火炎球の魔女
【幼少期】
アタシの両親は、村の連中から避けるように森の奥で暮らしてた。
なんていうのかなあ。
閉鎖的な社会だってことは薄々感じてたし。
アタシらみたいな、横長に耳がぴんと張った以外の人は珍しい客扱いだった。
丸耳の餃子皮みたいな連中が後に、アタシらとは違う種族だなんて知るのはもっと後のことで。
そうだなあ、アレは――もう少し日差しが強かった頃かな。
その日は唐突にやってきた。
普段は、村から来るヤツってのは、長老くらいしかなくて。
アタシんちのあばら家に老女が立ってた。
「ほう、いい目をしてるじゃないか」
じっとアタシを見てきた。
変だなあって感じでしかないんだけど、アタシの中がざわついた。
森の奥に居た両親たちが気が付いて、さ。
老婆とアタシの間に溝ができた感触。
「炎の加護だね」
見てもないのにズバット来やがった。
遅れて長老が走りこんできた。
「ババアのくせにどんな足腰してるんだよ!!」
エルフの長老だ、900歳は迎えてる。
走ったところで人間のように急にコロリと行くようなひ弱さはないけど、その長老が額に汗を拭いきれないほど浮かべてるのは異常だろう。鬱陶しい暑さもあるんだろうけども――
「まあ、中で話そうか?」
◇
家の中も質素だ。
村の生活はアタシらの倍いや、3~4倍は贅沢だと思われる。
中に入っても気怠い暑さから逃れられないと、長老がボヤいたからそういうことだ。
森の眷属なんて言われるエルフは、多彩な魔法を操ってきた。
当然、水魔法と風魔法の組み合わせで、ひんやりとした快適な昼夜を過ごしている。
アタシがいなければ、両親もそういう生活がおくれてた。
「まあ、この子の前では“水属性”はダメだろうねえ」
老婆の見透かした目がこちらに向けられる。
アタシも自身でよくわかってた。
「だけど伸ばせば、うん、ワンチャンあるよ」
何を言って。
両親の目が輝く瞬間ってのを見るとは。
アタシ以外が、この老婆のことを知っている。
そりゃそうだ。
このかた生を受けて30年ちょっと。
両親ともに生粋、混ざりけなしの真エルフとくれば、ほっといても長命な生物だ。
見た目6歳程度のアタシの知る世界なんてのは、狭くて当然だ。
「おまえさんも、薄々感づいていると思うけどね。あんたの中にある各属性に対する抵抗力はズバ抜けている。ぶっちゃけるとだ、他が使えない分防御力に全振りしたようなもんだと思えば想像がつくんじゃないか?」
って言われて理解できるほど、エルフの幼少期ってのは長くはないんだわ。
単に30年ゆっくりと流れた時間っていう感覚だ。
人に置き換えるなら、ぎゃーって生まれて、6年経ったようなそんなもの。
転生者とか、転移者じゃないんだ。
エルフ語以外を理解できたのだって、ここ最近だ。
いや、まだうまく喋れてるかってのも怪しいレベル、ふん......悔しいが何を言ってるかアタシにはちんぷんかんぷんだよ。
「今は理解できなくてもいい。いずれは否応なしに理解するし、その力を伸ばしてやろうと言うのがこのババアさね」
【少女期】
あれから何年経ったかねえ。
村を出て、この世のすべてだと思ってた世界が、実は島だったことは驚きだった。
南マダガスカル島って名前だったか?
アフリカ多島海に浮かぶ楽園のひとつ。
浜辺で出会った最初の異種族戦闘がマンイーター・ヤシガニ。
もう、ひとこと言ってただの化け物だった。
夢中で撃ち放った火炎球でアタシの可能性は広がったんだけど、しょい込まなくてもいい宿命みたいなもんまで背負いこんだ気がする。
火属性の御使いってのが頻繁に表れるようになった。
アタシに師匠と呼ばせようとする老婆とともに、更に東にあるという魔法学院へ向かった。
山岳信仰の拠点とかそういうのであるらしく。
町の名は“キャンディス”といい、組織名を“炎の柱”と呼んでた。
「別に火属性の魔法使いが集められているわけじゃないよ、たまたま、ね。魔法詠唱者ともなれば、炎がトレードマークになるのが必然だったのさ。結果的に組織名を変えることなく数百年の時を刻んできたって...」
彼女の言葉が耳に入らないくらい、アタシの目にはソレが新鮮に映った。
いろんな種族のいろんな人々が学ぶ場所。
ここで外見年齢が16歳に見えるまで学びつくすことになる。
魔法の才能は、知覚することからだと知る。
ただし、火属性の加護を受けるよう御使いが来た。
枕元に立つとか――。
入浴中のうたた寝の頃、食事中に隣の席に居たり、授業中の講師と重なって見えたり――散々だ。
「いや、そもそも加護もなしで今まで炎を扱ってたっての方が驚きだよ!!!」
師匠の唾が飛んでくる。
「唾の他に入れ歯とか飛ばさないでくださいね」
「まだ、そんな年齢じゃないんだわ! 乙女の心も傷つくことを平気で口にするでない」
儂の心は繊細なんじゃってのが、耳タコになるほど聞かされた。
外見がシワくれてるのなら、中身も水分不足に見えても仕方ない。
「いや、しかし...御使いからの催促とは、まあ、なんだ...」
「なんですか」
「どこまで才能を極振りしてるんじゃ?!」
入学時では測りきれなかった能力が、ここにきて開花したという。
まあ、半世紀以上は経っているしそういう事もあるよね、っていうのが魔法使いの中での常識。
「魔法使いの常識なんてのは、ほとんどが非常識だから真に受けなさんなよ」
師匠の忠告も、たまに非常識が混ざる。
パンツは裏返せば2日はイケるとか......そういうどうでもいい有難迷惑な知恵だ。
それは匂いが色々とヤバいのでは?の返しが無返答。
バツと答えに詰まると、途端に耳が遠くなる。
便利な機能だと思わされた。
【卒業試験】
師匠もだいぶ歳とったなーとみえる。
「いいかい、魔法ってのは想像力だよ。ひとつをひたすらに鍛えたものはスキルじゃなくて武器になる。例えば“火矢”ってスキルは覚えたての場合、弓矢を連想し続けてる。それはまあ当然だね...」
顎で使われるように、アタシが壇上に引っ張り出された。
ってか、これってアタシの卒業じゃなかったか?
