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第四話 狩人達の動揺

 ティラ子は巨大な顎でカルノタウルスの体にかぶり付いている。骨も余裕で噛み砕き、ガリゴリ音をたてている。


 久し振りに会ったので、声をかけようとしたのだが思いとどまる。今は初めてあったときとは違い、彼女は会話に応じる体制ではない。とても危険だ。

 彼女にとって俺はとるに足らない別種のオスかもしれない。もしかしたら忘れられているかもしれない。

 しかし先程の戦闘に心奪われてしまい、その感動を伝えたかった。それでも食事中のティラノサウルスに声をかけることは、喧嘩を売る行為に他ならない。彼女たちは何者にも支配されない食物連鎖の頂点だ。彼女は()わば女王だ。女王の食事を邪魔などできない。


 全長10メートル以上の生物が闊歩(かっぽ)するこの惑星は非常に厳しい弱肉強食の世界だ。強い者が正義なのだ。

 ティラ子は最大級の大きさと顎の力をもつティラノサウルスの中でも超大型の個体だ。今まで自分の思いどおりにできなかった事などない。敵として戦った相手は自身の牙と体重による一撃で粉砕してきたのだろう。

 初めて移動してきたはずの土地でさえ、我が物顔で振る舞うことができている。周りの勢力を気にせず、逃げ道など確保しない。


 強大な生物の移動は生態系の変化に他ならない。魔力が満ちているこの世界で、強力な魔物達は周囲の環境が過酷であろうと生きていける。強い魔物はどこで暮らすのか気分しだいで変えられる。

 逆に言えば、適応できる環境に暮らすしかない弱い生物は追いやられていく。今後もどんどん数を減らすか、魔物達の興味が向かないように暮らしていくしかないだろう。隠れるしかないのだ。


 ……今回は挨拶を見送ろう。もし機会があればまた会うこともあるはずだ。この場を立ち去り、周囲の観察に入ることにした。

 まだまだこの時代を満足いくまで見物できていないのだ。ゆっくり進んでいこう。






 ずいぶんと遠いところまで来た。心なしか温度が下がってきたような気がする。木々は少なくなり、長草の草原が多くなり始めた。翼を限界まで畳んで地を()っている。ここには慎重な生物が多いようだ。なるべく音をたてずに進んでいく。大きな体でも音をたてずに進むことはできるのだ。ヘビになったつもりでうねうね動く。


 周囲を確認すると、大型でパワーのある生物だけではなく、獰猛(どうもう)狡猾(こうかつ)な者が増えたことに気が付く。音もなく獲物に近づき大きな鉤爪などの武器を使って致命傷を与える。群れで行動するため自分と同じ大きさの生物だけではなく、大きな獲物も狙っている。

 体格の差を逆に利用し、死角から攻撃して徐々に弱らせるのだ。


 ここら一帯を陣取っているのは全長4メートルの肉食恐竜・ディノニクスだ。頭の上には装飾のような羽毛が生えている。全身も緑色や灰色、茶色などの景色と溶け込みやすい羽毛で覆われている。腕は鳥のように折り(たた)まれていて、からだの他の部位よりも大きめの羽毛が生えている。

 強靭な後ろ足の第2指は異常に大きな鉤爪が備わっており、相手に深傷を負わせることは容易いだろう。長い尻尾は腱が発達していて常にピンと張っている。


 彼らは獲物を追い詰め、罠を張り、襲う相手に合わせて戦略を練る。戦略は群の中で共有されており、狩りの手際は前世で見たシャチの動画を思い出させる。

 更には魔力を宿しており、ジャンプ力が途轍(とてつ)もないことになっている。……いや、ジャンプというより()を操っているのかもしれない。たまに飛んでいるのかと錯覚してしまうことがある。


 ディノニクスと同様の種で有名なのはヴェロキラプトルだろう。エンターテイメントでは全長4メートルほどの大きさで描かれているが、本来の彼らは全長2メートル程だといわれている。獣脚類(じゅうきゃくるい)は尻尾が長いため、体を実際に見ると175センチの人間よりも体調ははるかに小さい。


 ヴェロキラプトルは東の森に生息しており、主に小型の獲物や草食恐竜の幼体を襲っている。特に夜の行動が活発で、夜の闇の中で狩りをするところを何回も見ている。猛禽類(もうきんるい)のようなハンターだ。彼らの場合は他の肉食恐竜との競合を避ける形で繁殖しているようだ。


 大陸の南側でもラプトルと近縁の生物が生息している。南側についての調査はまだしていないので気になるところだ。彼らのようなタイプの恐竜はその知能や獰猛さによって様々な所への移動を可能にしているのだろう。


 ちなみに獣脚類というのは肉食恐竜と一部の草食恐竜が所属する一分類郡だ。よく知られる爬虫類とは違い人間のようにからだの下に脚がついている。その脚は筋肉に覆われ大きく発達している。

