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おまけ:探偵のちぐはぐ乱闘記

本文とは全く関係がありませんので、短編コメディとしてお読みください。

 その晩、リーシャの悲鳴でことは始まった。


「はい。こちらヴェルナンド――」

「あの、もしもし!先生、私どうしたら……」

「その声はリーシャだね。何かあったのかい?」

「……出たんです」

「え、何だって?幽霊なんて言わないでくれよ」

「そんなんじゃありません!現に今もいるんです!助けてくださいよぉ」

 今にも泣き出しそうな調子のまま小声で叫ぶような状況。そしてリーシャは今までこんな夜遅くに電話することなどなかった。そこから探偵は瞬時に思考回路を巡らせ、一つの結論を導いた。

 もしや――侵入者(どろぼう)

「リーシャ、家族は?今君はどこにいるんだい?」

「両親はお通夜に行ってしまって、当分帰ってきません。私は怖くて押入れにいます」

「まだやつはいるのかい?」

「多分……さっきバタバタと音がしていたので、まだ家の中です」

「特徴は?」

「影だけ一瞬見ただけなのでよくは分かりませんが、とにかく真っ黒で。それに、薄暗い部屋のわずかな明かりに照らされて、光ったんですよ!もう、気味が悪くてぇ」

 光る……?まさか、ナイフを所持しているのか。

 しかし実際に効果音をつけるなら「テカッ」の方で、探偵が思う「キラッ」ではなかった。

「警察に連絡し――」

 と、受話器から突然バタンと大きな音がして、リーシャの声にならない叫びが聞こえた。

「大丈夫かい、リーシャ!」

「は〜ぁ……へ、平気です。もうあいつは向こうへ行きましたから。視界に入ったのでちょっと驚いてしまいましたが」

「確か君の家はマンションだったね。隣の部屋には誰かいるのかい?」

「いません。おじいさんが一人住んでいましたが、今朝に衰死したと聞いて、それで両親がそのお通夜に」

「え、水死(・・)だって!?」

 残念ながら、探偵は初めに悪い方に推理してしまうのが癖であった。

 従って探偵の脳は、今の状況とその間違った事実を結びつけて、勝手に事件性があると判断していた。

 隣人が何者かに殺され、その証拠をリーシャかその家族が握っていた。だからそれを持ち去って隠滅しようとしたか、あるいはリーシャ自身を口封じのために襲おうとしたか――と。

「落ち着いて、ちょっと考察してみないか」

絞殺(・・)って!それができないからこうして――って、あれ?そういえば、やつに首はあるのでしょうか」

 残念ながら、リーシャはやつをやっつけることで頭がいっぱいだった。

「何を言っているんだい?……まあ、今度僕が視察することにしよう」

「ええぇー!何で刺殺(・・)なんかするんですかっ」

 残念ながら、やはり、そうであった。

 リーシャはあらゆる鋭利なものを想像してやつを刺してみるが、どれも上手く串刺しにできず、気持ち悪さもあって途中であきらめた。

「何でって、危険だからだよ」

 質問の意味を理解できずに、探偵はそう言った。

 その後、受話器からは少しの間何も聞こえなかった。探偵が心配して口を開きかけた時だった。やっとリーシャの安堵のため息が漏れて、探偵に告げた。

「今、窓から出ていきましたよ!よかったぁ、窓開けておいて」

「……開けてたから入ってきたんじゃないかな」

「あぁ、そうかもしれないです。湧いて出るわけじゃあないですもんね」

 そう言って笑ったが、リーシャはすぐに、やつが外から入ってくる方がおかしいと思い直した。

「怪我はないかい?あと、何か盗られたものは?」

 押入れから飛び降りてトスンと軽い音をさせながら、「私は平気です」と報告した。そして歩いて家の中を探索し出した。

「うーんと、キッチンの上に置きっぱなしにしていたドーナツは危ないですね。でも、くやしいです。元々それを食べようとしてやつに出会ってしまったんですから。無事だとしても食べる気は起きませんよ」