「いいかい、ほら...やってみな!」
右手の親指と小指だけを立てる。
構えは別に考えてない。
ただ、なんとなく空に向けて片膝をついてた。
周りから「あの格好、なんだろう?!」ってのが聞こえる。
イメージは“炎”の球体から細く引き伸ばした楕円形の球体だ。
アタシのイメージの限界。
丸っこいのしかイメージできないんだわ。
再び聴衆からの笑い声が聞こえた。
「構わん、放て!!」
弓兵の要領で投射した。
真っ白な炎の楕円形が天上高く昇っていく。
矢なら曲射して落ちるんだろうけど、
「もういい、爆ぜろ」
師匠の言葉と同時にアタシも「爆ぜろ!!!」って叫んでた。
大爆発――聴衆だけじゃなく、学園中の講師たちが天上の発光体を目撃してた。
「これが一つを極めた者の武器じゃ。確かに今のは“火矢”ではない。が、火矢に似せるならイメージじゃ、な。あの楕円形の球体は変形したファイヤーボールじゃで。コレの唯一のスキルだが、常にクリティカルヒットが狙える必殺の武器じゃ」
新入生たちに披露するのが年長者のいや、卒業者の姿らしい。
今に思えば、それはただの言い訳、晒し者だろと思う。
でも、あの時はそう思わなかったんだ、わ。
師匠の期待を削げば、1年生からやり直しとかありそうだし。
◇
「じゃが、こうして晴れて冒険者ギルドに登録できたじゃろ」
“炎の柱”出身の魔法使いということで、試験もなしに鉄のプレート持ちになった。
確かに学園に頭が上がらない。
いや、足を向けて寝られないだっけか。
「で、その後じゃが」
御使いの件だ。
加護の儀式は終えたけど、貢物がないとすぐ様に顕れて催促する始末。
「火の加護者“アグニ”だっけか」
「いや、そっちじゃなくて“スーリヤ”の御使いたちが、ね」
子供の頃からの仲だし。
今更感がある。
「結局、貢物って何でしょうか?」
「そりゃ銭だろ、王冠っていう特別な貨幣があってな。ダンジョンに潜ったならば古代の遺跡からソレを持ってこないことには始まらん。いや、ダンジョンでなくても良いのじゃよ......そうさなあ、今時ならば盗賊どもも金持ちや、貴族から強奪しているから、な」
なるほど。
ギルドの仕事以外に、そういう連中から奪えと。
「じゃがあまりに悪目立ちすると、だな......」
乾いた音が響く。
柏手でもうつようなものでもなく、ただ、たたく音。
土埃を払って、咳払いが一つ。
「......じゃ、貰えるもんを貰いましょうか?」
もはや奪えるものは、すべて頂きます、ありがとうございました――と、告げるような場面。
冒険者ギルドから支給品された、No.7“魔法の収容風呂敷”へ煌びやかなお宝が放り込まれていく。それこそ各地から集めたご禁制の品や模造かもしれない美術品に、大理石の彫像から金塊とか、銀食器に銀の燭台なんかもあった。
盗賊たちが、しこたま集めたお宝は、底なしの風呂敷へと注がれた。
「あ、あの...」
正座して、河童みたいになったひとりが手を挙げる。
あたまのてっぺんが綺麗に燃え落ちちゃった人たち。
頭髪がおかっぱなのは......知らない、
「はい、そこ。発言しちゃって」
フードを深々と着込んでる侵入者は、深々としゃがみ込みながら指をさす。
まだこの時、背後にある危険に気が付いていなかった、わけ。
「ばーか、死にさらせや!!」
って発言を最後に真後ろへ、発言者君が豪快にぶっ倒れてた。
左右の河童らが振り向くと、
「マジか?!」
ってハモったように声が挙がった。
発言者君の額に銀のフォークが刺さってる。
近づけば、部屋の灯を遮るのだから――知覚が遅くなっても、対処くらいはまあ、ね。
アタシは、天井高く跳躍して見せて強襲者の視界から一瞬のうちに消え失せた。
それが、軽業のようにも見え、大剣の一閃から逃れてたわけ。
「お、おかしらぁ~」
子分たちの囀り、ぴーぴー喚く親鳥を待つ雛のようだ。
その親鳥は躊躇いもなく、子分たちを一閃で薙ぎ払ってた――「ああ~あ、こんな忠勤者をよくもやってくれたもんだ。手足に縄で身動きがとれねえってのによ。酷くねえか無抵抗をいいことに、よぉ?!」
「いやあ、やったのはアタシじゃないし」
天井まで跳んだけど、天地逆さまの状態で――アタシ側からすると、巨漢のソレを見上げてた。
アタシは、指の力だけで天井に張り付いてる。
修練を積めばこれくらいなら...。
フードの奥からゾロリと向ける赤い猫目。
これをくるりと回し、舌なめずりで渇きを癒す。
「とっとと降りて来いよ」
「えー今日はもう、賽の目も振り終えちゃってるし。戦っても手加減できそうにないよ?」
って多分、減らず口を叩いてた。
相手が安い挑発にも乗ってくれると思って吐いた、嘘。
これは私見、巨大な剣は両刃に見えて実は、片刃という代物――業物と思わせての鈍らまでは可哀そうかな。
恐らくは、鍛冶師側の事情なのだろう。
値切ったか、或いは暴力でねじ伏せたのか、鍛冶師はその腕前の半分も込めずに打った剣。
仮にも人の命を預かるものなのだから、たとえそれが盗賊だとしても、鍛冶師の心は痛まなかったって感じか。
でも、鍛冶師にとってもっと不幸なのは、そんな鈍らをぶんぶん振り回してる盗賊の方だろう。
剣の価値も知らずに、仰々しく扱っているのが滑稽で仕方ない。
「じゃ、面倒だしちょっとだけ相手しようかな」
天井を床のように蹴り、棟梁と視線が交差した気がした――やはり狙っていたかのように一閃が奔ってきた。
......ああ、分かり易い......。
剣の鋼が部屋の灯によって輝いた瞬間だ。
横に薙ぎったその刃は、小さな爆発と共に、線の細いローブ姿の不審者に防がれた。
この後は棟梁の怪力を以てしても、びくともしない。
いや、そうじゃない!?
鋼鉄の剣の身に指がめり込むほどの腕力で、今にも握り潰されそうになってた。
「う、動かない?!」
怪力というほど彼には力を感じなかった。
アタシが規格外って話じゃない。
「考えもなしに横薙ぎが通用すると思ってるから、アタシの術中に落ちる訳よ......ま、素直に負けを認めて王冠を差し出すことね」
刀身を生身の手で握りつぶすかの勢いで掴んでる。
ただ、その手がやや光ってるのを、棟梁が知っていたかは分からない。
そこまで状況を把握していれば――
「王冠?!って、お前...」
大剣を握ってた柄から手を解き、棟梁は後ずさる。
「聞いたことがある。見境なしに、悪徳と付けば貴族や商人までをも敵に回し、盗賊の俺たちよりも慈悲の欠片なく資産を根こそぎ奪っていく悪魔がいるって......話だが、あ、あんたか!!」
惨殺した部下の血の海に足を掬われ、豪快に転んでた。
まあ、その不幸も、アタシのせいだと喚いてた。
「悪人に“悪魔”とか呼ばれたくはないけど、アタシの興味は王冠だけで、さ。...っ盗賊って、治安に良くないから壊滅して回ってるわけで、一掃したいんだけど? アタシの為になんて言わないからさ、とりま捕縛にご協力お願いします」
掴んでた大剣を放り投げた。
掴んでて知った、思った以上に軽かった。
《ちょっと拳に力入れたら、脆いだろうなああの剣......》
投げ捨てた剣をもう一度見る。
床の石畳に突き刺さってるけど、掴んでた刀身にひびが入っているのが見えた。
もう使い物にならない。
「剣で勝てそうにないのに、戦うバカは居ねえ、だろ?」
文字通り、血の海から滑って立っての繰り返しで這いあがる。
獲物は無くしたけど何か策があるって言う、わっかり易い表情が垣間見えた。
「あ、うん。まあ、そう、だね」
飛んできた閃光弾をモロに顔で受けちゃった。
棟梁の「やったー、ざまあみろ」って声は、気持ちのいいくらい威勢がいい。
威勢はイイんだけど、さ。
アタシの堪忍袋の緒は、さ......短いんだわこれが。
「火炎球!!!!!!」
濛々と立ち込める爆風を突き破って、ゴルフボール大の火の玉が飛び出した。
その光弾は、時折振り返りながら走る棟梁の胸前で爆ぜり、彼は灼けた肉片へと回帰してた。
◆
アタシは、冒険者ギルドの奥の部屋に通された。
「じゃあ、今回の稼ぎについて聞こうじゃないか?!」
ここのギルド長は若い男だ。
元は、別の街の盗賊ギルドで、裏稼業に手を染めてたという噂がある。
もっとも、そういう噂のひとつでもないと、冒険者ギルドの長なんて務まらないって誰か言ってたな。
「俺だよ、バカか?! お前は...」
