なんでどうして
以前なら自然に振舞えたであろう相手。
だが今は違う。
彼の笑顔の裏を覗いてしまったシャガは、幽霊に遭遇したかのように恐怖で引き攣っていた。
一方の商売人コルスも、酔いが回って気持ちよくなりながらも、自分を見つめる2つの目に違和感を感じていた。
自分について何かを知ってしまったと、嫌でも目が訴えかけてきている。
「……私の今までの所業を知ってしまいました?」
「えっ」
「……あー……もういい、大体分かった。そうかそうか……んじゃ~猫被る必要はねーな?」
「あ、あの誤解……」
「どこで俺のことを知ったんだか……まあいっか……どうだ? お前も飲むかワイン」
「……いらない」
「そう警戒すんなって!! 今日は人を攫う気なんてね~よ」
「……」
「はぁ~……まあいいさ。んで、何でお前がここにいるんだ? お仲間はいないのか?」
「……色々あって、俺だけ先に来た」
「ほ~ん? 子供1人でこの街にねぇ……」
ワイン瓶の注ぎ口に直接口を付け、ラッパ飲みするコルス。
今まで見てきた紳士的な態度は幻だったのだろうか。
あまりに以前とかけ離れた空気を纏う彼に、シャガは怖気づいてしまう。
「……この街は似てんだよなぁ~エレーケスの街に」
「え?」
「上っ面は煌びやか。だがよ……ちょっと脇道に反れたら、嫌でも見えてくる巨大な影。隠すことも取り繕うこともしない醜悪な欲望の数々……お前さ、この街になんか用があんのか?」
「お母さんを探してる」
「この街に住んでんのか? へぇー……この街にねぇ……」
「何だよ、悪いのかよ!!」
「そう怒んなって。そうだな……知らない仲じゃないんだ、取っておきに出血大サービスで教えてやろうか。お前、さっさとこの街から離れないと死ぬぜ?」
「は? 何言ってんだよ……おちょくってんのか!?」
「いいや? 本当の事を言ったまでだよ。ん~……説明するの面倒だな……酔いで頭が回んね~し」
「……それじゃ」
「あ? おいおい!! 俺、そこそこお前の事を評価してんだぜ!? そんな奴に嘘なんて言わね~よ!! ……行っちまった。はぁ~……何でこうもガキは聞き分けがないんだ……ん? げぇっ!? 雨降って来やがった!! ふざけんなよ糞がっ!!」
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空から涙が無数に落ちてくる。
これから起こる悲劇に心を痛めているのだろうか。
服が濡れて肌にへばりつく。
だがそんなことは気にも留めていない。
心のざわつきが治まらないからだ。
コルスと別れたシャガは、聞き込みで得た情報を頼りに、賑わう中心街を離れていく。
情報によれば、シャガの母親らしき人物は、繁華街から少し離れた船着き場の近くに住んでいるようだ。
期待と不安が入り混じる中、歩を進めるスピードが徐々に上がっていく。
辿り着いた場所は、住居から灯りが漏れ出している。
深呼吸するシャガ。
震える手で住居のドアを3回ノックする。
中で女性の声が聞えた。
足音が近づいて来る。
ゆっくりと開けられたドアの向こう側から、一瞥して以前よりやせ細ってはいるが、記憶の中で生き続けていたシャガの母親が姿を現す。
「お母さん……?」
「……お前、シャガかい……? どうしてここに……」
信じられない物を見たように、困惑するシャガの母親。
びしょ濡れの我が子を家の中に招き入れると、乾いたタオルを渡す彼女。
素直に受け取ったシャガを訝しみながら、シャガの母親は口を開いた。
「シャガ、どうしてお前がここに来たのか説明してくれるかい?」
「お母さん、あのね……お父さんとはもう会えなくなっちゃって、行く当てがなくなったんだ。だから俺、アウレラからここまで来たの」
「アイツが……姿を消したってこと?」
「……うん。まあ……そんな感じ」
「……はっ!! 軍を辞めて山賊になった奴なんて、今更どうとも思わないよ!!」
「……」
「ふー……それで、これからどうするんだいお前。ここに住もうってのかい?」
「……うん」
