第三話 力の器と人間の心
スピノサウルスの独白はアースの魔力により翻訳されています。
戦い始めてから数分後、お互いに攻めあぐねていた。俺は致命傷を与えるつもりは無いし、彼は俺に致命傷を与えることができない。強力なダメージを与えうる魔法も使えない。俺は使わないだけだが、彼は使えない。
現段階でこのスピノサウルスは魔力を宿すが、体の強化やパワーのブーストに使っているだけである。魔法を使うことができる生物にまで発展していないからだ。魔法を使うためには直感的に周囲に存在する魔力を把握し、周囲の魔力で現象を発生させる必要がある。
俺の気象魔法だってそうだ。何故か地中から涌き出るようになった魔力や、宇宙にある魔力を引っ張ってくることで現象を起こしていたのだ。体内の保有魔力は肉体の容量を超えることができない。
大きな魔法現象を起こすのに必要なのは、体内の魔力ではなく周囲を認識する力だ。スピノサウルスが魔法を使うためにはもっと脳が発達し、第7感ともいえる感覚を得る進化をしなければならない。
……グルルル。
俺は彼としばらくにらみ合い、どちらともなく後ろへ引き下がった。そもそも、本来は巨大な生物同士で戦うことは少ない。クレーン車級の重量でぶつかり合うので、消費するエネルギーも大きい。体の維持でも多くの食糧が必要なのに、無駄にカロリーを消費するのは合理的ではないからだ。
縄張り争いや繁殖のための争いなど、譲れないときにのみ戦う。あのアロ三兄弟との喧嘩も縄張り争いによる衝突であった。
激突した場合、超大型の魔物は勝負がつかないと消耗を避けるためにお互いが引くことになる。アロ三兄弟が何度も挑んできたのは多分お馬鹿だからだ。普通そんな無駄なことはしない。
◇
俺は6年前にとあるスピノサウルスの夫婦から、4頭の兄弟と共に産まれた。親達からは魚狩りの方法を見て学び、兄弟達とは喧嘩をすることで戦い方を学んだ。俺は兄弟の中で一番体が大きく強かった。
強いものは外に出て新しく縄張りをつくり、相対的に力の無いものは親の縄張りを引き継ぐ。弱い者は分割することで支配する範囲をしぼるのだ。『一人で縄張りを持ち、強いメスと子をつくる』これが俺の目標だった。大きな縄張りを持つことは、大量の餌を保有するという強さの証であり俺たちの憧れだ!
1年前に俺たち兄弟はそれぞれの道へ進んだ。もちろん俺は巣立つことにした。しかも、親の縄張りの周辺ではなく、離れた場所へ向かうことにしたのだ。川のそばの北東の位置から、湖の南西の位置へ向かって一直線に泳いだ。
途中で大型の水棲爬虫類の縄張りを通ることもあったが、戦いになったときは工夫して倒した。二体一では負ける可能性が高いため、1頭になったところを狙って倒す。もう1頭は殺す必要が無いので気づかれる前に縄張りを通過した。
こんなことを繰り返しながら湖の南西地域にたどり着き、魚を食って体を大きくした。しかし、番を選ぼうとしていたところ事件が起きた。何故か魚が減ってしまったのだ。どうやら陸地に異変があるようで、顔の上部についた目だけを水面に出し確認した。
首長竜みたいな長さのクセに翼が生えた、どう見てもヤバい奴がいた。牙が有るってことはあの大きさで肉食ってるのか!? 食い過ぎて前にいた場所の餌がいなくなったか? とんでもねぇ悪魔だ。
魚達は鳥を苦手としている。馬鹿な魚達はめちゃくちゃでかい鳥が出たのだと勘違いでもしたのだろう。
流石に腹が減ってしまったので、少し他の縄張りの魚に手を出してしまっていたのだが、そこの夫婦に二体一でやられてしまった。
ここに来るまで目標に向かって一直線で取り組んできたのだ。それがこんな……。
……ックソ!あの羽トカゲ野郎は俺の誇りを傷つけたッ!知らなかったとかそんなことはどうでもいい……。あいつは1頭で俺も1頭、タイマンでブッ殺してやる!