 後ろに延びる尻尾で大きな頭とバランスをとり、脚を前に動かすことで素早く前進する事ができる。俺みたいなからだの横に脚がついている奴はいない。


 北極点に近づいていく程一筋縄ではいかない生物が分布しているようで、行動パターンも変わってきている。爬虫類が棲めなさそうな気温のところにさえ、魔物である者達なら進出してしまう。この世界では氷河期がまた来たとしても、恐竜は絶滅するかもしれないが魔物は生き残ってしまいそうである。


 魔物達はさらに繁殖していくことで、見たこともないような進化をする可能性がある。気候の違いによる分布の知識は役に立たないだろう。自分以外の生命が誕生したときの興奮が(よみがえ)ってきた。今後の生物の分岐がとても楽しみである。







 「グワ! グワ! (知ってると思うけど、最近この辺にデカイ翼持ちの奴が来たでしょ? どう対応する?)」


 偵察担当のディノニクスが話し合いの場で発言した。


 「……グルル。……グルルル。(俺達の群れを観察している奴だな。できることならすぐに狩り殺してやりたいんだが力が未知数だ。あのタイプの生き物に出くわしたことはない。厄介な奴に目をつけられた)」


 と()れのリーダー格は答える。


 「ガウ! ガウ! (最初の頃は縄張りを奪いに来た気まぐれな大型かと思ったけど、なんか雰囲気が違うのよね。こちらに襲い掛かってくるわけではないし……)」


 副リーダーのメスは相手の思考を読むことでなんとか対応できないか考えている。会議はまとまらぬまま進んでいく――


 彼ら3頭はこの群れの中心人物である。群れの存続のために狩りや縄張り争いでの失敗は許されない。今までも大型の肉食恐竜が移動してきて戦いになったことはあるが全て撃退してきた。今回もどうにか生き残る策を考えなければならない。


 この群れは大人はオス2頭メス3頭の5頭、子供16頭の大きな群れである。子供達の中には大人と変わらない大きさまで成長して狩りの実践訓練を行っている者もいる。従って戦闘部隊は大人のオス2頭とメス1頭、訓練中の子供6頭の合わせて9頭だ。

 子供達は経験を積んでいないため、大型の肉食恐竜とは戦えない。今後の群れの発展のためには彼らは失うわけにはいかない。


 そうすると大人3頭で戦闘しなければならないことになる。


 リーダーは悩んでいる。

 回避に自信がある偵察担当が正面から視線を引き付け、残り2頭が爪で体を切り裂き失血死を狙うとする案。木の上から首に向かって奇襲を仕掛ける案。夜になってから奇襲を仕掛ける案など、様々な作戦を考えたがどれも却下した。

 相手の情報が少なすぎて確実ではないのだ。相手の姿形で戦い方が予想できない。群れの為には無謀なことはできない。今、前代未聞の危機に(ひん)している

 ……俺達は……どうしたらいい。


 「グワ! グワ! (俺がさ、ちょっとずつ近づいてみるよ! 敵意がないのは俺も感じてたしさ! もし会話が可能ならあいつの出方を探ってみてもいいし)」


 「グルオオオ! (危険だ! 奴に危害を加える気がなくても戯れられただけでこちらは死にかねない! 首長竜並のサイズなんだぞ!)」


 「ガウ! (私も反対よ! 私達に敵意が無さすぎる理由だって、強者の余裕からくるものかも知れないじゃない! 仕掛けてくるのを待っているのかも……)」


 リーダーと副リーダーはかなり消極的である。この地域は獲物がでかくて旨いのだが、その分敵は強力だ。群れの戦闘員を無駄に減らすわけにはいかないのだ。


 「……グワァ(……でもさ、あいつがどういう生き物かわからないと何も対策が練れないだろ? 話しかけるのは無しにしてもさ、近づいて調査しないとわからないままだよ。どっちにしろ見られているんだ。何もしないでも危険にかわりないさ……)」


 ……確かにその通りだと他の2頭も思っていた。偵察担当が調査するのは自分たち2頭が行くよりも適切な配置だと理解もしている。……気が進まなくともやるしかないのだ。


 「……グルル。グルゥ(……その通りだな……。今群れの戦闘部隊が育ちきっていない。ここで減らすわけにはいかないと、臆病になり過ぎていた。……お前に偵察を頼む。無茶だけはするなよ)」


 「グワ!(了解だよリーダー! いつも通り気楽に待ってて!)」


 偵察担当は軽い調子で答えたが、これは雰囲気を和ませるためだ。死ぬ覚悟で任務に向かう。死ぬ覚悟だが、群れのためにまだ死ぬわけにはいかない。死んでいいのは子供達が一人前になってからだ。

 ――絶対に糸口を掴む――大きな覚悟をもって進んでいく。







 1頭のディノニクスが大きな覚悟を胸に龍に近づいていく。この行動により龍の価値観は大いに動くことになる。


 ――世界の進化を方向づける起点となるのだ。

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