森閑が覆う
世界は音で満ちている。
完全にそれを無くすことは出来ない。
だが今は違う。
生物の呼吸音、心臓の音、衣擦れ……
ありとあらゆる騒音が、寝静まったかのような静寂が辺りを覆っている。
(な、なんなんだよぉ!? アレ……? 今度は話し声も聞こえないんだよぉ!?)
(ちょっと!! 拘束を解いたと思ったら、何が起きてんの!? アムネシアさん!! 何これ!?)
(おいシャガ!! こんな時に僕の悪口を言うのは感心しないんだよぉ!!)
(え? 何でこの人怒ってるの……怖っ!!)
透明だった姿が元に戻ったのも束の間、今度は周囲が無音の空間へと変わり果てた。
口を動かしているので、何かを話したそうにしているのは分かる2人。
身振り手振りでなんとか意思疎通を試みるシャガとアムネシアだが、健闘空しく空回りしていく。
拘束を解かれたタクススは、傷口を両手で抑えながらバトラーを視界に捉えると、躊躇いもなく死の言葉を発していく。
(……死ね。 ……アレ? 言葉もダメなの?)
(タクススお姉さん!! 体、大丈夫なの?)
(……えぇっと……心配しているのかな? うん、大丈夫だよ、シャガ君)
(タクススぅ~!! この状況は一体なんなんだよぉ!!)
(……えぇっと……この人は……普段の言動がアレだから、何を言っているのか推測すら出来ない……)
駆け寄ってきた2人に肩を貸されて、作業台の陰へと移動したタクスス。
着いて間もなく、異常な空間は正常な状態へと戻り、弾ける音が室内に鳴り始める。
「……あ、戻った」
「やったんだよぉ!! けど……何なんだよぉさっきの!?」
「……向こうにいる2人が使った言葉じゃないですかね」
「そうだ……テッセンさんは!?」
物陰から顔を出し、音の発生源へと視線を向ける3人。
足を引きずるバトラーが、額から血を流し机の陰に身を隠しているテッセンへ向けて、銃の引き金を引き続ける姿があった。
辺りには、薬剤が入っていたであろうガラス瓶の破片が飛び散っており、銃撃戦の激しさを物語っている。
「何か……押されてない?」
「ヤバいんだよぉ!! 早くあの前髪野郎をぶっ殺すんだよぉタクスス!!」
「……」
「ん? どうしたんだよぉ?」
「……さっきは何も考えずに使おうとしたけど……私とシャガ君は前に一度、遭遇しちゃってるんだよね」
「アウレラのあの時?」
「……そうだね。私とシャガ君の情報が何処まで知られているのか……あの街で老人達とひと悶着もあったし、誰かが目撃しているかもしれないし……今も疑われているし」
「さっきの質問? 母親についてどう思っているか聞いてきたアレだよね」
「……うん。だがらなるべく言葉は使いたくない……かな」
「んじゃ、どうするんだよぉ!! このまま見ておくのぉ!?」
「……注意を引き付けるくらいは出来そうかも……こう……姿を見せて物を投げつければ」
「物って……何処にあるんだよぉ!? 近くにそれっぽものはないんだよぉ!?」
「……ありますよ、2つほど。投げやすい物がここに」
そう言ってタクススは、自分の血で真っ赤に染まった手をどかし、右肩と左の脇腹を2人に見せつけたのだった。
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タクススが救出された頃、テッセンは一瞬の隙を許してしまったことを後悔していた。
バトラーが言葉を発したあの時、思いもしなかった出来事に動揺したテッセンは、彼が捨て身の覚悟で突進してくる際に、判断が遅れ地面へと倒されてしまった。
取っ組み合いになり銃を奪われた後は、相手の一方的な展開が続いている。
(俺の技量だと透過の時間はそんなに長くないし……この足場じゃなー……被弾覚悟で行くか? ……ん?)
「もうおしまいでしょうか。ならば早めに死んで頂きたい!! 予定が詰まっていますので……ぐぅ!?」
頭部のこめかみ部分に走る2つの鈍い衝撃。
石ころでも投げられたのか?
反射的に謎の物体が飛んできた方角に目を向けるバトラー。
冷汗をかきながら利き腕を振り下ろした後のシャガとアムネシアが、物陰から故意に姿を現している。
彼らが投げつけてきた物。
それは、落下すると同時にワイングラスを割ったような音を響かせた。
(……血の付いた弾丸? ああ、彼女に撃ち込んだ……ということは)
「……無事に救出出来たみたいだな。後はこっちを終わらせれば!!」
視線が外れた一瞬の隙に、物陰から飛び出たテッセン。
それと同時に己自身を透過させ、一直線にバトラーの元へと駆け寄っていく。
「やっと痺れを切らしましたか。さて……」
見えない敵に狙いを定めるバトラー。
姿は見えないが、彼が踏みしめるガラスの破片はバトラーの目にもはっきり見えている。
姿を隠したテッセンが、一際大きく力を入れて地面を蹴ったような瞬間。
それをバトラーは見逃さない。
「これで終わりです!! さあ、無様な姿を見せて泣き叫んで……」
確実に仕留めたとバトラーは確信していた。
だが彼の視界は何故か天井を向いている。
地面に押し倒され幽霊のような物体に首を絞められる彼。
次第にそれは真の姿を見せていく。
「……足跡を狙ったのは、お前で6人目。まあ、皆よくやるやり方だな」」
遠くなる意識の中、最後にテッセンが踏みしめた場所を見つめるバトラー。
そこには、彼が今まで履いていた黒いブーツが、乱暴に投げ捨てられたように横たわっていた。
(……囮、か……)
最後の力を振り絞る彼。
気絶するその時まで藻掻いたバトラーは、口から泡を吹き、端正な顔つきに似合わない姿と成り果てる。
辺りに再び静かな時間が流れ出した。




