第3羽「うさ村さんの機転」
うさ原さんは目を見開いて、突然やってきたうさ月さんを凝視します。
「いらっしゃい」
しかし、うさ村さんが改めて言った言葉により我に返り、2歩後ろに下がりました。
その際、うさ月さんと目が合います。
「うさ原さん、今日はよく会いますね!」
「あぁ……うん……」
彼女のやわらかい笑顔から視線を逸らし、周囲の花を見ながら答えました。そっけない態度とは裏腹に、内心ではまた後悔の波が押し寄せます。
それに気付いたうさ村さんは少々呆れ顔です。
花を選んでいるうさ月さんに聞こえないように、2羽はこそこそと話します。
「何で同じこと繰り返してるの?」
「無意識にそうしちゃうんだよぉ……!」
「毎回思うけど、あんな接し方だとうさ月さんが可哀想だよ」
「分かってはいるけど……」
「笑顔だよ、笑顔」
「あまり笑わないうさ村には言われたくない言葉だな……」
そんな会話をしていると、うさ月さんがポピーとヤグルマギクを大事そうに抱え、カウンターに向かうのが見えました。
うさ村さんもカウンターへ行き、会計をします。
そわそわとしているうさ原さんはカウンターに背を向け、色とりどりの花を見つめます。
その耳に2匹の会話が聞こえてきました。
「うさ村さんって野菜に詳しいですか?」
「うーん、ボクはそこまで詳しくないなぁ。そういえば野菜育ててるんだっけ?」
「はい。最近小松菜を育て始めたんですけど、しっかり育たなくて悩んでいるんです」
「そういうのはうさ原が詳しいから教えてもらいなよ」
「へっ!?」
うさ村さんの言葉にうさ原さんは耳を疑いました。とっさに振り返ると、こちらを見る2羽と目が合います。
「いいんですか……?」
うさ月さんが様子を伺うようにおずおずと訊ねてきました。
うさ原さんは声にならない声を出してうろたえます。
すると、カウンターにいるうさ村さんが小さく頷きました。そこには「チャンスだよ」という言葉が込められていると、うさ原さんは気付きます。
「……」
それに後押しされ、ぎこちなく頷きます。
その頷きを目にしたうさ月さんの瞳がキラキラと輝きました。うさ原さんもうさ村さんも初めて見る輝きです。
「ありがとうございます! 今からはどうですか!?」
「へぇっ?!」
いきなりの提案と目の前にやってきたかわいらしい顔に驚き、うさ原さんは仰け反りました。心臓は暴れ回り、頭の中はパニック状態です。そのせいで返事すらままなりません。
見兼ねたうさ村さんが代わりに応えます。
「うさ原は今日ヒマみたいだから、今からでも大丈夫だよ」
「本当ですか!? じゃあ行きましょう!!」
張り切るうさ月さんに手を握られ、うさ原さんの体は石のように硬くなってしまいました。女の子に好意を寄せられることは多くても、手を握られたのは今回が初めて。うさ原さんにとって、これが当然の反応と言っても過言ではありません。
その背中を、いつの間にかそばにいたうさ村さんの手が優しく押しました。反動で足が一歩前に出ます。
そして、花束を持つうさ月さんに手を引かれるまま、おぼつかない足取りで歩き出します。
2羽を見送るうさ村さんの表情は嬉しそうでした。




