1章 一話
本日私は嫌々ながらお父様に連れられて王家主催の舞踏会に来ていた。
「本当に行かなくちゃ行けませんの…?」
私がそう聞くとお父様は頷いて
「今回ばかりは見逃せないなぁ…ただシルは踊らなくてもいいからね、何せ病み上がりだし」
と眉を下げてそう言った。私は諦めてため息をついて馬車にしっかり座り直す。
「それにしてもわたくし婚約者さまなんていたんですね?挨拶にこられましたっけ?」
先程馬車の中でお父様に言われた婚約者の存在について私が首を傾げてそう言うとお父様は笑顔のまま(目が笑ってない)言葉を漏らす。
「あれとの婚約はいつでもなかったことに出来るんだが…エスコートすらないのはどうかと思うんだ、なぁシル?挨拶もろくに出来ないような男にお前を嫁がせるわけにはいけないな」
…お父様は本気そうだったので軽く相槌を打っておいた。私は婚約者がいようがいまいが本が読めたらそれで幸せだ。
しかし改めて考えてみると婚約者がいるのにエスコートしないというのは普通に考えたら「私は婚約者のエスコートすらしない礼儀知らずです」と言いながら歩いているようなものでは?
実は私の婚約者さまって頭悪いのかしら。顔すら思い出したくないのだけど。記憶力はいいので覚えてはいる。
王城に到着して私はお父様に手を引かれて馬車から降りる。
王城自体はよく来るのでなんともないのだが人が多いのは苦手なのだ。ちなみにどうしてよく王城に来るのかというと、私はこの国の第一王女・サナリア様の家庭教師をしているから。
勿論陛下直々の勅命である。サナリア様は御歳10歳になられる方でとてつもなく愛らしい。こんな暗い私にも笑顔で話しかけてくれる。本当に可愛らしい。
広間に入るとまずは陛下たちへの挨拶だ。
私は幼い頃から仕込まれている美しいカーテシーを披露して挨拶する。
私の姿を見たサナリア様は顔を少し輝かせて笑いかけてくれた。王太子のサールス様もそんなサナリア様の様子を見て軽く礼をしてくれた。
ただこの場には王族である第2王子の姿はない。私は彼と相性が良くないので全然構わないのだが。彼は私の持つ王家の印とも言える瞳が気に入らないんだそうだ。私だって好きでこの色な訳では無い。ただの先祖返りである。
お父様が挨拶をして回ると言うので私もついて行くことにした。貴族の方の名前も覚えたいし。
しばらくすると音楽が流れてきた。お父様の挨拶回りも一段落ついたので私は壁の花になることにした。しばらくそこでシャンパンを飲んでいると
「シル、ごきげんよう」「ごきげんよう」
とこれまた見事なカーテシーを披露して登場する2人の友人が。
「あら、トルニア、シエナ、ごきげんよう」
私も同じように挨拶し、3人で笑い合う。
「堅苦しいわね、これ」
「まぁ仕方ないんじゃなくて?」
「挨拶だけでもきちんとしていたら大丈夫ですし」
面倒くさそうに言う公爵令嬢のトルシアに同意するように頷きながら突っ込む私、それにフォローする伯爵令嬢のシエナはよく一緒に行動する3人組だ。
「それにしてもシルの婚約者は?貴女エスコートアビゲイル伯爵だったじゃない」
「そうですよ!エスコートも出来ない男にシル様はあげられません」
トルニアとシエナにそう言われて私は曖昧に微笑む。
「そうねぇ…お父様は破棄しても構わないというのだけれど…婚約者さまが何かやらかしてくれたら手っ取り早いわよね」
私はそう言って考えるように首を傾げた。
その時私の周囲がざわついた。
ざわめきの方へ私より先に目をやったトルニアが眉を寄せ、シエナが顔を歪める。私は二人を見て令嬢がする顔じゃないなと思いながらそちらを見る。
そこには私の多分婚約者さまと男好きと悪名高いラリア男爵令嬢がいた。2人で。
「…すごい神経ね」
思わず私がそう漏らすと周りにいた人たちは同情したように苦笑した。勿論私たちの婚約は貴族なら知っている。
頭の悪い2人は私の方へ来ようとしたのだが、トルニアとシエナが私の前へ塞がるようにして立つ。
その様子は誰がどう見ても話しかけるな、と言っているようなものなのに頭が悪いせいかお構い無しに話しかけてきた。
「ごきげんよう、シルフィア様。ご機嫌いかが?」
ヘルにそう尋ねられ私は優雅に見えるよう意識しながら軽く礼をする。
「ごきげんよう、えぇと…あぁ、ストリプト男爵令嬢」
