遺言
永遠とも思える数時間の逃走劇が幕を下ろす。
肩で息をするタクスス達。
一心不乱に進んだ結果、アウレラの街から離れた山岳地帯へとたどり着いていた。
背負っていた荷物を下ろし、地面に腰を下ろす面々。
アドレナリンが切れたのだろうか。
疲れがどっと押し寄せ、息が整うまでそれなりの時間を必要とした。
「……こ、ここまで、来れば……大丈夫でしょうか……」
「ですかねぇ……ふぅー久々に疲れましたよ」
「はっ……はっ……はっ……お、俺も……」
「この場所は……どうやらアウレラではありませんねぇ……街の外に出ちゃいましたか」
「……これだけ走れば……そうなりますよ……げっほげほ」
「大丈夫ですか? ……はい、水です」
「……い、今は要らないです……」
「顔面蒼白なのにですか? 脱水症状で倒れると困りますよ。どれ、私が口移しで……」
「……じ、自分で、飲みます……」
差し出された水筒を受け取るタクスス。
他のメンバーも、各々休息を取っている。
そんな中、胸を撫で下ろす面々のとは対照的に、シャガ1人だけが浮かない表情をしている。
「……お父さん」
「おやおや、今更心配をしているのですか? ストレートに言いますが、今頃は死んでいるんじゃないですか? あそこまで本気で戦っているのなら」
「……ローズさん、少し言い過ぎじゃ……?」
「いや、良いんだ、タクススお姉さん。多分その通りだからさ」
「ほうほう?」
周囲にいた山賊の感情に熱が帯び、ローズに抗議の眼を向ける中、シャガ1人は冷静に言葉を発する。
てっきり逆上でもするのだろうと考えていた彼女は、肩透かしを食らった。
「あの人達が只者ではないってくらい分かるよ」
「そりゃ~1人、私より階級が2階級上の人がいますからねぇ」
「……そうなると、そうだね……お父さんがいつも言っていた言葉通り動かなくちゃね」
下を俯いていたシャガは、山賊達の方を向きなおすと、何かを決心したような表情になる。
それを見た山賊達もまた、何かを察したのだろう。
表情が一段と険しくなる。
「皆、分かっていると思うけど、俺達は今日限りを持って解散するよ。これからは……真っ当に生きて。償えると思えないけど、今までの罪を償って生きてね。それがお父さんの遺言だから」
日々クシノヤから言われていた言葉なのだろう。
山賊達もこれといった反論がない。
ただ……解散することになるとは思ってもいなかった。
現実を素直に受け止めきれない。
彼ら山賊達は無言で訴えかけている。
「……ちょっと外すね」
重苦しい沈黙を破ったシャガは、何処かへと歩きだす。
1人で逸れるのは危険と判断したのだろう。
普段よりも一層小さな背中の彼を追って、タクススは進みだす。
止めようかどうか迷ったローズであったが、これからやることがあるので、何も言わずに黙っている。
口を開かないまま、当てもなく歩くタクススとシャガ。
先に開いたのは、弱弱しい口ぶりになったシャガからであった。
「なんか……ゴメンね、俺達のゴタゴタに巻き込んじゃって……」
「……いや……私達が勝手にシャガ君達に会いに行った結果だから……自業自得だね……」
「自業自得か……」
今まで貴族相手に行って来た、数々の悪行を思い出しているシャガ。
自業自得とは言え、あんな連中に今までの平穏を乱されたことに、納得していない様子である。
彼は言葉を紡ぐ。
「俺の母さんさ、ブリダンって港街に住んでるんだよね。知ってる? この街」
「……ええ……貿易が盛んで……私達が今目指している場所だね」
「そう……お父さんが軍人を辞めた時に離婚してね。それからは、その街に住んでるんだって」
「……お母さんの元へ行くの?」
「そうだね……他に行く当てもないし……ねえ、タクススお姉さん」
「……何?」
「お姉さん達もブリダンに行くんだよね?」
「……ええ。そこから船に乗って対岸国に行く予定だわ」
「……もしよかったらさ、ブリダンまで俺も一緒に行っていい?」
「……え?」
「ここから1人で行くのは……結構危険そうだからね。お姉さんたちが居るなら心強いよ」
「……私は良いけど……ローズさんが何て言うか……」
「無理にとは言わないよ」
「……」
ガラスのように脆く儚い空気纏うシャガ。
ステラ家で亡霊のように生きていた、あの時間と同じ空気。
自身が悪かったとはいえ、貴族に人生を壊された者同士、嫌と言うほど彼の心は理解できるものであった。
タクススはシャガを無言で引き寄せ、強く抱きしめる。
「ちょ!? タクススお姉さん!?」
「……貴族なんて皆、死んじゃえば良いのにね」
「……そう、だね……」
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タクスス達が居なくなって数分後、山賊達は今後の方針について話し合っていた。
その会話へ参加するローズ。
彼女もまた、彼らに話したいことがあるようだ。
「どもども皆さん。これからの予定についてのお話ですか?」
「ああ。クシノヤさんの遺言には従わないとな。 ……納得はしないけどよ」
「そうですかそうですか。 ……あー1個質問良いですか?」
「ん? 何だ?」
「私の名前って分かります?」
「名前? さっき、顔に傷のある女が言っていた、ローズじゃないのか?」
「そうですかそうですか……知ってしまったのなら仕方がないですね。皆さん『灼けて』頂きましょう」
「……は? おい、ちょ!!」
彼女は問答無用で目の前の山賊達全員を焼殺していく。
塵となった彼らを思い浮かべながら、煙草を取り出し火を点ける彼女。
一仕事終えた後は格別なようだ。
「口封じ完了っと……途中、アウレラで捕まった山賊達は仕方がない。口を割らないように願いましょう。いやはや……灼く言葉を使えるのが、この国で私しかいないって言うのも考え物ですねぇ。火力を見れば速攻でバレますし……トラブルが起きるのは刺激があって面白いのですがねぇ」
濃厚な煙を味わいながら、ローズは1人、不気味な笑みを浮かべていた。




