万物の根源は水
穴のなかに入ってからは、地を揺らす衝撃が響き続けたのでずっと籠っていた。マグマが岩の上まで溢れてこないか確認しながら身を隠す。この間に食料が無いこと、水分すらないことにとても焦っていた。いくら熱によって死ぬことは無さそうだとしても、体が必要なエネルギーや栄養が摂取できなければ生き物は死んでしまう。
――いくら時間が経っても全然腹が減らないし、喉の乾きもなかった。空腹や喉の乾き、痛みなどもそうだが、これらの感覚は生命維持のために起こる反応だったはず。だとしたら腹を満たすものを食べる必要はないのかもしれない。では何故口があるのだろうか?
……この体のエネルギー源はいったいなんなのだろう。空腹がないということは糖がエネルギーになっていないのか? ドラゴンは地球の知識では説明できないので、生きるためには自分で検証していかなければいけないのだろう。
ここまで考えて気付いた。俺の親は何処にいる? 側にあった卵は俺が入っていた卵のはずで、卵があるということはお腹のなかで卵を生成した存在がいるに決まっている。
知能が高いと言われている動物は親の姿を身ながら学んで生きていくものだ。今の自分はこれ程『考える』ということができているのだから知能は高いはずだ。(……頭がいいとは言ってない。)
マグマから卵ができてドラゴンが産まれましたなんてあるはずがないので(……ないよね)、親は何処かにいると考える。しかし、今はどうしようもないことなので別のことについて考える。
今まで周りに大きさの基準になるものが無かったので自分の体の大きさもわからなかったが、人間の大人と同じくらいの思考ができるため、脳が1400ミリリットルはあるんじゃないかと思う。体を見た感じからざっくり全長1メートルくらいだと考えておこう。
穴のなかに過ごしていること、腹が減らないことから時間感覚がおかしくなってしまった。睡眠すら必要ないらしく眠くはならない。暇すぎて意識をシャットダウンしたかったので、試しに眠ろうとしたら眠ることはできた。しかも眠ろうと思えばいつまでも眠れそうで、二度寝・三度寝とどんどん繰り返してしまった。
何もすることがないので眠ることが楽しくなってしまった。いやはや、眠りすぎた。これからは睡眠を挟みながら自分のできることの実験・考察をしていこう。
長い年月をかけてわかったことがある。……頭が良くなったわけでもないから、一秒単位で正確に数えられるわけでもないし、時間が正確にわかるものが側にあるわけでもないが、長い年月だと考えた証拠はある。体が何も食べていないのに成長していることだ。サイズは穴の中に占める大きさから今までと比べて3倍くらいになったとわかった。
手や尻尾、翼の感じも産まれた時より強そうで、顎の下には髭も生えた。ダンディーなドラゴンになれただろうか? 鏡があれば見たかった。
そして成長するための栄養素というか、飲み食いせずに体を維持してきた理由もわかってきた。自分の心臓や目などに力が宿っているのを感じる。それを知覚すると周囲の岩や空気中に存在しているのもわかるようになってきた。
この力を吸収しているようなので、そうすることにより生命維持していると考えられる。自分一人しかいないのでとりあえず『魔力』と名付けることにした。
どれ程の時間が経ったかはもはやわからないが、衝撃や音が鎮まったので外に出てみることにした。今自分がいる岩の周囲はもうマグマしか見えない。……いや、マグマの中に所々岩が浮かんでいるようだ。見渡す限り真っ赤だ。赤い空に赤い海、まるでこの世の終わりを観ているような気分になる。
――本当は察しがついている。この星は終わったのではなく、俺と同じように産まれたばかりなのではないかと……。空を見上げれば流れ星のようなものが見えるが、これは星屑が大気の摩擦で燃えているからだったと思う。俺が産まれたばかりの頃は遮るものが無かったために、宇宙を漂う星屑も全部地上にぶつかっていた。産まれた頃、この星に大気は無かったのだ。
――親が周囲にいない謎などもこのあたりから推測できるかもしれない。
ここで衝撃の事実。俺の種族は空気を必要としているわけではないということがわかってしまった。熱に耐性があるようなので宇宙空間でも生きていけちゃいそうである。某究極生命体より究極だったりしてな! わからないけど!
吸収しているのは魔力のみである。食べ物がいらないし、空気もいらない。魔力さえあればいい。霞を食べる仙人かな? 霞って存在しないものだったっけ? 気とかプラナが霞だと考えれば魔力も似たようなものか?
こういう考察は本当は何かに書き記しておきたい。子供の頃に昆虫などの自由研究をしたことがあるが、今は惑星と自分の体の自由研究をしているような気分である。誰にも見られない自由研究とか何をしてもいい感じがしてすごいワクワクする。
少しアホっぽいことを考えてしまったが気にしない。時間だけはめちゃくちゃあるのだ。考え事に戻そう。大気の完成や魔力の知覚をするようになってから、感覚機能が発達したように思える。目に見えない粒子や魔力がなんとなく分類できるのだ。
今空気中を満たしているのは水蒸気と二酸化炭素と窒素がほとんどだ。見えないが『なんとなく元素があるのがわかる』程度なのだが、人間時代には臭いや色などがない限りわからなかったものなのでドラゴン特有の感覚だと思う。ワクワクする。
前世は文系だったが一応高校レベルの理系科目はやっているため、その知識の範囲内で分類して勝手に名前をつけている。誰もいないしいいよね! 理系のプロだったらもっとしっかりわかることもかなりあるのだろうけど、中学生の自由研究してるような感じだからいいよね! 楽しくなってきたから大きな声を出したくなってきた。誰もいないし。
「グギャアアア!」
ちょっとキモイ鳴き声で楽しくなくなった。
◇
龍が星を観察したり叫んだりしている間にも、惑星は物理法則や化学変化により変わっていっている。二酸化炭素が大気中に多く含まれており、温室効果によって星の表面温度は1500℃に達している。地表はほとんどマグマで覆われているが、内部では比重の大きな鉄などがそこに沈み核を作った。
このとき沈んだものの中には龍が興味本位で動かしまくった魔力も含まれている。吸収できるということは動かせるのではないかと思い至ってから、暇潰しに動かしまくって遊んでいたのだ。
龍が空から吸収し、遊びで放出された魔力は鉄と結び付いてさらに固く・重くなり、星の『魔核』と呼べるものができあがった。本来では宇宙空間を漂っているダークマターといえるようなものが魔力だ。その魔力を産み出す存在が奇跡的な確率をもって星の内部に誕生したのだ。
龍は精神力が生まれつき強い。どんなストレスにも強いとかそういうことではなく、寿命が果てしなく長いためか時間に対する精神力が強い。時間に対して鈍感なアホなのである。その為、魔力で遊んでいる期間が数億年単位だったことに気付いてはいない。
魔核からじわじわ涌き出る魔力により、地球では宇宙空間から入ってこなかった魔力に対して、この星は高い親和性を持つようになる。
比重の小さな岩石成分は浮き上がり、マントルと呼ばれる状態となった。微惑星の衝突がなくなったために、地表の温度は下がっていき原始地殻が形成される。この星に初めて大地が出来上がった。
地表と同時に大気の気温も下がっていき、水蒸気が凝結して雨が降った。これにより原始海洋が形成された。どうやらこの星は水が液体で存在できるハピタブルゾーンの領域にあるようだ。
――この星に生命の誕生という奇跡が起こる下地が整った。
ドラゴン君の見た目は某狩ゲーの祖龍っぽい感じです。最初の命=祖龍、自分のイメージはこれでした。