「他人の心を読むやつが、」
やや呆れられたように首が振られ、
「てめえの借金、肩代わりしてる人間になんて口の利き方してる? お前なんてなあ、登録剝奪して、だなあ。遊郭にでも叩き売ることさえ造作もないんだ。が、稼ぎは稼ぎ......遊郭で売れ残るのがオチのお前には、これがチャンスって分かんねえかなあ、この脳筋が!!」
仕込み杖で乳房を突かれた。
ちょっと痛い。
売れ残るのは困るなあ。
借金が返せない。
「で、王冠はどこだ?!」
「あ、うん。あった7枚、これは“スーリヤ”の貢物だから渡せないぞ?」
外見年齢16歳の少女が“可愛らしさ”を前面に押し出し請う虚しさ。
王冠――古代遺跡に眠るガラス細工の装飾品にして、埋没していた貴重な金属貨幣。
様々な色や絵柄があって、神様や精霊の貢物である。
その他では、蒐集家と呼ばれる一部の人間が、欲しがっていると聞く。
面倒なことに凄い価値があるんだとか。
「7枚なら6枚は置いてけ!!」
「これ以上“スーリヤ”にひもじい思いは」
するかどうかは分からない。
ただし、うちの加護神は信徒が少ない。
神々の宴とか、晩さん会というのがあれば、信徒の数や貢物でステータスを満たし――
「ギルド長、その手は」
「寄こせ、素直に寄こせば悪いようにはしない」
借金が増えると、脅しも入った。
が、6枚は暴利だ。
せめて3枚は残して欲しい。
「よし、4枚はこちらに...」
「また、読んだ?!」
読まれやすい心だからと、乳房を鷲掴みされ――
「いいから、いいから寄こせって!」
手持ちの4枚が、なす術なく奪われた。
回収した宝物もすべてギルドに没収され、“盗賊一掃”としての報酬のみ支払われた。
彼らは言う。
「これで借金の1割回収だ、な」
「未だ1割?」
アタシの物言いに対し、
不機嫌そうに眼を細めギルド長は、
「盗賊のアジトな、あれの清掃はギルドでするんだ。治安維持にも金は掛かるし、お前の攻撃でそこら中が炎に飲み込まれる。これの始末をつけるのも、な......我ら冒険者ギルドなわけだ。で、盗賊の資産だがなあ、元々は市民の私財なわけだが?」
ここまで捲し立てられると、言い返す気分も失せる。
たぶんもしなくても、ギルドにいいようこき使われているのだろう。
自覚はある。
借金だって踏み倒してもいいけど、
師匠だった老婆の声が耳に残る――「あまりに悪目立ちすると、だな......敵しか残らん事になる。そうしたら、生き難い世の中になるぞ、い」と。
◇
ギルドの表は、受付嬢が会員の世話をしている。
奥から戻ったアタシに目を輝かせたのは、アタシ付きの世話役だ。
なんとかテリアっていう犬族の娘らしいんだけど。
名前が思い出せない...。
「いい仕事ありますが、ひとつ嚙んでみませんか?!」
この子も、悪い子じゃない。
いや、受付嬢すべてが悪い子じゃないんだ。
ただ、もってくる依頼の裏には、どうしてもギルド長が控えてるような気がしてならない。
今日も程よく渋ってると、
「じゃ、お前みたいなソロは、ダンジョンに潜るしかないな」
って、ギルド長の声が奥から聞こえてくるわけだ。
ギルドに登録している冒険者たちから様々な目で見られる。
まあどれも勘違いの色眼鏡ってやつなんだけど。
これにも難色を示すと、増えなくていい借金が増える。
で、結局――「頑張って働けよー!!」って流れに。
アタシは、エルフ。
太陽神“スーリヤ”の加護を受けた、火炎球しか扱えない魔法使いだ。
◆
アタシの手の中にはいつも、2個の6面ダイスがある。
賽の目が~なんてのは、このダイスの事だ。
振ったって何が起きる訳じゃないけど、まあ。
縁起ものだよ、まったく。
「姐さんに耳よりの情報」
根城にしている安宿に、後輩だと名乗るガキが来る。
今でもあるんだっていう“炎の柱”あがりの魔法使いだ。
「だから、プリーストですよ、プリースト...魔法使いは女神信仰の手前、シーッでお願いします。っても“スーリヤ”さまの献上の王冠も、こっちでちゃんと手配して置きましたし、御使いのお馬さんたちも、ホクホクした表情してましたよ」
まあな。
王冠3枚でも貢物として認めてくれるところが、神様の懐の深さかねえ。
「で、上手い話ってのは?」
「食いつきいいですね、さてはまた借金増えましたか」
要らないことを思い出すねえ、この子は。
「ギルド長がな、盗賊の根城のことでね...ちょっと、ね」
バツが悪いというか、心苦しいというか。
なんかこう、ぞわぞわする......。
「見限っちゃえばいいのに」
ま、それも在りはアリだ。
考えない訳じゃないけど、これ以上、ややこしい事になるのは面倒だ。
「でも、こっちのはギルドじゃなく魔術師協会の依頼です。ダンジョン探索という表向きは絶対、パーティー推奨っぽい話ですけど...姐さんはお友達少ないですから」
ほっとけ。
少ないんじゃない、いない......もとい。
ちょっと疎遠なだけだ。
ちゃんと居るし、気の良い連中なんだ。
「はい、はい、分かってます。協会からは“王冠”を報酬に頂けるそうですから、きっちり破壊してきてくださいね!」
「うん? 破壊?!!!」
言いませんでしたっけなんて、宣う。
この後輩のクエストはいつもテロ紛いになる。
ただまあ、ギルド長の顔が浮かぶんだわ。
「そのダンジョンなんですけど、協会関係者の実験施設だったらしいんですよ~ そこで、失敗したらしく...ペットのミノちゃんって言う凶悪なモンスターに踏まれて死んじゃったらしく」
「誰が?」
「いや、飼い主さんが」
「何の?」
「えっと、ミノちゃん?」
可愛らしい生き物じゃねえだろ、それ。
握った手の中の賽からギリギリなんて変な音が聞こえる。
引き攣ってるアタシの顔もヤツは、一向に見ようとしない。
知ってるんだ、わ。
どういう状況かを。
「まあ、仮にアタシが何とか、するとして...お前には幾ら入るんだ?」
「後輩からも分捕るんですか!!!」
しねえよ。
ま、一晩しとねに付き合わせる、くらいの無茶ぶりはするが。
「姐さんすぐ潮吹くしなあ、張り合いがないんっすよ。ボクより先に逝かないで欲しいんすよね」
全身から火を噴きそうになった。
奥のカウンターで背中を丸める住人たちがある。
ここの常連だが、笑いを堪えるのに必死のようだ。
「坊ズ、そこはな...姐さんに寄り添って調子を合わせなきゃな。エルフの姐さんも大変だな」
って、ちくしょうバーの親父まで見下しやがる。
冒険者になって10年。
同期の連中は、試験を受けて銀やら、金へと昇格していった。
アタシは、まだ鉄のまま。
ギルド長は手駒として、手元に置きたいらしいってのが見え見えで――ランク昇格試験も、友人や同期たちから、教わるまで全く知らなかったというオチだ。
銀のチョーカーで首元を飾る事が出来ると、行動範囲が広がる。
一地方都市だけで収まらず、もっと遠くへ足を伸ばせるという。
それは、多くのギルドとも仕事の関係や、絆が増えることを意味した。
この都市のギルド長は、それをアタシにはさせない。
「ま、いい加減この都市にも飽きたし、な」
「だな、お前の喘ぎ声が聞こえなくなるのは少し寂しいが、ここで腐るような冒険者でもねえ。もっと見聞を広めてくると言い。まあ、お前さんの寿命だと...戻ってきた日にゃあ、あれか、孫に代が移ってるかもな」
って宿屋の主人が嗤った。
常連たちもだ。
彼らも、アタシの人生の中じゃ一瞬の人々だ。
でも、10年は長かったと思う。
いや、貴重な10年だったと、今でも誇れる気がする。
◆
魔術師協会っていう連中は、魔法学院“炎の柱”とは趣の違う全く別の組織といっていい。
例えば、各地、各国ごとに置かれてる冒険者ギルドのように、支部があるって噂には聞くけど実態は“秘密”だ。
知っているのは、正規の会員だけという。
依頼も本来ならば、正規の会員ってのに振ってくるという訳だけども。
いやこれは、たらい回された結果だろうな。
アタシは旅の途中で、雲行きの怪しい空を見上げてた。
「魔法使いが受ける仕事じゃないって、か?」
相乗り馬車だから、他の客の視線がアタシに集まる。
呟くだけでも人の目は、
魔術師協会の縄張りの街は、街道から少し離れる。
街としてカモフラージュしておいて実は――ダンジョンというのが定番なのだ、が。
いや、何でそんなカモフラージュが必要なのか、脳筋のアタシには見当も。
いる?
