深淵へ
この世で最も汚い3文字の言葉を言い放ったアムネシア。
黙っていれば濃艶な女の言動を受け、シャガとテッセンは彼女が汚物にしか見えなくなっている。
「なんだよぉ……我輩をそんな目で見るんじゃないんだよぉ!!」
「……うん、分かった。アムネシアさんにあれこれ言うのは諦めるよ……それよりも、何であんな風になっているのか説明してもらえる?」
「えっとまずウン……」
「その次からっ!!」
「も~シャガはせっかちなんだよから~。簡単に言うとね、破傷風になってるんだよぉ、あの女」
「はしょう……え?」
「破傷風っ!! 土の中とかに含まれている破傷風菌によって引き起こされる、神経系の病気みたいなものだよぉ。発症すると筋肉が痙攣したりするのさ」
「怖っ!! 何その病気!?」
「山で膝を擦りむいたら水で必ず洗いなさいって言われる理由の一つなんだよぉ~潜伏期間は大体一周間前後だったかな? もっと長かったかな? とにかく結構怖い病気なんだよぉ!!」
「……よく知ってるな。軍人でもあるまいし」
「それは当然!! ……街の図書館によく通っていたからなのさ」
うっかりアスロン出身の科学者だと言いそうになったアムネシア。
この人でも多少空気は読めるんだと感心しつつ、シャガは彼女の蘊蓄に耳を傾ける。
「んで~土の中以外にも、腐ったウ〇コの中にもいたりするんだよぉ!! その病原菌!!」
「……つまりアムネシアさんの物を使ったの?」
「んなわけないんだよぉ!! おいシャガ!! 流石の我輩でも怒るんだよぉ!? そこのトイレの便器にこびり付いていた物を使ったんだよぉ!! この古臭い闘技場と同じく死ぬほど汚かったからね!! 後は早く症状が表れるようにちょちょいと調合して~ナイフの刃の部分に塗りたくったんだよぉ!!」
「傷口から侵入した即席の毒が、傷口から侵入して今に至ると。そう言うことだな、アムネシア?」
「そうそう~あの女、動きまくっているから、血液の循環が思った以上に早そうだし、出血の症状も合わさって地獄を見ているんだよぉ!!」
自分の想定通りの結果が出ていることで、気分が高ぶっているアムネシア。
頬を赤く染める彼女は、モルモット同然と化したカルナラを遠くから観察している。
当の本人は、自分の体に毒が回っていることなど露知らず、蝕まれていく体に困惑するのみであった。
「ぐがぁ……はぁ……はぁ……!? 震えが、止まらないっ!? おい、アンタ、何を、したんだっ!?」
「……何って」
(なんかこの人、急に動きが鈍くなってきたけど……苦しそうだし……あの傷のせいかな?)
カルナラからの暴行を受け続けたタクスス。
やっと彼女の動きが止まったが、それまでに受けた負傷の数々は深刻なもので、色白の肌は所々赤く腫れあがっており、鼻からは血を流し瞼も腫れている。
今にも倒れてしまいそうな体を無理やり動かし、2本の足で地面を踏みしめるタクスス。
対照的にカルナラは、重力にすら抗うことが出来なくなり、息をするのもやっとの状態で地面に這いつくばっている。
試合開始直後とは立場が逆転している両者。
どうやらそれは観客達も同様のようだ。
「おいおいおい……ふざけんなよカルナラぁ!! どんだけ金を賭けたと思ってんだよ!!」
「今まで八百長でもしてたんじゃないのか!? そんな女に負けるくらいなら、とっとと死んでしまえ!!」
数々の罵詈雑言がカルナラの背中に突き刺さる。
彼女に向けられた悪意ある言葉。
力を振り絞り戦う意思を見せるが、生まれたての小鹿のように何度も惨めに倒れる彼女。
か細い声で何かを呟いている。
「ふざけんな、私はまだ戦えるんだよっ!! 動けよクソがぁ!!」
「……」
試合終了の合図が鳴る場内。
深く息を吐くタクスス。
試合はどうやら彼女の勝利もって終わったようだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「終わった? 終わったよね!? 早くタクススお姉さんを治療しないと!!」
「ああ、そうだな……ん? 何だアイツら」
「タクススとあの女を連れて行くんだよぉ!?」
試合が終わった両者へと駆け寄って来る男達。
どうやらこの闘技場の関係者らしく、タンカのようなものに2人を乗せると、会場の中央に存在する別の通路へと運び込んでいく。
「ちょっとちょっと!? 何処に連れて行くんだアイツら!!」
「分からん。後を追いかけよう」
「じゃあここを突っ切って……」
「ダメだ。流石に目立ちすぎる。遠回りになるが別の道を探そう」
「えぇ!?」
「……シャガ、我輩がちょっとアレコレしている間、テッセンの奴の注意を引き付けておくんだよぉ」
「え?」
シャガへと耳打ちしたアムネシアはそう言うと、拘束していた警備員の元へと駆け寄っていく。
(……ああ、そういうことね)
「おい!! アムネシア、一体何を……」
「アムネシアさんがあの警備兵に聞き込みをするみたい」
「アイツが? 俺がやった方が……」
「何か……手っ取り早く情報を聞き出すために色仕掛けするみたいだから、近づかないでくれってさ……」
「……そうか」
彼女の奇天烈な言動に若干嫌気がさしていたテッセンは、シャガの適当な嘘にまんまと引っかかってくれた。
その間に記憶を覗く言葉で大よその経路を探り当てたアムネシア。
男2人に手短に話すと、すぐさま現場へと向かうのであった。




