みの母より育て母を敬えと言う社会。
子供には残酷なルールだと思う。
末弟の彼を仮に“ユリウス”と名付けよう。
オークニー氏にはちゃんと名があるけど、あたしが親しくないので知らんし。
これってそんなに長くひっぱるような話でもないし。
ユリウスにとって都合がよかったのは、聖国と国境線が重なってた地方領“リ・ビート”荘で、流行り病が発生したことだ。この病は、栄養不足からくるものだったけど...この時期に農奴たちが果物を摂取できることは稀だ。
しかも、森に自生している果物では、糖度などに偏りがあった。
“リ・ビート”領での栽培果実は“甘栗”の産地。
森から栗の樹を植樹し直しているものだから、猶のこと庶民に手が伸ばしにくかったものだ。
で、彼は一計を立てる。
「兄には、ここでご退場願おう」と。
ユリウスの直ぐ上、4番目の兄とは仲が良かったが。
妾の女が良くなかった。
まあ、医学書を読み漁った彼の計画は“毒殺”に至る。
4番目、3番目と順調に病没させたあたりで...銀色の仮面を身に着けた、如何にもヤバそうな連中の目に止まる。高い襟に返しがある袖通しの外套を肩にかけ、軍刀を腰に提げた――いかにも軍人という物騒な連中。
顔での素性は分からないけど、
身分や職業は手に取るようにわかる。
ああ、これはヤバイなあ。
「見事な手腕だ。ここで上り詰めても、父親の世襲程度で終わるのは...実に勿体ない」
見ていたように語られた。
軍服は洗練されたデザイン。
ウエストまでの短い丈が気になるところだけど、腰の帯紐が鮮やかだ。
帯紐の下には、鞣した幅広な皮のベルトがある。
舶来の短銃が2挺、帯刀する軍刀、投擲にも利用するナイフが4本が仕込まれてた。
「ふふ、よく見ている」
ユリウスの背は相変わらずだけど、そこそこの青年には至ってた。
「――っ、我らの組織はかつて“騎士”が13人で興した世界に秩序と奇跡を与えることを目的としていた。だが、世界は広い!!」
青年は頷く。
まあ当たり前すぎて、路地裏だってことも忘れてる。
しかも、地方領だってアンダーな部分はそれ相応に危険な香りがする。
「“騎士”が13人...数が足りなさすぎる。故に、騎士団の教義が理解できる者を集め、導き、そして下部組織の長老へと育てる。そこで、相談だ...君のような聡しい若者が卑しくも、兄殺し並びに、継母の殺害までもの罪を被ることは果たして正当なのだろうか?」
一寸では意味不明だった。
確かに毒殺を実行したのはユリウス自身ではある。
継母だって事故に見せかけてはいたのだけど。
「ふむ、まだ全体が見えにくいか」
彼を軽々と、軍人然とした者は抱えた。
背が低すぎて物理的に見えにくかったわけではない。
抱えあげられて見えたのは、頭の中に流れ込んできた己も這いずり回る舞台装置の俯瞰図だ。
「どうだね?」
「どう...」
長兄が、自分の足場を固めようとする策略のすべてだ。
医学書を読み漁れるように書庫の鍵に細工している次兄の姿――。
殺害にまで至るような継母たちの仕打ちなど。
これはレールだ。
「そう、レールだ。だが、君の犯行は稚拙ではなかった。本妻の子らは、落ち度のない君に対して逆に危機感を募らせている...故に、だ。この場にて君の暗殺か、或いは捕縛という無粋な手段を採ったわけだ。で、今一度...我らは少年、ユリウス・オークニーに問う! 騎士団の傍らにて輝く4つの宝石、紫水晶にてグランドマスターを目指してみないか?」
これは勧誘。
そして、半世紀を賭けて長老になった男の物語である。




