港街の悪い人たち 2
開戦の火蓋は、あたしが真後ろに倒れた時だった。
「よくも! 先輩を」
って叫んだのが後輩で。
それが合図だった。
聖堂騎士団は抜刀すると、片刃の片手剣と小剣で「八」に構えて走り出す。
冒険者との間で剣劇がはじまった。
金属のかち合う音――それは凄く重たく、そして骨が軋む感触があたりを包む。
間違っても『キンキンキン』なんて、アホみたいに軽いものじゃなく。
そう鍔迫り合いになると、金属の擦れる“ギリリ、ギッギリリッ”って濁音ばかりの音がする。
振り下ろされる切っ先を、力いっぱいに弾く音は“ガギャッン”って高いけど重たかった。
鈍器みたいなバールのようなもので、同じ質量のモノを殴れば、恐らくは想像がつくだろう。
冒険者と騎士団との間には、決定的な武力さがあった。
小剣で切っ先を受け流し、振りかぶった片手剣で袈裟斬りに持ち込む。
という剣技――相手が素人であれ、手練れであれ想定した殺陣の前では騎士団を上回ることは稀だ。
利き腕外に装備した小盾で受けた冒険者は、想像以上の重たい一撃を貰って屈し、上げた腕が下がって肩まで刃を喰らってしまってた。
これが剣術を知っているものとの差である。
圧倒的な武力の前に冒険者では歯が立たない。
加えて聖騎士らの方は、数こそ騎士団の半分にも満たないのに、数で圧倒する黒装束たちでさえ手を焼かせる存在だった。対峙しているローブに包まれた者たちも、聖堂騎士に勝るとも劣らない手練れであるのは容易に感じ取れる。
だが、それでも聖騎士らの前では、新米騎士と熟練騎士みたいな差があった。
教会の騎士力を見せつけられると、脳筋は筋肉が疼くようで――
協会のガムストンさん臀部を掻きながら、
「聖騎士マジ、パネエ!!」
脳筋の戦意に火がついたらしく、聖騎士を背後から襲ってた。
殴られても半、いや1歩半ほどグラつかせられた、鎧武者にも灯がともる。
「ごらっ!?」
短くキレかけた様子で、冑の奥から曇るような声が漏れる。
太くて渋い。
身体の芯から寒気が広がってくるような、殺気。
「おっと、わりぃな」
って顔面にもう一発。
アホだ。
脳筋ってみんな、アホだ。
トッド君は明後日の方へ身体ごと捻り、
脳筋は「アホだー」って雄叫びを上げていた。
◇◆◇◆◇◆
後輩の修道女と教区長は、場所を移して対峙してた。
分が悪いとみて真っ先に逃げてた。
「どこへ行こうとも当方が枢機卿に報告すれば、教区長の声は教会に届きません。よって、今ここで決着をつけないことには」
話してる最中に爆発音。
乾いた軽い爆竹のような音で、他所で金属のかち合う音の方が大きいから、爆竹音は彼らの耳に届かなかった。仰け反り、背後へ半歩下がってふらつく後輩。
肩のローブに焦げた痕。
少し内側だから、鎖骨下のあたりだろうか。
「痛ぅ...」
後輩は、左肩をそっと見てる。
「こ、これ...マスケット?!」
「博学だな修道女。これは舶来品でね、海を渡って来たものを手に入れておいたものだ。私のように魔法の一つも使えない者でも、似た奇跡が起こせるとなれば...買わない手はないだろう?」
と、腰に巻いたガンベルトに納めると、もう一丁抜き放つ。
教区長の悪役らしい傲慢な笑みが、浮かび上がるように分かる。
ただ、後輩もただヤラれるような、柔なつくりはしていない。
撃たれた方の腕をぐるんぐるん回しながら、
「一瞬、驚いて怯んでしまいましたが。当方、先輩の雫を頂いておりますれば、このような傷も然程大したこともなく、治癒魔法要らずにございます。なんなら、このまま逃げるのではなく...先輩でも掻っ攫って逃げた方が得かも知れませんよ」
なんて持ち上げてくれる。
いや、どうせその超耐性だって、吸血体質じゃなかったら取り込むことも困難なのに。よくもまあ、あたしを高く売り込んでくれるものだ。
「なるほど、そうだな」
ほどなくして教区長の後に続いた黒装束たちが、あたしを米俵よろしく運んでた。
荷物じゃないぞー!!
「それ、暴れたら」
「厄介なのだろう? ああ、その点は抜かりはない」
クスリを盛ったという意味。
警戒を解くためにカウンタースキルは、発動させないでおいた。
いや、しっかし乗り心地悪いな。
上下に揺れ幅、半端ないんだけど...
「暴れますよ、ソレ」