そうだ! 聖国へ行こう 9
聖国の忠犬“イーヴィー准男爵”は、聖都の貧民街から孤児を出自とする、街の英雄だった。
独学で磨いてきた魔法剣だけで12歳。
聖国の騎士養成学校に圧倒的な性能差を魅せ付けて入学したという。
在学中には、婚姻やら養子縁組だので引っ張りだこだった、らしいけど。
師匠からの話なので、相当盛ってる気がする。
20歳を前に竜騎兵団に所属。
実力が認められたのだと思うけど、
貴族の子弟ならば、頭角を現した若年のころにはオファーが来ているはずだから。
このあたりは政治的な駆け引きというのが、働いたのだと思う。
そうそう。
この時点で、ぶらり家出中の師匠と出会う――ふたりは、なんとなく気が合ったとか。
マジっすか?
どう見ても、ぶらぶらしてる放蕩息子っぽいのに対して、真面目な准男爵が説教した雰囲気...
師匠に殴られた。
っ、理不尽な気がする。
以来、師匠とは10数年の親友だと教わった。
「金の使い方が上手い奴だった、な」
「それは、よく奢ってくれたなあの間違いなのでは?」
また、殴られた。
ヒルダさんが、あたしの代わりに怒ってくれてる。
で、彼女も平手で殴られ...ぐるんぐるん回りながら床にたたきつけられてた。
よ、容赦ねえ。
あんたの妹だろうが!!
「俺の勘に障ったやつは、親だろうとも張り倒す!」
文句あるかって。
それ、ミロムさんが支払った焼き魚を食べるか、或いは皿に置くかで叫んでください。
口の中に入ってるもんが飛んできます。
「まあ、いい。あいつはなあ、清貧という言葉に憑りつかれてる奴だったよ。爵位は一代限りの“准男爵”ってのに拘ってな...自分の子供には身分相応にと」
目頭を揉む師匠がそこにあった。
こんなのは初めて見た。
◇
准男爵には、長男で同じく竜騎兵にあがった騎士がある。
次男は、10歳程度で算術の方が明るいとの話。
イーヴィー家は、家長を失っても長男で踏ん張れるだろう。
が、財産は父の教えで大したものは無い。
密偵という仕事で、殉職扱いにでもなれば。
遺族に対する給金と見舞金が出るんだろうけども。
「うーん、あいつの性格だと辞退しかねないなあ。俺が本国からふんだくった金で見舞金だの出しても受け取らんだろうし」
「あ、そ、そういうのは自分で労働した金の方が受け取りやすいかと?」
またまた意見しちまった。
ミロムさんのなんつうか、わくわくした表情が怖い。
後輩よ、ヘルプ!!
壊れるあたしに回復魔法を!!!!!
「ああ、そうだな。俺がちったあやる気出して物乞いでもして、溜めた金でなら...あいつも受け取ったかもしれんなあ」
で、殴られなかった。
逆に。
逆に怖いことなんだけど...撫でられた、頭を。
むしろ、そっちの方が怖い。
ひきつったあたしは、ヒルダを見た――視線を外された。
おおーい!
次に後輩...が、居ねえ!?!
後輩は、食堂の親父さんの方へ空いた皿を持って行ってた。
マジか、よ?
じゃ、ミロ...ムさ、ん?
寝落ち!!!
この薄情者ぉー。