結果は引き分けだった。しかし羽トカゲ野郎は遊んでいるつもりなのか、全然急所を狙ってこなかった。向こうの方が余裕があったのである。何から何までムカつく。……次はこんな思いをするわけにはいかない。あいつはここを去ると言っていたが、ああいうのがまた来ないとも限らない。
やり方を変えなければダメだ。
――俺はこの湖に最強の群れをつくる。絶対に誇りを踏みにじらせはしない。
◇
スピノサウルスと戦った後、消耗したエネルギーを周囲の魔力から補給していた。筋肉組織に魔力を練り込んでいく。ちなみに傷に関してだがそれはもう塞がっている。ドラゴンの血液には魔力が溶け込んでおり治癒の力が宿っているからだ。
治癒といっても傷口に即効でカサブタができるだけなので、再生のように完全回復ではない。物語のように傷痕まで綺麗に無くなる夢のような力は存在しない。この世界は厳しい現実だ。あって欲しい都合のいいことなんて起きることはないのだ。
今回魔竜スピノサウルスは強い怒りの感情を向けていた。俺は意図せず彼のプライドを傷付けてしまったのだろう。ただ観察したいがために散歩して、その結果起きた出来事だ。……詰めが甘い俺らしい失態だ。
しかし、俺はこのような諍いまで気にするべきなのだろうか? 俺は根本的な何かが他の生物とは違うが、生きていることにかわりはない。他の生物だって縄張り争いをするのだ。
ティラ子だって色々な所を練り歩いていたからこそ俺の巣にたどり着いたのだし、その間に争いが起こったことだってあるはずだ。今回のスピノサウルスも縄張りを張っているのだから、他の生物と殺し合いの喧嘩を何度もしたことだろう。
これはドラゴンにとっては自然のはずだ。人間としての自分は波風を立てることを嫌っているのだが、心の奥底に眠るドラゴンとしての本能は心地好ささえ感じている気がする。邪悪なのだろうか?
俺が魔法を使わないことや殺さないというルールをつくったのは、惑星の環境を急激に・不自然に変えないためだ。ドラゴンの中にある俺という人間の魂が影響を与えないためだ。ドラゴンの本能に従う行為は問題ないと考えてもいいのではないか。
ドラゴンの本能に従った戦闘の原因が人間としての好奇心だったとしても、こればっかりは防ぎようがないと思う。俺は完璧な存在ではないのだ。やりたいことを全て我慢することなどできない。愚かだとわかっているが、正当化して行動するしかないのだ……。
湖から数十メートル西へ離れた位置を北上していく。自分の棲みかに攻められて戦うことには何も感じないが、初めて攻め入る形で戦うことで心に凝りが残ってしまった。スッキリするまで原因となった湖からは離れようと思ったのだ。
森の奥から巨大なモノが衝突したような音が聞こえてきた。……何かが戦っているのだろう。木の間を縫うように進み、気付かれないような位置で息を潜める。するとそこでは大型肉食恐竜同士が戦っていた。
大型の肉食恐竜が戦うことは珍しいはずなのだが、俺の他にも喧嘩している奴らがいるとは……。北側の住民は血気盛んな者が多いようだ。
……というか、あの20メートルオーバーの体に、緑と茶色が合わさり天然の迷彩のようになった鱗。あれはティラ子だ。
相手の恐竜は目の上にあるコブのような角、ティラノサウルスよりも小さくなった手、強靭な後ろ足にスマートな体格。全長は14メートルと魔力により巨大化しているが、カルノタウルスだろう。赤茶色の体は森の影に溶け込みやすいだろう。
ティラ子は3メートルの巨大な顔で噛みつこうとする。
しかしカルノタウルスは素早い動きでかわし首もとに噛みついた。
体が細く体重が軽いため身軽なのだ。
グオオオオオ!
ティラ子は雄叫びを上げながら振り払う。
カルノタウルスの顎の力は強いわけではない。ティラ子の体にも傷はついているが血がにじむ程度だ。
振り払われた衝撃で生じた隙にティラ子が頭に食らいつく。
小刀のような牙が頭蓋に突き刺さる。
そのまま10トンの咬合力をもって噛み砕く。
そして勝利の雄叫びを上げた。
大型肉食恐竜の戦いは基本的にすぐに終わる。お互いが致命傷を与える攻撃力を持つことが多いからだ。今回の戦いに関しては体格による実力差が大きかったこともあるだろう。
そんなことより、俺は見惚れてしまっていた。あの顎の力は確実に俺より上だ。圧倒的なパワーによる破壊。勝利による高揚の雄叫び。
――全てが美しいと感じていた。