「嫌だなあ、そんな怖い顔で...身構えないでよ」
腰に剣を携えた少年が出てきた。
両手は見える位置。
手のひらも指一本一本が見えるよう、開いて見せている。
よく躾けられた犬だ。
「協会のか?!」
「ええ、ご明察です」
少年が剣士であることは一目瞭然だが、
「ボクは監視ロールなので、戦闘があっても加勢することはありません」
自己紹介としては十分だ。
剣士としての腕は高い。
身長は外見種族をヒュームと仮定した場合の平均値。
腕の長さ、足の長さと、よくよく鍛え抜かれた綺麗な筋力に目を奪われる。
獲物としての剣、これもいい出来だ。
「この業物は名工ではないんですが、いいものを作ってくれたと...自慢できる逸品です」
抜いたのは分かったけど、鞘に戻った速さは追えなかった。
これが彼の実力だということだ。
「モンスターの首です」
アタシたちの間に転がる首。
擬装された街の中にまで、地下迷宮からの住人があふれ出ている証左。
これは急を要する駆除となる。
「確かに急を要しますねえ、早く元を叩いて欲しいものです...」
「協会側の失態ではないのか?!」
たらい回したツケがここにきて払わされる。
こんなのまでアタシが請け負ったら、MP回復薬で薬漬けになる。
あのドリンクは実際、飲みもんじゃねえからなあ。
「...っ、正直に言いますが。これまでに、いや近隣から遠くは中央まで。ギルドを通して多くの冒険者に声を掛けてきました。が、どれも10層ある地下迷宮の4層で消息不明となりまして...こちらの監視役も同様に加勢せざる得なくなる状況に追い込まれて...」
この説明は、瘴気が立ち込める下階の階段を、降りる最中で行われた。
要するに何もせずに手をこまねいたわけじゃない。
問題解決の為に動いた結果、解決できなかったという意味だ。
「――です。呑み込みが早くて助かります、正直、ダンジョンの特性上は魔法使いの使ってたものですけど、協会側の連中は重い腰を上げたがらない...番犬と罠が怖いからです」
うん。
何となく分かる。
先に入った冒険者たちが、必死に解除した形跡がある。
情報が少ない中で、悪態を吐きながらもギリギリのところで解除している。
「腕がいい」
思わずつぶやいてた。
それほどまでにレベルの高い連中だった。
「ここら一体の罠はすべて最初の連中の仕事だね?」
わかりますか、なんて監視役は応対した。
魔法の実験施設なら見取り図やMAPなんかもある筈だが、このパーティは手探りだった。
「本当に協会に登録していた魔法使いだったのか」
「と、いいますと?」
寄って来る化け物はグールばかりが多い。
人工のしかも罠にかけるために用意された、魔法生物のようだから、死体から生まれる幽鬼たるグールはうってつけのようだ。(グールが)仲間を増やしたいと思えば、近隣から墓を暴いてここへ持ってくれば、どんどん不死者が生み出されるシステムだ。
「協会は会員に便宜を図っているのだろう?」
「ええ、大概はです」
その“大概は”が厄介な言葉だ。
「リビングデッドを使って侵入者を排除するシステムを組む。これでも、主人がネクロマンサーっぽい匂いがするのだが、要はそこじゃなくて協会側は死んだ術者の“実験”を知りたいんじゃないのか?!」
10層まである深い竪穴の地下迷宮。
一体何が行われていたのか――
「考えすぎです。彼は初期メンバーでしたよ、立ち上げから居た最古参の魔法使いでした。ただねえ、協会としては、個人所有の魔導書はご法度なんです。唯一の規約に抵触していた...まあ、そういう事なのですが」
4層に差し掛かる時、思わずアタシは彼の襟を掴んで、下ってた階段の上部へ投げてた。
この行動は後に彼の命を助ける結果となる。
◇
4層の入り口手前。
先は壁であるから、右に曲がれば通路になるようだ。
監視役のつま先が地に着く寸前に、襟を掴んで後方へ投げてた。
「うわっとととと......」
総石造りの階段に尻を打ちつけたようで、目端に涙が見える。
「未だ降りるな、嫌な奴がいる!!」
これは経験だ。
感覚でアレの存在が分かる。
直接見なければ、と言って鏡越しにアレを見た冒険者たちを何人も見てきた。
「耐性強化、敵性索敵、感覚強化、脚力強化、更に強化」
「何をしてるんです?」
腰をさすりながら、剣士はアタシの横に来る。
彼の胸板に左手を置き、
「ダンジョンの番犬はミノちゃんだけじゃないって...こと」
で、アタシは走り出してた。
瞼を固く閉じて、感覚だけで4層の広い空間を奔ってた。
ところどころに上の3層を支えるための柱が多数ある。
番犬の視界は、前方向から約160度くらいまでをカバーする。
コイツが対象を知覚すると――“石”にさせられる。
ただし、見られたらではなく、目を見たら石化の呪いが掛かるのだ。
「剣士君、そこで大人しく」
なんで声を掛けたのかアタシ自身でも分からない。
ただ、人が成すすべなく死を迎えるのは、耐え難いものがある。
アレも流石に感知した。
化け物の目は獲物を石化させる道具で、ソレ事態に視認する力はない。
まあ、要するにアレを頭だと思い込んだ時点で――。
名をバジリスクという。
石化は一時的だが、
動けなくなれば、やはり死を待つ身となる。
呪詛した者を殺せばいいが、パーティのメンバーが次々と石化される中で、冷静な判断が出来る冒険者などがどれだけいるだろうか。
ソロになる前に多くを経験したアタシでも――それは難しい。
「ファイヤーボール!」
ゴルフボール大のがふわりと飛ぶ。
かつての盗賊を爆ぜらせたほどの威力はない。
これは、バジリスクの頭と思しき部位を潰すためのもの。
いや、あちらが尾で本体は......
◆
情けない話。
バジリスク程度にヒヤッと、させられるとは思わなかった。
やはり盗賊狩りなんていう温い仕事を受け過ぎたのかもしれない—―って感傷に浸ってたら「なかなかどうして?! こんな強い冒険者が未だあんな辺鄙な街に居たんですね!!」って言われたよ。
剣士がアタシを見下ろしている形。
大の字に寝転がってるこっちにポーションを投げて寄越してきた。
「これは?」
不思議だった。
ポーチの中にも同じのがある。
ただし品質がいいとは言えない。
「知りませんか?」
「いや知ってるけど」
彼は微笑みながら、
「ボクはポール・ロイド...協会の...」
「星座ごとに二つ名が贈られた、ゾディアック・ソードマスター...ってとこだろ?」
剣士ポールは目を丸くさせてた。
目で追えない剣技を披露されたんだ、番犬のこともあるし...恐らくとも考えた。
だけどバジリスクの察知はこいつの方が早かった。
あんなバレバレの動きをさせられて...