「それって……」

「え?あ、こんな所にあった!いつも使っている強力撃退スプレーなんですけど、今回は取る暇もなかったです。でもつぶれるのはもちろん、やつの死に際のあの素早い抵抗も嫌なので、自分から外へ出ていってくれて本当によかったです」

 それらは探偵の耳にはほとんど聞こえていなかった。なぜなら、聞こうとしなかったからだ。探偵はまさかのオチに、全ての気力を失っていた。

「そういえば、さっき何か言いかけましたか?」

 この台詞を受けて、相手がその時言おうとしていたことを口にする可能性は、極めて低かった。

「いや、何でもない。……よかったね」

「はい、ありがとうございました!それでは、おやすみなさーい」

 探偵の手に握られて大活躍した受話器は、通信を切ろうと本体に置かれた瞬間、チン!という冷たい音が虚しく響いた。

 まさか、恐れていた正体がゴキブリ(あれ)だったなんて……。


 そして――静かな夜の訪れを拒む、第二の叫び声が聞こえた。

「で、出たぁ!」

 探偵はその声に反射的に窓を見ると、道の真ん中で目を見開いている小太りの髭の男は、近所に住む独身のジュラングだと判明した。それからすぐに外へ飛び出した。

「どうされました?」

 ジュラングは、探偵を一目見るなり駆け寄ってきて言った。

「ヴェルナンド探偵ですね!いやはやあなたに助けを乞います。実は、あすこに――」

 彼の指さす先には、ただ草木が風に揺れているばかりだった。

「赤子の幽霊です。さっき、二つの光る眼がこちらを見ていたんですよ」

 今度は本当に幽霊か……。正直、実体ない者(こっち)の方が厄介だ。

「なぜ赤子だと?」

「泣き声ですよ。あの辺からオギャアオギャアと聞こえたのです。近寄ってみても姿はありませんでしたがね」

 探偵はあきれてため息をつくのを我慢して、「勘違いされています」と言った。

「その()き声の正体は猫ですよ。きっとね」

 その瞬間、例の草木から猫が飛び出した。

 まだジュラングは目を丸くしていた。

「盛りのついた猫です。近くで聞いたら分かりそうなものですけど……」

 すると、やっと自分の間違いに気づき、がはははと豪快に笑った。

「いやあ、ついさっき出かける前に観てしまったものですから――番組のオカルト特集を。まさか猫とは思いませんで!」

「ははは……」

 探偵も笑った。ただし、苦笑いというやつだ。探偵はその気持ちを、よく理解できてしまうのが悲しかった。


 また――女の短い叫び声が探偵の耳に届いた。

「あ、そこの人!」

 その女性は自分に慌てて声をかけるのを見て、今度こそ犯罪者だと探偵は思った。

「ジャックを捕まえてください!」

 声に反応して探偵はすぐにかまえる。すごい速さでこちらへ向かってくるものを捕らえようとしたのだ。その時はいつもより必死で、どうして被害者がやつの名前を知っているのかなど考えもしなかった。

 案の定、それはまたしても的外れであった。

「ガルルルルッ!」

 どうやら彼女は、飼い犬の散歩中にうっかり手を放してしまったらしい。

 ジャックは探偵を襲った。

 犬は――残念ながら、探偵が唯一苦手とするものであった……。


 こうして、探偵(ほんにん)の悲鳴で終わりを告げることとなった。

どうも、海上なつです。

初の連載完結です(長編ではないけれど)!

こんなに時間がかかってしまいました。しかも小説を書き始めて大分経つのにこれです。いやはや途中で自然消滅した小説は何作か……自分が末恐ろしい。


最後になりましたが、全ての読者にお礼申し上げます。できましたら意見・感想もぜひ。

それではまた、次の機会に!

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