私は顔を扇子で覆い、名前を思い出せないような演技をする。
すると彼女は顔を歪めて一瞬だけ私を睨む。
「横にいらっしゃるのはどなたかしら?」
そんなことはお構いなしに私はそう尋ねてみた。
すると彼女は勝ち誇ったような顔で
「トマス・キルスト侯爵様よ。知らないの?」
と言ってきたので私は首を傾げて
「あぁ!挨拶以来何の連絡もよこさない婚約者さまでいらっしゃいますか?わたくし貴方の顔もあまり思い出せなくて…キルスト侯爵令息でしたのね、これは失礼しました」
と頭を軽く下げておいた。と同時に横で吹き出しそうになるトルニアの足を軽く踏む。
向こうが話そうとしてきたので私は間髪入れず
「申し訳ないのですがわたくし病み上がりでして…御用がないのでしたらもうよろしいでしょうか」
と言い放ち、頭悪い組が固まっているのを後目に、友人2人に断りを入れ外へと出ていった。
バルコニーへ出て私はぶつぶつと独り言を呟く。
「何あれ、本当に頭悪いのね…ヘルって可哀想なくらいわたくしに突っかかってくるし…お前なんて我が家にかかれば潰してしまえるのよ?分かっていないのかしら。それにトマスっていう婚約者なんて久しぶりに見たわよ、わたくしが熱で寝込んでも見舞いのひとつもよこさないくせによくわたくしの婚約者ヅラ出来るわね、神経を疑うわ」
するとどこからかふっと微かに笑う声が聞こえた。
私は失言だったなと思い、はっと顔を上げる。
その人は思ったより近くにいて私は思わず目をぱちくりと見開いた。
「これは失礼しました、私はラリアス、ラリアス・ハワードと申します」
そう礼をされて私も慌てて挨拶をする。ハワード家といえば公爵家である。
「わたくしこそお見苦しいものを…シルフィア・アビゲイルと申します。あの、先程のは…」
「あぁ、独り言、ですよね。私は何も聞いておりません」
恐れながらも口止めをしようとすると彼は表情を変えないまましれっとそう言った。
「それは助かりました。隣よろしいでしょうか?」
私も表向きの表情を取り繕い、そう言う。
「構いません。ああ、私のことはラリアスとでも呼んでください」
「それではラリアス様、わたくしのことはシルフィア、と」
私はそう言って微笑んだ。
彼は軽く頷いた。
「シルフィア嬢がこういった場に出るのは珍しいですね」
「本当は…出たくなかったんですの…王家主催だからって父が」
ラリアス様の質問に少し疲労を滲ませてそう答える。
すると彼は私の答えに同情したように頷きながら
「それにしても貴女は私を変な目で見ないのですね」
と不思議そうに聞いてきた。
「変な目、というのは仮面で顔を覆っているから、ですか?」
私は彼の顔の右半分を覆う仮面を見つめながら言う。
するとラリアス様は仮面に手をかけて頷く。
「ええ。初めて挨拶する方は皆不気味そうだったり好奇心だったりに満ちた目で見てくるんです。実は噂されてるような怪我とかではないんですが…」
「わたくし人は見た目で判断してはいけないと言われておりますから…それにしても怪我じゃないんですね、その仮面の下」
私は淡々とそう言う。お父様は人を見た目で判断することを嫌う。
「それは良い教育ですね…仮面の下は本当に大したことじゃないんですが、私オッドアイというものでして…こちら側は瞳が赤いんですよ」
彼が瞳を隠すのも頷ける。この国でオッドアイは非常に珍しく、赤い瞳というのも珍しいものである。
ちなみに仮面で覆われていない方の瞳はアメジストのような澄んだ紫色である。というかそれペラペラ話していいものなのだろうか。
そんな疑問が顔に出ていたのか、ラリアス様は付け加えるように言う。
「特に隠しているわけでもないですしね…シルフィア嬢は差別とかしないでしょう?」
そう言われて私は頷く。
「勿論です。…それにしてもラリアス様、表情が変わらないというのは噂どおりなのですね…」
そう、先程から彼の表情は1ミリも動かない。
「これは生まれつきです。表情筋が仕事してくれないんですよ…」
心なしかどんよりした顔つきでラリアス様はそう言った。
「へ、へぇ…大変、ですね…?」
実は表情豊かだったりするのだろうか。
そんなことを話していると舞踏会の会場の方から悲鳴が聞こえてきた。
私とラリアス様は顔を見合せ、会場へ行くことにした。
ストック全然ないので更新遅めです