第一話 恐竜の世界
第一章スタートです。恐竜達との物語。
この星は、前世では見たことのない程エネルギーが満ちている。これは魔力があるからという理由だけではない。ある生物は本能的に食べ物が競合することを避けるように進化する。ある生物は捕食されないように、体を防御するための進化をする。ある生物は硬い生物を捕食するために、牙や爪を進化させる。
いたるところから静かな熱を感じるのだ。
俺は森を観察するのが好きだ。森では微生物、植物、大型生物まで全ての生き物たちが自らの生を燃やし尽くしている。
大陸の東、40メートルほどの高い木々は大地に根をはり、天を貫かんばかりに伸びている。木々は無秩序に並んでおり、隙間には草花が敷き詰められている。葉や枝の隙間からは太陽光が差し込み、優しい木漏れ日を見ることができる。
しかし豊かな土地は優しいだけの世界ではない。
木の影には茶色い鱗を持つ肉食恐竜が潜んでいる。草花の中には緑色の鱗を持つ肉食恐竜が潜んでいる。激しい生存競争が行われているこの森では、同じルートを通る生物はすぐに狩られてしまう。よって獣道のようなものはない。
植物はシダ植物やそれから進化した大木だけでなく、花粉により受粉を行う裸子植物や、昆虫等に受効率よく受粉させ、種を運ばせる被子植物も繁栄した。植物の多様性はその他の生物に更なる多様化をもたらしていく。
自分達を研ぎ澄ませ、他者より強く、より効率よく……。
純粋な生命の営みが愛おしい。
今のところ大陸はまだ1つにくっついたままである。地震が起きるため地殻変動は起こっているはずだ。いつかは大陸プレートの動きや、海面の高さの変化によって分かれるだろうが、今はまだ1つの巨大な大陸だ。
この唯一の大陸はアフリカ大陸をひっくり返したような形をしている。我が家はその大陸の中央から見て東に位置する。
森を東に向かって進み続けると、巣の大岩が見えてくる。今まで100メートルの幅と奥行きで高さ60メートルくらいの小山のような形しか見えなかった。
しかし、時がたち地殻が変動することで、隠れていた部分も見えるようになった。幅は1キロメートル程あり、奥行きも同程度の長さである。高さは500メートルくらいだろう。上部は所々へこんだり盛り上がったりしているが、遠目で見れば台形に見える。俺の部屋の入り口はだいぶ上方になってしまった。
俺がいた大岩はかなり巨大な一枚岩だった。原初の惑星となるときに、アースとぶつかった衝撃でバラバラにならず、他の微惑星や隕石のように融け合うこともなかった。特殊な元素でできているのだろうが、地球には無かったもののようで全然わからない。
この場所は、俺の生まれを知るための大きなヒントになると思っている。
恐竜たちは初めは全て肉食であった。しかし、陸上の植物が様々な進化を遂げて増えたことで、植物を食べて生き残ろうとする個体に進化したのだ。彼らは集団で生活するとこにより、危険を察知して回避したり、まとまって防衛するなど社会性を身につける方向に進化した。
そのため草食恐竜だけではなく、肉食恐竜もグループで狩りをする社会性を身に付け始めた。ラプトル系が主な生物だが、アロサウルスなどの大型肉食恐竜にも社会性を持った生物は現れている。
強靭な体だけでは生きていけない世界なのだ。全ての生物は生き残るために知恵をしぼる。自分より小さな相手でも油断してはいけない。逃げない相手は、全て勝算が有るから向かってくるのだ。愚鈍な者は自然に淘汰されていき、体が強く賢い者が繁殖していく。
空中散歩を楽しむことが増えた。俺は空を飛ぶことが実験・観察と同じくらい好きである。ドラゴンの翼には魔力が宿っているために、この全長40メートル重さ30トンの巨体を持ち上げることができる。翼を広げると幅も40メートルと大きい。魔力がなければ翼の力だけでは1ミリも浮かすことはできないだろう。
自由に空を飛べるというのは良いものだ。
空を飛んでいると地上から見上げてくる者たちがいるが、特に警戒されていないはずだ。俺は空気抵抗が小さい上空10000メートルを飛んでいるからだ。地上からは小鳥くらいの大きさにしか見えていないだろう。
……本当は俺が飛んでいるところを見せたい。何故なら自分の姿が好きだから。成体になった俺はかっこいいのだ。スマートなトカゲのようなフォルム。そこに備わるコウモリのような白い翼! 頭から尻尾の付け根までは16メートルで、尻尾の長さは24メートルという首の長くなったカナヘビのようなバランス! 同じ爬虫類に近い仲間ならば、このイケメン比率に見惚れること間違いない。
胴体は8メートルくらいで細身だが、胸元は引き締まって力強く、美しい純白の鱗に覆われている。時折体に流れる魔力が反応して、赤い稲妻のようなものが走るのも素晴らしいだろう。
両腕両足にはそれぞれ4本の指があり、60センチ程の頑丈な鉤爪が生えている。前足の指は人間の親指と同じく第1指が他の3指と向き合う形で付いているためかなり器用に動かすことができる。
顔はおよそ2メートルで、ナイフのような牙が生え揃っている。額の上には二本の二股に別れた角が、後方に向かって王冠のように生えている。
何者に見られても恥ずかしくない姿だと思っている!