「魔法使いの人たちは本当に...二つ名が好きですよね、いえ、馬鹿にしている訳じゃないんです。で、あなたにも当然、あるんですよね?」
「何が」
腕を差し出し、補助を懇願。
察してくれた彼は、アタシの腕をとって立ち上がらせてくれた。
ポールの視線がわずかに、明後日の方へそれた気がする。
「二つ名ですよ」
「知ったところで面白みなんか無いよ?!」
むしろ答えたアタシが不快になる。
いや、本当に魔法使いは二つ名が大好きだ。
盛りのついたサルか、拗らせた中二病患者かってくらい好きである。
「あ、えっと...」
言いたくねえなあ。
ってのが顔に出たのだろう――「それじゃあ、こうしましょう! ボクは監視役でしたがここからパーティメンバーになりますよ」と、言い出した。
アタシ個人の見解を述べる機会があるのならば、4層の番犬を討伐した時点でPT結成の最低条件がクリアしたというのではないかと。
あとは互いに名乗りを行って、信用を築くってとこだろうか。
この4層に何がいるかは、協会はすでに把握済みで...いや、待てよ。
そうなると、今まで挑んで敗北した冒険者の—―
「躯は回収済みです...と、言うか躯ではなく要救助者になって療養中ですけど。死んでませんよ?」
「いや、消息不明って」
バジリスクだったものを眺める剣士。
「あなた...本当に“鉄のチョーカー”ですか?! 今も、あなたの姿を四隅から視ている者があります。気配、殺気などのすべてを遮断して、闇と同化しているボクの友人たちです」
そんな気はしてた。
走り出した瞬間に視線を感じた。
だから派手な火炎弾から使った。
一瞬だったけど、たぶん加勢しないだろう連中は把握済みだ。
だからこんな無様なMP切れを起こしている。
アタシのMP総量は、強力な耐性魔法に注がれていて、実際に使える量が少ない。
スタミナや決して多くもない体力を、一時的にMPに変換させて対応しているわけだが。
これは魔法使いとしてかなり致命的らしい。
けど、師匠は言った『だったら肉体を強化すればいいじゃろ?! 幸いお前さんは長命なエルフじゃからな。無駄に長生きするより、その時間を有意義に使うんだよ』と。
当時は“このクソババア”がと、怒りもしたけど。
実際に手を付けてみると、案外しっくり来たものだ...実のところ、今も体力の1割をMPに当てれば即座に回復する状況だ。
「セルコットだ」
「え?」
「アタシの名はセルコット・シェシーだ」
剣士ポールからの“鑑定眼”が発動。
即座に“拒絶”スキルがカウンターで弾き返してた。
これが冒険者という者の手癖の悪さだ。
別に信用する、しないとか。
できる、できないの理屈じゃなくて...条件反射のように“真実”かを確かめたくなる。
多分、そういう生き物だと思う。
いや、違うな。
根本的に、だ――こいつと戦った場合、俺は(私は)生き残れるのだろうか――っていう生存に関した本能で相手を探るのだと思う。
こんなアタシだって、ポールと名前が分かった時点で彼を覗き見てた。
二つ名が“ゾディアック・ソードマスター”だってのも、それで確証したものだからだ。
四隅からぞろりっと人影が見えてきた。
戦士系のごついのが2人。
補助の魔法使いがひとり、あとは暗殺者か何かだろう...得体が知れない気持ち悪さのがひとりりだ。
「最初のアレで、俺たちを知覚したセンス...本当に“鉄”なのか?!」
その反応は既視感がある。
どこへ行ってもそんな風に言われるものだから、訂正も肯定も或いは頷くと言った反応さえ疎ましい。
ってことで知らんふり、だ。
「稀有な存在ですよね」
ポールの奴が知った風な口を叩く。
ま、彼はアタシの戦いを四隅の観察者同様に見てたクチだ。
加勢はしないと言った言葉をわりと恥ずかしくなったとゲロってた。
◇
5層から9層までは、罠の方が多かった。
恐らく4層のバジリスクが最初の難所で、これをクリアした後...パーティの状態は満身創痍だと予想していたのだろう。そう、それを分かった上で、嫌らしくも罠が配置されている。この魔法使いは相当、狡賢いというかいや、性格のねちっこい奴のようだ。
で、無ければ一見、安全そうな場所が...実は――なんて。
考えもしないほどえげつないというか、モンスターのリスポーン地点という事はしないものだ。
確かに誰もが知っている、ダンジョンが危険であることは...百も承知だ。
安全性が確保できるかは、冒険者の度量に関わってくるとも言え。
それを逆手にとって、配置されているのだから......。
「ああ、もう! イラっと来るなあここの創造主は!!!!!」
とうとうアタシがキレてた。
草葉の陰で魔法使いがほくそ笑んでいると思うと、無性に腹が立つ。
ミノちゃんに踏まれて死んだ――情けない死因ではあるけども、こうして侵入者を阻み続けているダンジョンの構造は、うん、正直に言おう! 見事としか言いようがない。
「お前さんはダンジョンの経験は...」
「お察しの通り、あんまり経験してない。10年ほど冒険者してて...3~4年くらいかなあ。フリーのアタッカーとか、サポーターで参加したくらいだから。本格的にPTを率いることも、参加することも浅いかも知れない。いや、経験らしい経験もないかもなあ」
って何となく正直に答えてた。
不思議だ。
「俺はこの大きなタワーシールドで、何人もの仲間を守ってきた。即席かもしれないが、あんたは俺を頼ってくれてもいいんだぜ」
人を信用しないタイプにでも視られたのかな。
剣士君は首をひねりながら、
「セルコットさんは、魔法使い以外にどんな職業を?」
いいねえ。
鑑定できなかったからドストライクに踏み込んできたか。
ま、視られて困るのはステータスの方で職業じゃない。
「斥候を齧った...とは言えないか。メインの職業並みにはレベルが高いと言っておこう...あと、ついでに言うと、格闘士は齧ってる。肉体の強化と強靭性の相性が良かったからなんだけどね。他には、あるかな?」
10層手前の下階段でキャンプしてる。
これなら、侵入者は上の階と下の階から襲撃することになり、奇襲は難しい上に階段という細い通路の御蔭で1:1の対処ということになる。
このアイデアは、協会の忠犬から提案された。
流石に場数の違いを痛感させられた。
「じゃ、差し支えなければスキル...とか?」
皆が、食い入るように見つめてきている。
“アイアン・チョーカー”らしからぬ動きだったのが気がかりなのだ。
実はとんでもない相手と組んでいるのでは――なんて期待しているに違いない。
「アタシはそうさねえ、別に隠してないけど剣術が使える」
ローブの裾から腰に下げた2本のブロードソードを見せた。
後はまあ、5人らが勝手に『いやあ、やっぱりタダ者じゃないよねえ』なんて雰囲気へと空気が変わっていった。
ソロアタックは珍しい事じゃない。
冒険者の場合、ひとつに集中して打ち込めるのは、前衛職くらいなものだ。
ソロでも潰しが効くと言えばもっとイメージしやすいだろう。
アタシの場合は、魔法使いだった。
エルフのアタッカーで、狩人や斥候は少なくは無いし。
野伏とか盗賊もありだと思う――信条に反しなければだが、でもエルフと言えばドルイドか修道士に精霊使い、魔法使い、召喚士になるのが普通の事なのだろう。
ただし、木の杖を振り回わして気絶程度で済むのは人間くらいで...。
たいていの場合は、怒らせる。
魔物を魔獣なんかを怒らせたら、手を焼くのはそうさせてしまった加害者の方だ。
だから一瞬で止めを刺せる、別の手段を模索する。
アタシはメインに匹敵するところで、斥候のレベルを上げられる限界まで上げた。
メイン職じゃないから上級職に転職することはできない。
その過程で“剣術”を得た。
ただ、“この子、実は特別な子じゃない?!”って流れになるのが、大っ嫌いな流れだ。
大層な二つ名と、それに見合った実力のある連中から一目置かれるというのは、実に名誉なことかもしれないけどもだ。現実にチョーカーというランク制度の前で、アタシの実力は正当に評価されていない。今後もそういう話は浮いては消える運命だと、良ーくわかっているさ。
だから、もて囃されるのが大っ嫌いなんだ。
「その話はもういいかな?」
確かに空気的には盛り上がるところなので、あからさまに切り上げれば雰囲気も悪くなる。
だが、パーティの中で一番、影の薄いアサシン君が察してくれたようで『悪い、喉の調子が』なんて、分かり易い話題反らしをしてくれた。
彼には後で、感謝の気持ちを伝えよう。
エルフ流お中元“焼きバナナ”でもひとつ......。
「さてと、攻略対象のミノちゃんですが」
「ミノタウロスだよね、それ?」
アタシの言葉に皆が息をのむ。
リーダーっぽい大鎧の騎士が、
「どこでソレを?!」
なんて感じで聞き返してきた。
えっとアタシは......これに対してどう答えれば正解だ?!
