死線を超えて
プロテア達が裏で動いている中、一段と熱を帯びていく闘技場。
観客達の視線の先には、不満そうに首を鳴らしている本日の主役と、それを輝かせる脇役が地面に倒れ込んでいる。
ナイフを片手に握りしめ、蹲るタクスス。
かび臭い空気を吸い込みながら咽かえる彼女は、よろよろと立ち上がると小型の得物を構える。
「……期待外れだねぇ、弱すぎる」
「……げっほ、う……げほげほっ……おぇ……」
「鳩尾に一発蹴りを入れただけでその様……アンタ、喧嘩したことあんのかい? ここへ何しに来たんだい」
灼熱の戦場と化していく中、冷たい視線を浴びせ続ける目の前の女。
女同士が殴り合いをする光景が、観客達の歪んだ喜の情緒を満たすようで、対戦相手の名前を意味も無く叫ぶ人たちで溢れ返っている。
「いいぞぉ!! カルナラぁ~!!」
「ぶっ殺せ!! やっちまえっ!!」
「……はっ!! ご覧……アイツらはアンタがいたぶられるのを楽しみにしているよ!!」
「……タクススです」
「あん?」
「……私の名前」
「はっ!! タクススね、可愛らしい名前じゃないか。それで? このまま大人しくボコられ続けるかい?」
「……そんなわけないでしょ」
ふらつく足取りのまま、一直線にカルナラの元へ走り込んでいくタクスス。
でたらめにナイフを振り回し、何とか反撃を試みようとする彼女。
だが……
「……遅いっ!!」
カルナラの左手の甲で、ナイフを持つ腕を内側からいなされたタクスス。
続けて槍のように穿ち貫く右手の手根が、タクススの腹部へとめり込んでいく。
胃の中の物が逆流していく感覚に襲われる彼女。
糸が切れた人形のようにその場へ崩れていく。
「……かはっ……おぇぇぇぇ!!」
「興覚めだね。こんなんじゃ、私の実力を示せないじゃないか。さっさと終わらせようかね」
試合を終わらせる決意を固めたカルナラ。
右手の拳に力を込めると、タクススの頭部目掛けて振り下ろす。
鈍い音と共に、脳天からもろに衝撃を受けたタクスス。
何も言葉を発せないまま体を硬直させる彼女を見て、勝ちを確信したカルナラは、背中を向けて早々にこの場を後にしようとする。
「……」
「呆気ないねぇ……賞金を受け取って、シャワーでも浴びて帰ろうかね」
「……………………ネエ」
「……?」
「ドコニイクノ?」
「……っ!?」
背中に纏わりつく重苦しい瘴気。
人間が発している物とは到底思えないそれにより、思わず振り返ってしまうカルナラ。
そこには、先ほどまで地を舐めていたタクススの顔が、息のかかる距離まで迫って来ていた。
「う、うわぁ!? ぐぅ……!?」
反射的にタクススの体を突き飛ばしたカルナラ。
その際に、タクススが右手に握っていたナイフで右手首を切りつけられる。
汗のように滴れ落ち始めた血には気にも留めず、大勢を崩した人物へと目を向ける彼女。
そこには虚ろな瞳をした、姿変わらないタクススがいた。
(何だい、今のは……? ……血が止まらない、早く手当しないと不味いねぇ)
冷静に今の状況を整理するカルナラ。
先ほどの不可解な現象が気になるが、今は自分のことが優先だ。
放っておくと手首の出血により、命を失う可能性がある。
相手が立ち上がるなら再度叩きのめせばいいと言わんばかりに、猛追をかけるカルナラ。
拳を振るうたびに血が雨の様に互いに降り注ぎ、衣服を真っ赤に染め上げていく。
加えてタクススは、成す術もなく暴力の雨にも晒され続ける。
だが――――全く倒れる気配を見せない。
「ぐぅ……? どうなってんだいアンタ!? しつこいっ!!」
「……じゃあ、アナタからも頼んで下さいよ。もう起こすなって」
「はぁ!? 誰に!?」
「……夢の中に出て来るアレ」
体力のペース配分にまで頭が回っていないカルナラは、殺意が込められた両手を一心不乱に動かし続ける。
これだけの打撃を浴びれば、本来なら気絶しているはず。
それでもなお、立ち上がり続けるタクススを目にし、首が絞めつけられる感覚に陥り始めたカルナラ。
やがて彼女はこう思い始めた。
この女は化け物の生まれ変わりだと。
あまりに異様な光景に、先ほどまでカルナラを応援していた観客達の声援は、どよめきへと変わっていく。
「お、おい……どうなってんだ?」
「カルナラ~!! 手加減せずに早く殺せぇ!!」
「……お、おい、シャガ……タクススは不死身なのか?」
観客達と同じような感想を抱き始めたテッセン。
今起きている現象に多少の心当たりがあるシャガは、はぐらかすことしか出来ない。
「わ、分かんなよ……こんなの……それより、アレ!! 対戦相手の女の人、段々動きが鈍くなってない?」
「……出血の影響か? にしては……顔が引きつり始めているが……」
「それはだねぇ!!」
「うわっ!? アムネシア!?」
男2人の会話に割って入ってきたアムネシア。
失った自信を短時間で取り戻した彼女は、得意げに話し始めた。
「タクススがさっき傷をつけた影響なんだよぉ!! いや~ナイフに塗った毒の症状が上手く出るか不安だったけど、無事に成功したんだよぉ!!」
「毒? アムネシアさん、何処でそんな代物を手に入れたの!?」
「そこの汚いトイレの便器」
「……え?」
「つまり……ウ〇コのことだよぉ!!」




