燼滅
戦火は波紋のように拡がっていく。
煮え立つ雨水は加熱蒸気となって、それを迂闊に吸い込んだ人間の肺を、猛火にでも焼かれたかのように痛めつける。
軍人達がその場で狼狽える間にも火の手は広がっていき、港内の殆どの施設が、焦げ臭い匂いを発しながら炎に包まれていく。
「随分やりたい放題やってんな!? ローズちゃんは見つかったか!?」
「……ダメっすね。連絡が来ません」
「どいてろ貴様らっ!! 『漂え』!!」
アヤメの言葉により、曇天の空を隠す程の厖大な海水が、戦場の上空を漂い始める。
やがてそれは、渦巻くようにして唸り声を上げる風と一体化し、乱暴に火災を鎮火させていく。
「ぐぁぁ!? アヤメ、お前無茶苦茶やり過ぎだろ!? ……しょっぱ!!」
「一気に素早くやるには、こうするのが早いっ!! 嵐にでも遭遇したと思っていろっ!!」
「嵐って……つーか肝心のローズちゃん何処だよ!? ……あぁん? ……いたぞ、あそこだ!!」
木箱の中の品がダメになることなど、周囲の被害について深く考えていないアヤメの行動により、荷物の影に隠れていたローズは、強引に戦場へと引きずり出されてしまう。
50mにも満たない距離に存在する両者。
いつでも上着を脱げるように、軍人達から視線を逸らさず衣のボタンを外すローズ。
銃撃や言葉の暴力を掻い潜りながら、飛び散った木箱の山を利用し身を隠しつつ、雑兵をじわりじわりと削っていく。
(これはこれは……やることが強引な事で。小細工を仕掛けても全部台無しにされそうですよ……ん? 氷のドーム? カタバミさんの仕業でしょうかねぇ)
ローズが身を潜める場所に、建物の残骸と思わしき薄い鉄板や木板などを取り込んで、小型のテントのような丸い氷のドームが生み出されていく。
完全な密閉空間に閉じ込められた彼女。
雨風を凌ぐにはうってつけだが、このまま中に居座るのは色々と不都合が多い。
分厚い氷の壁と剥き出しの鉄板などを一瞬で燃やすため、出し惜しみをすることなく高温の炎を繰り出す彼女。
本来なら氷の塊は水へと姿を変え、鉄板や木板は煤へと変わり果てる。
だが、今目の前に存在している氷の物体は、液体に姿を変えると同時にすぐさま気体へと変化し、鉄や木を燃やす際に生じた朱い炎を蒼い炎へと変えさせた。
落雷のような爆発が起き、氷のドームの中にいたローズは、近くの倉庫の壁へと叩きつけられる。
反射的に動かした左腕は、ローズの体を守るクッションとなったが、代償に数か月はまともに動かすことが出来ないほどの重傷を負う。
「……カタバミちゃん、さっきは何を凍らせたの? 凄いことが起きたけど」
「酸素です」
「酸素?」
「はい、あの分厚い氷は、酸素だけを凍らせたものです。木材の残骸が燃える時に発生する炎と反応してドカンって感じです」
「……爆破させんなら俺に言えば良かったのに」
「プロテア大佐がやりにくそうだったので!!」
「ぐぅ……!! 後輩に気を遣われた……」
心を痛めるプロテア達を他所に、瀕死のローズはよろよろと何処かへ向かっていく。
攻め込むタイミングと言わんばかりに、猛追をかける軍人達。
彼らが辿り着いたのは、薄暗い倉庫の中であった。
埃の舞うこの空間にローズは逃げ込んだ。
地面にこびり付いている血痕がそれを証明している。
銃を構え室内に潜む彼女を探る軍人達。
入口から中へ中へと進入し、プロテアは大声でローズへと訴えかける。
「ローズちゃん!! ここに居るのは分かってんだぜ? 大人しく死んだらどうだ!! 痛い思いをするのは御免だろ!?」
「くっくっく……普通、死ぬ方が御免でしょうに。私は長生きしたいので徹底抗戦させていただきますよ」
「……そうかよ。んじゃ~手当たり次第にやるぞ!! 『爆ぜろ』!!」
身を潜めるローズを殺すため、室内に積み置かれた荷物諸共爆破させていくプロテア。
木箱の中に入っている商品は爆風により室内全域に飛び散り、視界を白く染め上げていく。
「んぁ!? ……小麦粉かこれ!?」
「輸出前の大量の燃えやすい粉」
「あぁ!?」
「限りなく密室の空間、そして私の灼熱の言葉」
「……っ!! てめぇら逃げろ!! 『爆ぜ……』」
「遅いですよ。『灼けろ』」
プロテアが倉庫の壁に穴を開け、脱出用の通路を作るよりも前に、宙を大量に舞う小麦へと着火させるローズ。
室内全体へと瞬時に燃え広がる白い粉により、倉庫を全壊させる強烈な爆破が起きる。
軍人達と同じように上空へ吹き飛ばされるローズ。
べちゃりと鈍い音を立てながら水溜りへと落ちた彼女は、血を吐き虚ろな目のまま、崩壊し火の手を上げる倉庫の跡地を見つめている。
「……」
(これが噂に聞く粉塵爆破ですか……なんか大気中の粉の量がどうとかって聞いたのですが……そんな上手くいくとは思っていませんでしたがねぇ……ラッキーですよ)
「さてさて……全員ぶっ飛ばしたっぽいですし、タクスス達の元へと向かいま……」
「随分やってくれたなぁ~ローズちゃん」
「貴様……私の大事な部下を傷つけて、楽に死ねると思うなよっ!?」
「……」
(あ~……一番消えて欲しい2人だけ残った……最悪ですよ……っ!? 落雷……アナベル中将の? ……参りましたねぇ……タクスス達、大丈夫でしょうか)