◇
ぶっちゃけると、9層までの罠が未解除だったこともあって。
協会の調査隊は未だ、ミノちゃんの実態把握に取り掛かれていなかった。
バジリスクが居たことで、上層部は“恐らくは”っていうふわっとした推測をしていたわけだ。
「迷宮の守番としてはベタな話で、推測は可能です。そして今回は、協会もほぼ最大戦力で臨んでいる状況なので、ファーストアタックにしてラストチャンスといった具合であることは...承知していただけるでしょうか?」
口にしたくない不吉なセリフ。
アタシも思わずダイスを振ってた。
出目は6と5...悪くはないけど、ゾロ目が出ないのはちょっと、ね。
「仮にじゃなく十中八九、ミノタウロスだと思って...もう腹をくくるとして。どれぐらいのレベルなら...」
多分、怖い事をさ、聞いたと思ってる。
アタシの場合ならギリでレベル40いや、45まで。
ぬるい仕事をしてきたツケだね。
これ以上って、なると索敵と鑑定のスキルを発動させたと同時に、重い一撃のカウンターを貰う可能性がある。
こいつは肉体に来ないで、精神的なストレスとして跳ね返ってくるからねえ。
ちょっと受けたくないんだよ、マジで。
「俺たちは40手前くらいですかね」
耳を上下に揺らして、
「そ、そうだよね40...よ、え?」
「40を下回ってくれると助かりますが、魔物ってホームグラウンドだと、ユニークスキルが発動しやすく硬くなるって、本当なんでしょうか?」
迷宮の番人との邂逅の方が珍しい出来事。
そこへ人工的とはいえ、魔法使いは最高傑作にミノタウロスをペット兼任で飼っていた。踏まれて死んでいるので、懐いていたかは...然程、重要ではない。
「冒険者ギルドのダンジョン依頼も、いち地方だとレジャーランドくらいのしか回って来ないからね。正直、王都とか国を跨いだシルバーチョーカーや、ゴールドチョーカーのダンジョンアタックって、情報には乏しいかなあ...」
って額を拭った。
汗は出ないけど、なんとなく。
ダンジョンの質によるけど、迷宮の番人という存在が確認されている。
冒険者ギルドはその番人の有無で、ダンジョンに攻略可能レベル或いはランクを付与してた。
これは参加者を選別するためのものだ。
冒険者というのは夢の職業であると同時に、死亡率も高い不安定な職業でもある。
ハイリスク=ハイリターンって言葉通りの世界。
なり手も多いんだけど、若手から死んでいくヒエラルキーが自然と生まれる職業だ。
ギルドだってそんな事態は極力避けたい。
で、生まれたのが階級制度ってことだ。
この階級制度には弊害もある――アタシだってこれで籠の鳥にされてるんだけど。
「人に飼われてたミノちゃんなら...」
補助の魔法使いがぽつりとつぶやく。
斧の手入れをしてたリーダーは、
「10層、研究施設を守らせるためとは言え、そんな可愛い魔獣を置くとも思えねえ。俺がここの主なら侵入者にとって一番嫌がることをする...つまり“絶望”のプレゼントだ!!」
◇
たぶん翌日。
ダンジョンのラストアタック結構日で分かったことだ。
先行してたアサシン君とアタシは、索敵スキルで対象の位置を知る――階段を降りたところから、右に曲がったあたりの通路先に陣取ってた。
これは最悪だ。
アレの嗅覚を過信してた訳だ――いや、飼い主がエサを与えていた。その飼い主を踏み殺したことでエサを貰えなくなったという当然のことに、アタシたちが気が付かなかった事だ。
アレは飢えている。
「まさか...俺たちの...」
アタシは自分の腕を嗅いでた。
「匂わなくとも獣の嗅覚は別格だろう。そして、ミノちゃんは飢えている、気も相当短くなっているだろうし、レベル以上の強さである可能性も...未知数だ」
念の為、アサシン君が弓で、矢に括りつけた兎肉を放ったが無反応だったらしい。
ミノちゃんには、アタシたちの方が美味そうに見えるという事なのだろう。
「俺の鑑定スキルでは、弾かれ過ぎてステータスが見えねえ」
ゾディアックのすべてが試し、
斥候能力の高いアサシン君が、少しだけ見えたと言っている。
デミ・ミノタウロス種、個体名をミノちゃんと呼ばれた魔獣と認定。
純血種ではなく、魔法使いの手によって人口的に生み出された、キメラにちかい存在らしい。
それでもレベルは40台にあった。
アタシの鑑定スキルも、ギリでカウンターを防いでた。
少しでも視えればペナルティは軽減される。
賽の目は悪くない。
「モンスターがパーティを組めるのかは正直考えたくないけど、アタシの目には彼、前衛の脳筋だわ。この成長からして10層の広い空間も考慮に入れると...闘技場じゃないかなとも」
無機質の部屋を索敵する場合は、音の反射が効果的だ。
そら豆大ほどの小さな火炎球を作り、部屋の中央へ向け飛ばす。
爆ぜた音が再び中央へ戻るまでを図れば、凡その大きさや構造が分かるという仕組みだ。
「闘技場?!」
アタシが無言で頷いた。
「天井は予想以上に高い。階段の長さは他と大差なかったことを考えると、空間拡張あたりの魔法が掛けられてると思われる。か、螺旋で降りてたけどそれ自体に何かのまじないが...」
「その可能性もありますね」
って、補助の魔法使いさんも共感してくれた。
「では、攻略は...」
「その攻略なんだけど、先ずは四人にで仕掛けて貰えるかな? アレも匂いで5人の存在は掴んでいると思う。けどこと、戦闘に持ち込まれれば僅かな違いに回せる余裕もないと思うんだ...いや、こっちも余裕があるわけじゃない。で、壊しても平気な方角ってあるのかな???」
彼らはちょっと混乱してから、リーダーが通路の左壁を叩いて見せた。
お、そっちは南か。
いいねえ、アタシの賽の目もそっちならゾロ目が出てた、吉兆の方角だ!
