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Queen of Calamity  作者: 〇ス〇ス〇
8/8

見守る者たち

日が沈み、月が上る。村民は皆、一日の役目を終え家の中だ。

ローザとバルトリーも家に帰り、夕食の準備をしている。


そんな中、ローザの家を物陰からコッソリと窺う者がいる。

足音を立てないよう、ゆっくりと慎重に近づき、そっと壁に耳を当てる。

防音がしっかりしているわけでもないので、耳を当てずとも中の声は聞こえるのだが、それでも、中の様子を詳しく知ろうと耳を当てる。

家の中からは、バルトリーの自慢話と、それを竦めるローザの声が聞こてくる。


トントン


ふいに肩を叩かれた。驚きで、体がビクつく。

とっさに振り返ると、そこには腕組みをした自分の妻が立っていた。



「あんた……そんなところで何やってんのさ」

「あー、その、これはだな……」

「ちょっとこっち来な」

「……おう」



ローザの家は気になるが、ルアーナの呼び出しでは断れない。

ヴィートは大人しく従うと、ルアーナに付いていった。

自分の家を横切り、真っ直ぐ進む。どうやら山羊小屋に連れて行かれるようだ。


山羊小屋は村の外れにあり、牛小屋と隣接している。

日の落ちた今は誰もこの辺りを通らないので、獣臭さえ我慢すれば内緒話にはもってこいの場所だ。



「家じゃ話せないからね……あぁ、ニコロにはちょっと待っててって言ってあるよ」

「……すまん」



どうやら気を遣ってくれたようだ。その気遣いに申し訳なくなる。

畑を通り過ぎ、目的の場所まで着いた。小屋の戸を開け、二人で中に入る。

山羊にとっては見慣れた顔なのだろう、四匹とも騒ぐことなく、静かに寝そべっていた。

先導していたルアーナが振り返る。どうやら話が始まるようだ。



「あんた、どういうつもりだい?」

「かあちゃん、俺はただ……」

「あんたの気持ちは分かってるよ。でもね、隠れてコソコソと……情けなくないのかい?」

「俺は……」

「あたしだってイレーンとの約束がある。あんたもアンドレとの約束がある。でもね、最後に決めるのはあの子なんだよ」

「だけどよぉ……」

「なら、あの子と腹割って話してみればいいじゃないのさ」

「でもよぉ――」


バチン


「――いてっ。かあちゃん……」

「いつまでもウジウジするんじゃないよ!……はぁ、ニコロが見たら何て言うかねぇ」

「俺だって!……俺だってあの子が心配なんだよ。アンドレの事もある。でも、それだけじゃねぇ。俺だって娘だと思ってる。でもな、あの子はまだ16歳なんだ、旅に出るのは早すぎないか?」

「じゃあ、いつならいいんだい?」

「そりゃ……その、あれだ……いつかは」

「はぁ、あんたが寂しいのは分かるけど、それにあの子を巻き込むんじゃないよ、まったく……」

「俺は、心配なんだ。あの子はまだ小さい、それに女だ。女の一人旅なんて……」

「明日、あたしからあの子にもう一度聞いてみる。それで、あの子の気持ちを確かめる」

「かあちゃん……」

「その上で、もしあの子の気持ちに変わりがないのなら、そん時は背中を押してあげる」

「かあちゃん!」

「あんたも、あの子の親を自称するならしっかりしな!大事なのはあの子の気持ち。それを忘れんじゃないよ」

「……かあちゃん」

「ふぅ~、ニコロが腹空かせてんだ、そろそろ帰るよ」

「……分かった」


そう言って、二人は山羊小屋を後にした。


ヴィートは昔、ローザの父アンドレに命を助けられている。

狩りでの事故だった。冬眠を終え山を下ってきた熊と遭遇したのだ。

熊は体格も良く、腕力もあり、そして意外にも俊敏に動く。

対面した時は自分は死ぬのだと思った。そこへ駆けつけたのがアンドレだった。

彼は槍を手に熊に立ち向かい、ヴィートに逃げろと叫んだ。

ヴィートは動けなかった。逃げたい、でも、アンドレは見捨てられない。その葛藤が体を硬直させた。


結果、熊は胸に槍を突き刺され、アンドレは胸を爪に切り裂かれた。相打ちだった。

アンドレは息絶える前にヴィートに呼びかけた。『娘を頼む』と。


ヴィートがローザを特に気にかけるようになったのはそれからだった。

ニコロという一人息子がいるが、それと同じように、まるで実の娘のように接し、育ててきた。


その娘が一月前、旅に出ると言い出した。寝耳に水である。


ヴィートは思い留まるよう説得を試みた。だが、これは自分の意思で決めたことだとローザは頑として譲らなかった。

ローザには一切の迷いが無かった。しかし、アンドレに託された身としては、素直に送り出せなかった。


アンドレに託された娘が、可愛い娘が離れていく侘しさ。

今行かせたらアンドレと同じようになるのでは?という恐怖。

アンドレとの約束を守れなくなることへの申し訳なさ。

娘の決意に泥を塗るようないたたまれなさ。

様々な感情がヴィートを悩ませた。どうすれば良いのか、真剣になればなるほど答えは出なかった。

しかし、ルアーナに尻を叩かれたことで、ようやく目が覚めた。


今までの悩みは、全てヴィート自身の事だった。自分が寂しいから、自分が申し訳ないから、自分が情けないから。自分のことばかりで、あの子の気持ちを考えてやれなかった。

それでは駄目なのだ。あの子の気持ちを受け止め、行って来いと送り出す。それが親の役目だろう。

家路につき、ヴィートは決心を固めた。



「やっといい顔に戻ったじゃない。それでこそ、惚れた男だよ」

「かあちゃん、ありがとう」

「さて、夕飯にしようかね。ただいま、ニコロ――」


ガチャ


「母さんおかえり。……何だ、父さんも一緒かよ。もう腹減ったよ」

「遅くなったな、ニコロすまん」

「ニコロ、悪かったね。……ほら、あんたも手伝うんだよ」



家に入り、夕飯の盛り付けを始める。

ヴィートは盛り付けを手伝いながら、どうすれば娘の旅路を安全なものにできるか考える。

町へ行くには森や山も抜けていくだろうし、最低限の道具は要るだろう。だが、旅の共に嵩張る物を持たせては支障が出かねない。よし、あれにするかな。

決意を固めたヴィートが、夕飯の後に更なる問題に直面するのだが、それはまた別のお話。



目を通していただき、ありがとうございます。

どちらかと言えば、良い評価よりも辛辣で率直な感想を貰える方が望ましいです。

より良い物ができればと考えています。

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