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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

collector's

作者: もりびと

森の奥からザッ、ザッ、と土を掻く音がする。

汗だくになりながらも、女はまたシャベルを土へ突き刺す。

掘り起こすたび、履いているサンダルの隙間から土が入り込んで趾の間に挟まるが、そんなこと意に介さないようで、女はひたすらに穴を掘っていた。

その音はどの位の時間続いていただろう。

最終的に彼女の足元には、人が一人埋まって余りあるくらいの穴が出来上がった。

彼女はシャベルを脇へ放り投げ、そばに置いてあったスーツケースの蓋を開ける。

その瞬間、周囲には鼻をつく腐臭が漂った。

だが彼女は顔をしかめるでもなく、スーツケースの中身もスーツケースそのものも、出来たばかりの穴の中に落とし、掻き出した土を戻して穴を埋めていった。

何がそこに埋められたのかはわからない。

けれど、穴が土で満たされていくと、周囲に漂っていた腐臭が徐々に薄れていく。

まるであの穴自体が腐臭を漂わせていたみたいに、穴が消えれば臭いも消えて、ただ木々のざわめきと遠くの車の走る音だけが残った。

シャベルとサンダルとで入念に土を踏み固めた女は、何度か周りを気にしながらその場を離れていった。

足音が聞こえなくなったのを確認して、僕はさっきまで女がいたあたりに足を進める。

そこに立つとまだ微かに腐臭が漂っている気がした。

持っていた学生カバンの中から、スコップを取り出す。

女がスーツケースとシャベルを持ってこの森に入って行くのを見て、近くのスーパーで急遽購入した。

自分の隠れていた木の位置と、周囲の木の位置から大体の見当をつけてスコップを突き立てる。

土が柔らかい。

いくら踏み固めたとはいえ、長い年月をかけて丘陵として固まった土と、つい今しがた掘り返された土とでは違うものだ。

僕はきっと、彼女ほど汗だくにもならずに、目的の何かを手に入れることになるだろう。

そんなことを考えながら掘ったが、案の定、スコップの先が固い何かに当たるまでそれほど時間はかからなかった。


飯島真弓はここ数日眠れていなかった。

突然の夫の失踪で、警察からの聴取や地元紙の記者からの取材を受けていたから精神的に参っていたのもあるだろう。

しかしそれよりも重大な案件が、真弓の心をざわつかせていた。

入念に確認したはずだった。

夫が眠ったあとも、致命傷を負わせたあとも、服を脱がすときも、腕と足を切り離したときも、スーツケースに入れるときも、スーツケースからあの穴へ投げ込んだときも…。

夫の身元がわかる物がないように、ないように、ないように。何度も何度も何度も何度も何度も何度も…ッ!!

警察から夫の失踪先に心当たりがないかと聞かれ首を振った日、念のために日記等があればチェックしてほしいと言われて夫の遺品を確認していた。その時に無かったのだ。夫がしていた結婚指輪が。

あれは今自分がしている物と同じデザインで、お互いのイニシャルがそれぞれに彫ってある。そんな物が遺体の側で見つかったら…。

その日から、夫と結婚指輪のことが真弓の頭から離れない。

結婚して十年。最近は夫婦の会話は減り、求められることもなくなり冷え切った夫婦関係だと思っていたのに、まるで死んだ夫に付きまとわれている気分だった。

どの引き出しを開けても、どの箱を漁っても指輪は見つからない。それは何度見ても同じだった。

もう、自分が見落としたのではないだろう。

だからきっと…。

真弓はクローゼットを開け、しまってあったビニール袋を取り出す。

袋の中身は、あの日の土がまだ付いている一本のシャベル。

あの日、死後硬直というやつで開かなかった夫の右手。きっとそこに指輪がいる。


ーーピンポーンーー


真弓がシャベルをの柄を握りしめ立ち上がった時、家の呼び鈴が鳴った。

「宅配便です。ハンコをお願いします」

一度シャベルを仕舞い、荷物を受け取る。

こんな時に一体何が…。

真弓は少し焦りながら、届いた小さなダンボールを開け、そこにあるものに目を奪われた。

さっきまで探していたリングが、そこにあったのだ。しかも、あの日の真弓の写真数枚とともに。

差出人を確認するが書かれていない。

宛名もプリントアウトした無機質な印刷文字。だがその無機質さが、誰かの意志の介入をより感じさせた。


ーーーーーーーーー


"ーーによると、容疑者は犯行を概ね認めておりーー"

テレビからニュースが流れる。

「あ、これ、犯人捕まったんだ」

薄い桜色の茶碗でご飯を掻き込みながら妹が呟いた。

一ヶ月ほど前に市内で起こった死体遺棄事件。うちからもそれほど遠くない場所で起きているのに、妹から危機感は感じられなかった。

似たような報道が毎日流れているからか、それともテレビという壁を一枚挟むせいなのか。母も口では怖いと言いながら、眉の一つもしかめない。

食器を片付ける頃には、ニュースも新しいアイドルグループの話題で盛り上がっていて、さっきまでの神妙な雰囲気が無かったことにされている。

アイドルの新曲にさほど興味のない僕は自分の部屋に向かい、机に置いてあるガラス瓶を眺めることにした。

瓶の中は水道水で満たされ、そこに白くツルッとした棒状のものとシルバーのリングが沈んでいる。

「お兄ちゃん、ちょっと宿題…ってまたそれ見てるの?」

「ああ、別に…。なんとなくね」

「ふーん…。まあ、そんなことより宿題!ちょっと、ここの所がさ…」

それっきり、妹はガラス瓶やその中身に気も向けず、僕を隣に座らせて宿題と格闘し始める。

小さい頃から道端でガラクタを拾ってくる僕の習性を、うちの家族は皆、気にしないというかどこか諦めている節がある。

水に沈んだリングに、どこかの元夫婦のイニシャルが刻まれているなどとは想像もしていない。

そういえば、さっきの死体遺棄事件の容疑者は、遺棄した死体を掘り起こしているところを捕まったらしい。

彼女はなぜそんな事をしていたのか、未だに黙秘をしているため真相は分かっていない。

そして、彼女は今後も黙秘を続けるだろう。そんな根拠のない確信が、僕の胸を満たしていった。

初投稿です。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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