◆
――って、最初はそんな感じでイケると踏んでたけど。
なかなかどうして、物事ってのは上手くいかないものだ。
「大鎧! 右ッ!!」
アサシン君が叫んでる。
盾使いの兄さんは明後日の方へ、天井高く飛ばされてたし。
剣士のポールも、大鎧の戦斧持ちと共にミノちゃんのタゲを取ってた。
もうね最初の作戦なんてどこかに吹き飛んじゃったよ。
アレは邂逅の一番手。
はっきり言えば先手を取られたのは、アタシらの方だった。
索敵スキルと音響探索術で確かに、入口の近くに居たことは把握してた。
そんな僅かな驕りでアタシらはデキると踏んじまったんだ。
彼の敷設した地雷を。
で、これが現実――
アタシが魔法使いだってことはバレてる。
ミノちゃんの超感覚によって背後が採れないんだ、わ。
右の薙ぎ払いは渾身の一撃だった。
大鎧の右腕と脇腹から鈍い音が聞こえて、ごろんごろんって転がっていく。
すぐさま、遠距離から治癒士の回復魔法の詠唱が聞こえた――「ダメ!!」
なんだろう。
なんで飛び出したのか全然、覚えてない。
治癒士の彼女を突き飛ばして、アタシがミノちゃんに鷲掴みされてた。
激しい痛みと息苦しさが一緒くたに襲ってきた。
「セルコットさん!!」
盾使いがタワーシールドを引きづって走ってきているのが、目端に移った。
来るなって言いたいのに声が出ない。
いや、ひゅーって音しか出ないんだ、わ。
「がはっ」
吐血した。
握り潰されてる感じで、体中の穴から血が出てきてる。
でも、身体の中心が熱い。
なんかさ、暖炉の前にいや、直ぐ近くに陣取っているような――治癒士の回復魔法がアタシに掛けられた。
ミノちゃんは、片手で戦闘続行中だったけど。
握ったままアタシを解放してはくれなかった。
「こんちくしょー!! スーリヤよ、我が声に耳を傾けられよ、そして今一度...恩寵を...爆ぜろ、炎よ!!!」
アタシを握ってる腕に水膨れのような腫れが浮かび上がり、爆ぜろと強く念じた。
ミノちゃんの内側から熱湯のような血が吹き出し始める。
それは湯気を伴いながら、ドロッとした水いや、見た目は溶岩のような状態へと変化している。
触れれば、硬い皮膚だろうと火傷は免れない。
水は低きに流れる...だから、アタシだって実のところその血を浴びたくはなかった。
ミノちゃんの方は、
痛くて、熱くて、気持ち悪くてぶんぶん、腕を振ってくるんだけど。
アタシの意識どおりに、爆裂して千切れる腕の中にいた。
手首から先を失ったミノちゃんと、宙を舞う手首とアタシ――シュール。
「ヒール、ヒール、ヒールっっっ!!!」
治癒士の彼女は、何度もアタシに回復魔法を掛けてた。
もうこれ以上かけられたら、治癒太りするんじゃないかってくらい力が湧いてくる感じだ。
でも、MPは消費しまくってるから、治癒で回復したHPが減ったMP分の補充に当てられてるって事だろう。とりまトントンで、いや割に合ってないか。
早く拳から抜け出して、ポーションを飲んだ方が割に合っているはずだ。
転がる肉片にパーティーの動ける仲間が集まった。
「ちぃ、すごい筋力だ!!」
リーダーが指のひとつを全身の筋力で動かし隙間をつくる。
アサシン君と、剣士君とで引っ張り出してくれて、大盾のお兄さんは周囲の警戒。
「ミノの野郎、どこかへ行っちまったぞ???」
ミノちゃんの雄叫びが、天井高い闘技場に響き渡る。
モーって鳴かないから...うむ、牛じゃない。
うちのギルド長なら「お前はアレを牛だと?! ほほう、この脳筋エルフは人も食う雑食の化け物を“牛”だと思ってた、と...めでてぇ頭だなあ、おい!」って言われるかもと、なんか過った気がした。
これが走馬灯だとしたら、嫌な思い出ばかりじゃないか...。
助け出された後は、治療の開始。
爆ぜた爆心地の近くだったから、アタシも重度の火傷を負ってた。
「ひどい傷!」
治癒士の子が、キュアエリアで状態異常の改善に努めてくれた。
ついでにパーティー全員の傷や疲労、スタミナの回復も行ったところだ。
肉体の一部を内側から失ったのだから、人体発火現象ならぬ、人体爆裂現象ってところだろうか。
――いや、牛体...
「言い直すな」
ややこしくなると、大鎧が一息つく。
ミノちゃんは部屋の隅に消えたままだ。
闘技場は空間魔法のせいで、奥まで行かれると流石に目視では見えない。
ただ、奥の方からは、食べ方の悪い人を想起させる音が聞こえる。
例えばくちゃくちゃって、生肉と格闘しているような。
「いや、まさか」
アサシン君は聴覚に全神経を注いで、
「!!!!自分を喰ってる、のか...」
ミノちゃんは、肩から下を自らの力で引き千切った。
手首を失った痛みによる逃避もさすがにあっただろう。
知性はオリジナルの魔物よりはある方と見て、単純にHPの回復を本能的に悟った。
その上で、戦略的に撤退したのだ。
部屋隅から迸る殺気は遭遇時よりも増したと見える。
◇
インターバルは5分もない。
双方が一息は付けたような感覚で、主導権は未だミノちゃんにある感じだ。
再び不意打ちを受ければ完全に全滅という状況。
治癒士ちゃんが来た道に視線を向けた。
逃げ切れる自信はない。
が、退路の確保って本能的に考えるのは人間だって同じ。
その判断は正しいんだけど、
「危ない!!」
ってアサシン君が叫んでた。
早くて見えなかったけど、掠めた衝撃波だけで頬の皮がうっすらと切れた感じ。
温かい血が流れてた。
背中で聞こえる破砕音。
マジか?! 退路を断たれた...
「上だ!!」
って誰かが叫んでた。
皆が天井を見て、狂気の獣が振ってくるのが不思議と、スローモーションみたいに見えた。
アタシは再び、治癒士ちゃんの手を取って走ってた。
ここは前衛に任せて、後衛は補助で助けなくてはならない。
ま、それを警戒されてはいるのだけども。
ミノちゃんは着地と同時に発生する衝撃波で前衛3枚を吹き飛ばす。
これは理知的な戦闘だ。
アサシン君の毒矢を払いのけ、、再び雄叫び。
全身の毛を逆立てながら、歯並びの悪い口が開かれた――通常ミノタウロスは、魔法を使わない。デミ・ミノタウロスが魔法生物とも掛け合わされていると知る機会にはなったけど、その攻撃を防ぐ力はもう、このパーティーにはなかった。
ただひとつ、アタシの賽の目以外は。
「誰か王冠もってない?」
冷静に考えれば、頭大丈夫って状況だろう。
けど、今、ヤバイってなトコでそういう判断はなかなかできない。
治癒士ちゃんが財布から王冠をありったけ出してくれた。
「これで...足りますか?」
「いんや、十分」
おつりがくるかもって微笑んじゃった。
アタシの賽の目は神様からの頂き物。
賭けるは王冠の枚数。
6ゾロでクリティカル、1ゾロはファンブル、それ以外のゾロ目はスペシャルっていう簡単なルール。
さて、振りますか――。
終わりよければって言葉は、何もかも出し終わった時に出るもの。
大の字で6人、それぞれが天井に開いた大穴から空を見上げてた。
「ポーション、残ってませんかね?」
治癒士ちゃんのか弱い声が聞こえる。
「残ってたら、今、こうやって空を見上げてる...いや、ねえ」
大鎧のリーダーが出し切ったように告げた。
しばらく動けそうにないのは分かってる。
だって指一本も動かせないんだから。
「なあ」
「ん?」
重なる声。
剣士のポール君が皆に声を掛けた。
「俺の目の前に、褐色のむっちとした太腿と奥の縦スジくっきりのパンツが見えるんだけども...誰のだ?!」
は?! って、そりゃ...
「アタシんだよバカ! 見んな、スケベがっ」
「やべっ、想像しちまった...わりいなセルコットさん」
何がって、頭も動かせなかったんだ。
男の子の生理現象くらいアタシだって、分かってるけど。けど、今、も...か?!
見えないからいいけど、いいのか。
「ちょ、ちょっと皆さん、不潔です!!!」
治癒士ちゃんは女の子だから察したようだし。
アサシン君も――「すみません、すみません...妄想の中で一回、ヌかせてください」――って、オイ!!
栗の花の匂いがするって聞いたことあるけど...。
男衆は黙ったままだし?
いや、まて。まて、まて、まて...ポール君は?