悦に入りながら地上を観察する。魔力の宿った龍眼があるので遠くのものも見ることができる。
森林を抜けた開けた領域では首長竜の集団が木の葉を食べている。首長竜は最大クラスで40メートル近くあり、魔物に進化しているものだと60メートルを越えるものもいる。
彼らはサイズを大きくすることで肉食恐竜に襲わせないようにしているようだ。巨大な集団を襲うことはリスクなのである。彼らの体重は90トン近くあるのだ。潰されて死ぬ。
海では50メートル近くある巨大な影が見え、少しビビった。この影の主は海トカゲ類が魔物に進化したものだろう。体の大きさは間違いなくパワーの指標であるので、今見えてるこの生物は俺より強い可能性が高い。喧嘩を売らないようにそっとしておこう。
俺がなにもしなくても絶滅する者達いる。しかしその後絶滅した生物の隙間を埋めるように、環境に適した能力を持った生物が現れる。まるで星の上に有るものがまとめて1つの生命体のようだ。
俺が原因で滅んだあのときでさえ、魔力前提の世界に耐えうる命が生まれ、増えたのだ。それでも……一度反省したように、世界にとって無茶なことはするつもりはない。
生物の中には食事のためだけでなく、狩りを楽しむものもいるだろう。そうだとしても自然の営みの一部である。他の生き物が命のやり取りをするのは自然だが、俺が関わることは自分が許せない。
この厳しくも美しい世界は俺に平穏なままでいることを許さないだろう。世界が歯車の一部に無理矢理加えてくるような、そんな予感を感じる。
その時俺は、どんな判断をするのだろうか。
俺は巣の周りを4本の足で這いまわって散策している。長い尻尾でバランスを取り二本足で立つこともできるが、二足歩行の恐竜とは違って基本は四足歩行なのだ。足がワニやトカゲのように横についているため、体をくねらせながら前に進む。
長い尻尾は舵取りや推進力のためにとても大切な部位だ。
前方の森から普段はお目にかからない恐竜が現れた。魔力を備えたティラノサウルスだ。通常のティラノサウルスは全長12メートルくらいのサイズだが、魔力を備えたこの個体は20メートルを越えている。それにともなって顔も3メートルとかなり大きく、威圧感が半端ない。
全長20メートルを越えるため、体重も15トン近くはありそうだ。からだの重さは単純だが強力な武器である。さらに顎の力も強力だ。魔力により強くなっているため、顎の力は10トンで収まらないだろう。
先ずは会話を試みることにした。恐竜は群れをつくったり相手を罠にかけたりと知能が高い。魔物はさらに知能が高いことが多く、基本的にコミュニケーションが取れる。
あちらはゆっくり歩いてきて、こちらの様子を首をかしげながらうかがっている。俺の方から語りかけてみよう。
「グルルルゥ……(こんにちはお姉さん。この辺は岩場で食糧が少いので散歩しても成果は少ないですよ)」
ドラゴン翻訳である。意味が通じるように補足している。思念のようなモノを互いに伝達し、アイコンタクトで理解しあうのが野生の会話だ。
この魔物化恐竜ティラノサウルスはメスである。長いので勝手に心の中でティラ子と呼ぶことにする。さあ、ヤンキーアロサウルス三兄弟以外では初の異種族コミュニケーションだ。草食の恐竜はすぐ逃げるのでまだインタビューできていない。食べないのにな……。
「グァアアゥ……(これはどうもご丁寧に。狩場を探しに来たのではなく貴方に興味があって来たの)」
俺に会いに来たのか。アロ三兄弟と遊んでいたが、観察していた恐竜がいたのかもしれない。それで森の中では情報が拡散されているのだろう。危険地域として近寄らないと判断するものや、食物連鎖の頂点を目指し俺を狩ろうとするもの。立場によって様々な対応をしてくるだろう。
恐竜たちは頭を使い効率的に狩りをする。戦いたいとかじゃないよな……。彼女の顎で噛みつかれるとポックリ逝きかねないので、警戒しながらさらに会話を試みる。
「グルルルゥ?(そうなんですね。では私にどんな用件でしょうか?)」
と本題を聞いてみた。すると、
「グォオオゥ、グアァ(そろそろ番をつくろうとしていてね、相手を探す旅をしていたんだよ。だから強い個体がいるという噂があったここに来たわけ。だけど貴方、ティラノサウルスじゃなかったのね……)」
なるほど、俺の巣の周囲にティラノサウルスはいないはずだと思っていたが、より強い個体を探して生息領域から出てきたのか。そしてアロ三兄弟との喧嘩の話を聞いてここに強いティラノサウルスのオスがいると思ったのだろう。
地上にいる生物で食物連鎖の頂点はティラノサウルスだ。勘違いしたのだろう。
「グルルル、グルアアァ(なんか期待させてすみません。もう少し北の方に行けば大型の恐竜たちがいたはずです。そこへ行けばいいオスがいるかもしれませんよ)」
と空から見て知った大型肉食恐竜が棲息している地域を伝えた。俺は紳士なのだ。
「グォオオオオ!(親切にありがとう!じゃあそっちの方で婚活してくるよ!)」
ティラ子ちゃん! 素直な子だ。いい番ができるといいな! ただ、強さゆえの自信の表れなのか素直すぎる気がして心配だ。
恐竜たちはコミュニケーション能力を高度に発達させているようだ。今後は恐竜社会にもう少し踏み込んでみようと思う。
地球ではないので、地球では同時期に存在しなかったものも混在しています。