PIECE7:検証
大人しく助手席に座っていたリーシャは、ヴェルナンド探偵がやってくると顔つきを変えた。それはまるで、尋問する刑事のだった。
二人はデオットとトレントに一礼してから、車を走らせた。
リーシャは探偵に訊いた。
「先生、なぜ戻ったんです?」
「デオットさんに話があってね」
「確かに答えには少しがっかりしましたけど、二人とも納得していたみたいですし、解決できてよかったじゃないですか」
「そう、かな」
「間違っているのなら、教えてください」
「じゃあリーシャ、パンダは何色だい?」
「……白黒です」
「それは毛の色だね。パンダの元の色はピンクだよ」
「あぁ!確かにそうですね、考えたこともありませんでした」
「表面だけで満足して、裏に隠れた実情を知ろうとしないから、一つの観念が固定されてしまうんだ」
「なるほどぉ。つまり今回のことも、何か裏事情があったわけですね」
「そういうこと。でもそれを知ることで、今まで順調にやってきて表面上ハッピーエンドを迎えたものが、一気に崩れ去ってしまうケースもある」
「知らない方が幸せってことですか……」
「例えば、生きたウナギをつかむことは容易だと思うかい?」
「いいえ。ぬるぬるしている上に動いたら、難しいです」
「じゃあそのぬるぬるを取り除いたらどうなる?」
「うーん……でも、生きていることには変わりないし」
「いや、そうするとウナギは死んでしまうんだ」
「えっ!?」
「とらえたいもの自体が無駄になってしまう。そこまでして深入りしようとは思わないだろうね」
「でも先生は、デオットさんにそれを話したんですよね?」
「あの人はトレントさんと違ってすでに知ってしまって、思い悩んでいたようだから……。望んだ結果にならなくても、現実を受け入れることができたら、考え次第でよくもなるということを伝えに行ったんだ」
「そう、ですか」
これ以上はやめておこうと思い、最後に相づちだけ打っておいた。
車内はしばらく沈黙を保ったが、リーシャは話題を変えるため、また口を開いた。
「まだ"空"という漢字は、"クウ"とも読めます」
探偵は黙ってうなずいた。
「私はその意味を勝手に考えたんですけど――聞いてもらえますか?」
「それは聞きたいね」
少し照れて笑うと、それに応えて「それは"空間"を意味していると思ったんです」と始めた。
「今までの全ての広がりは自分がそこに存在している証明で、それは人それぞれ違う、一種の奇跡――そういう考えこそが美しいものなんじゃないかって。それから、"時間"の対義語であることから、『過去にとらわれないで前だけを見て生きてほしい』ってメッセージだったんじゃないかと……」
探偵は複雑な表情をしていた。リーシャはぞれにかまわず、独り言のようにつぶやいた。
「はっきりと答えを示していなかったのは、ハッピーエンドを自ら作ることが可能だということです――例えそれがこじつけだとしても。だから事情を知らない私は、そういうことにしたいと思います」
やがて二人を乗せた車は赤信号に止められて、エンジン音だけを響かせた。
「なるほどね」
探偵は目を閉じてぽつりと言った。その表情には先ほどの曇りが一切なく、ただ微笑んでいた。
そして信号機の青いランプが光ると、重いアクセルを踏んだ。
「ありがとうございました」
探偵に自分の家の前まで送ってもらったお礼を、リーシャは言った。
「今日は楽しかったです」
「少し遅くなってしまったようだけど……」
「大丈夫です。今夜両親は出かけてしまっているんですから」
リーシャは自慢するように自宅の鍵を見せた。それから笑顔で「さようなら」と言った。
探偵は片手をあげて「おやすみ」と言った。
探偵が車に戻ると、窓を少し開けて風を感じながら、帰るべき場所へ向けて再びアクセルを踏んだ。
あなたは"空"を直感で何と読みましたか?
どの結末を信じるかは、読者様次第です。