「ちょ、ポール君?」
「なんでしょう、今、イイところなんですが」
考えないようにしよう。
率直に思った事だけを質問する。
ま、どうせ動けないんだし。
「見てるの?」
「ええ、じっくり」
「何を?」
「セルコットさんの濡れてきたところをです」
殴れないもどかしさ。
叫ぶしかできない、くやしさ。
「私、聴いてませんからー!!!!」
って治癒士ちゃんが叫んでた。
アタシも一緒に叫びたーい
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
◇◆◇◆◇◆◇◆
◇◆◇◆◇◆
◇◆◇◆
◇◆
◆
魔術師協会の総本山というと、東の大陸にある。
聞いたところで頭に過るのは言葉だけだ。
「行ったことないんですか?!」
と、フルボッコにされたポールのようなのがある。
エルフの下半身で抜いてたバツだ。
顔の形が変わるだけで済んだことにもっと感謝しろ。
「ああ、行った事じゃなく、ここの界隈から出たこともない。炎の柱で魔術師として学び終えた後から1里たりとも...この辺りから、ね」
可哀そうとか思わなくていい。
最初にここのギルドで登録しちゃったアタシがお人よしだっただけさ。
右も左も分からない世間知らずだった、それだけの――
大鎧のリーダーがアタシの肩を抱き寄せる。
「そんなことは無い。登録した場所に縛られる者は少なくはないが、ギルドのチョーカーは単なる階級制度だ。縛るためのもじゃあないんだ」
「それって、どういう意味で」
「まんまです。ギルドでは恐らく雑用から討伐、或いは探索といった依頼があるでしょう」
アタシは頷いた。
何となくだけど、
「チョーカーのは、難易度を明確にしたヒエラルキーってだけで、鉄のランクの人が金色のチョーカーレベルを受けちゃいけない道理はない。ただ、見合った実力かどうかは本人にしか分かりませんし、他人が判断するのにギルドのソレは非常に役に立っている...そういう事です」
難易度か。
雑用レベルから討伐レベル、ああ、確かに身に覚えはある。
借金の為にそんなのをよくも熟してたもんだと、ね。
「俺の目から見ても、だ。セルコット嬢ちゃんは...間違いなく“金”のチョーカークラスだと思うぜ?」
買いかぶりを。
其処までじゃない、行って“銀”だろ、くらいの自覚はある。
盾のお兄さんもなんか飲んじゃったかな?
「そこ、私も譲れません!!」
お、治癒士ちゃんも参戦するの?
「セルコットさんは、プラチナ級です! 今から魔術師協会の支部に行きましょう!」
ええ、向かってます...よね?
「おお! 行こう、行こう!!」
って盛り上がってるけど。
おい、ポール君!?
「あ、言ってませんでしたか...おっかしいなあ」
「何を?」
「終わったら、飲み会しようって話です」
聞いてねえよ!
依頼の終了を確認したら、先ずは報告だろ。
お前ら、下手な冒険者も真面目に報告してから酒場に行くぞ! ゴラァ!!!!
◆
魔術師協会の支部っても、足が向いたのは酒場だった。
それもギルドの宿屋を潰そうとしている気満々の居酒屋だ。
そう、先月からオープンして宿屋併設の食堂から、客をごっそりも引き抜いた大衆居酒屋。
大衆って聞いて、
「そりゃ、また随分の濃そうな面子が揃ってるんだろうな」
って、料理番のおっさんと談話した記憶が新しい。
「えっと?」
恐る恐ると、声を掛け――「お前ら、体臭キツイの?」と、問う。
殴られた。
治癒士ちゃんには平手の応酬だ。
スパパパパーンっ
何回、往復ビンタを貰ったかも覚えていない。
「体臭ちがいだよ」
「大衆です、大衆...冒険者の宿や食堂って、どこか敷居が高いでしょ? こう厳つい人が多くて...っ、どうも入りにくい気になりませんか? で、一般の市民のみなさんにも気軽に利用できる店という意味で始めたサービスがこのお店です。昼はランチの提供、夜はこうしてお酒を出しています」
「と、魔術師協会はどこに被ってくるのかな?」
「協会の副業なので、2階に行けば受付嬢に会えますよ?」
ほう、隠れ蓑としては上々だ。
なるほど。
各地の隠れ支部はこうやって姿を――
「いや、別にオープンなんですけど...市民のみなさんもそうですけど、冒険者さんらも存外気が付かないんです。多分、多分ですけど日々、生きるのが苦しいから身の丈を越えた情報量は必要ないのでしょうね」
と、ポール君はゾディアック・ソードマスターらしいことを吐く。
アタシもそんなんだった。
身の丈がどんなんかは、アタシ自身もよく分からないけど...
で、彼らに手を引かれ、背を押されて2階へと上がる。
受付嬢は微笑みを浮かべながら、
「ようやく、お目に掛かれる日が来ました」
と、告げてきた。
彼女はアタシが来ることを承知していたらしい。
「ゾディアックの方々が認めた冒険者です。世間通りの評判の人もいれば、チョーカー相応の方も御眼鏡にかなう事もありましょうが、今回のケースはレア中のレアという話でしたので、支部長も興味津々です」
なんてきれいごとを並べてくれる。
ま、死線を潜り抜けたこいつらの報告なんてのは、過大ってのだろ。
吊り橋効果で当てには成らんさ。
「それでは先ずは...」
ローブをかき分け、スカートの裾をまくられた。
咄嗟に膝が出て、受付嬢の顔面にヒットするまでがテンプレの流れ。
魔術師協会はこんなんのしかいねえのかっ!!
「あ、支部長!!!」
受付嬢に駆け寄る剣士君。
リーダーは顔を覆い、アサシン君と盾さんは背を向けてた。
治癒士ちゃんは、
「不潔です!!」
っていつもの塩梅だな、これ。
「てかモロに入ったが」
「大丈夫、鼻血は出ましたが、いいスジをもって居られる」
スジか...どっちかを聞く勇気は無いよ、アタシだって。
「で、あれか? 水晶に手を翳すとか...鏡を覗くとか、そういうのをやるのか?」
「なんで?」
「いや、ほら、他人の能力を図ると言えば」
サーチという言葉を耳した気がした。
その時、視られた。
ステータスをごっそりとだ。
普段から警戒してるし、鑑定スキルの類似への対策もばっちりなのに、なぜかその時は罠も発動しなかった。
「魔法もスキル同様に身構えるものですので、その気を散らせばいいのです。ノンターゲティングは意識的に複数を対象にしているものですけど、それを無意識へと散らせば...感知しないと同じことになります」
張り詰めてる方向性をパンツの攻防に向ける?!だと。
「鼻血をだした甲斐があります!」
ではって食いつく一同。
「セルコット・シェシーさんは、未だ、処女ですね!!」
殴ってた。
腰の回転を肩に載せ、絶妙な振り抜き渾身の右ストレート。
手ごたえは、涙目を浮かべながら吹き飛ぶ支部長の姿。
2階の事務所は大騒ぎである。
◇
「えっと、申し遅れましたが...支部長です」
名前は教える気が無いようだ。
顔に大きな絆創膏を張っている女性が其処にある。
ソファにて、ふんぞり返るのはアタシ。
肩を揉むのがリーダーさんで、アタシの横で“フーフー”怒ってくれてるのが治癒士ちゃんだ。
「ゾディアックの5人が認めたセルコットさんに朗報があります!」
「ほう」
「銀のチョーカーを申請しておきました!」
はい、パチパチ~ぃって、本人が拍手しているだけってのは滑稽だ。
いや、その前に。
「なんでギルドの階級制度に、あんたらが出てこれる?」
「この階級制度は、協会にも関係しているからですよ。各国に派遣する魔法使いたちにも身分を保証し、レベルいやラベルが必要なのです。そこで、ギルドのチョーカー制は大いに役立つ。ま、幸いセルコットさんは魔法使いですし...私たち協会が後押しすることにギルドは口出しできない。これであなたは晴れて真の冒険者に成れるわけですが」
そこには何かあると本能が囁く。
蛇の道は、か。
「今回の依頼への対応は見事でした。そこで、次は調査依頼を引き受けていただきたい」
ゾディアックの面々との共同作業は、未だ終わりそうにもないらしい。
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この物語は不定期投稿になります。
最初の1話でこんなに長く書いたのは初めてですし、実験です。
次は短くなりますが、直ぐには投稿できないかもなあデス。
です。
また、次回に。