「随分都合がいいもんだね。私を選ばずに、アイツに付いて行ったクセにさ……」
「お~い、どうした? ……誰そいつ」
「ああコイツかい。昔話したじゃないか……私の子供だよ」
「……あー!! 思い出した思い出した。そう言えば結婚する前に言ってたね」
「……お母さん、その人誰?」
「あん? 今の夫、ヴィス・プワゾンだよ。私がアイツと離婚した後、この街に行くって言っただろ? 実際にこの街に辿り着いてから途方に暮れてた時に、良くして貰ってさ……今では同居している仲だよ。名字もクシノヤから、プワゾンに変えたんだ。これからはレクト・プワゾンだよ」
「どうも~!!」
「ど、どうも……」
居間の方から顔を出した見知らぬ男性。
シャガとレクトとの間に割って入った彼は、険悪な雰囲気を放つ2人をなだめていく。
体の至る所に入れ墨やピアスを開けている男性。
黒い髪を刈り上げ立たせている彼は、光のない真っ黒な瞳をコチラへと向けていた。
「ん~取り合えず話し合いは明日にして、今日は飯にしようぜ? 俺、お腹すいちゃったしさ。君も一緒に食べようよ、ご飯食べてないでしょ~その感じ」
「ま、まあ……」
「それじゃ決まり♪ レクトそういうことで」
「はいはい……まったくヴィスったら……待っていてね。今準備するから」
昔クシノヤにさえ向けていなかった女神のような微笑みを、今の旦那へと浮かべるレクト。
誘われるまま食卓の前へと行き、椅子へと腰を下ろすシャガ。
運ばれて来る料理を囲み、三人は各々料理を口に運んでいく。
談笑をしながら過ぎていく穏やかな時間。
その時間をシャガは、窮屈な思いで過ごすことになる。
度々ヴィスが話を振って来るが、赤の他人の家で食事を取っている感覚に陥るシャガは、食事が中々喉を通らない。
それに、ある違和感が脳に訴えかけている。
(お母さんに男の人、どこを見てるんだろ……こっちに目を向けてるけど……俺を……見ていない……?)
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食事が終わると、寝室を片付けるから待っていてくれとレクトから言われた。
再婚相手のヴィスと共に、居間を後にする彼女。
指示通りに腰を掛けたまま、時間を潰すため家の中を見渡すシャガ。
母親とは5歳の時以来の再開となる彼。
今のレクトが何をして過ごしているのか、僅かな興味が湧いていた。
「……内職でもしてるのかな、あの書類の山を見ると……ちょっと部屋が汚いけど、幸せに生きてるんだなぁ……そりゃそうだよなぁ……」
離婚する間際の家庭では、常に口喧嘩が絶えなかった。
そんな彼女が、今ではあんなに楽しそうに生活している。
「……俺、ここにいない方かいいかもな……ん? 何アレ……」
じわじわと疎外感を抱き始めていたシャガ。
そんな中、書類が置かれた机の上に、身に覚えのある物体を発見する。
シャガはそれを手に取った途端、全身の血が凍っていくような心地になる。
白い紙の上に盛られている、よく目にした白い粉。
山賊達が売り捌いていた薬物だ。
「これ……薬物!? 何で……まさかっ!!」
依然と比べてやせ細っていた。
数年間彼女の顔を見ていないにも関わらず、ぱっと見で分かるくらいげっそりとしていた。
ただの食欲不振か何かかと思っていたが、現実はそんな生易しいものではない。
山賊達は貴族から金を巻き上げるため、違法な商売をしていた。
貴族だけを狙って、貴族だけが被害を被るように。
……そんなことが可能なのだろうか。
モンテラでは悪徳宗教団体が、薬物を貴族達から手に入れ悪用していた。
この世は思い通りにはいかない。
むしろ、考えられる限りの最悪な方向に進むことが多いにも関わらず、彼らはそれに気が付かなかった。
廻り廻った因果は、愚かな人間へと平等に降り注いでくる。
「シャガ? ちょっといい?」
レクトが声を掛けてきた。
呼吸が浅くなる。
彼女の側には再婚相手のヴィスが、この世の悪意を凝縮した瞳で、哀れな子供を見つめている。
「話があるの……聞いてくれる?」




