PIECE5:解答
それから約十分後、兄弟もヴェルナンド探偵とリーシャの待つ入口へと上がってきて、目の前で探偵が仕掛けを突破し、やっと屋上へ足を踏み入れようとしていた。
「しかし鍵はどこにあったのだ?」
トレントが訊いたので、すかさずリーシャは猫型に切り抜かれた人工芝を見せた。
「そういうことだったか……何とも意外な。あの文は素直に解釈すればよかったのだな」
リーシャは首を振ってから、「あれはちゃんと暗号だったみたいですよ」と探偵を見た。
「では少し説明を。『だが鳥を狙う隣の奴が鍵を隠し持つ』という文の"鳥"は、前の"The early bird catches the worm."という英文の"bird"のこと。そして、"隣の奴"とはすぐ右に隠れていたんだ。動詞の"catches"の最初の三文字にね」
「なるほどぉ!それが"cat"というわけですね」
「でも実際は、あまりヒントになっていなかったようだ。猫と分かっても思い当たるものがなければ、やはり探してみるしかないからね」
「おみごとです。やはりお呼びしてよかった。ありがとうございました」
このタイミングで依頼者のデオットに深々と頭を下げられたので、リーシャは入口を塞ぐ彼の横を通り抜けて、一番に屋上へ走って叫んだ。
「まだ早いです!」
デオットが「あっ!」と声をあげてリーシャを止めようとしたが、体勢を崩しそうになってすぐにトレントに支えられた。
しかしリーシャはおかまいなしに「どうしたんですか?」と訊いた。
「屋上の鍵を開けることが目的ではなかったはずですよねぇ」
探偵は彼女に悪気がないことを知っていたので、黙っていた。
「い、いや……そうだな」
すでにリーシャの手の先に郵便ポスト程の怪しい鉄の箱があったので、デオットも屋上へ足を踏み入れた。
「きっと答えはこの中にありますよ」
改めて四人は初めて到達した屋上を見渡した。そこは思ったよりも殺風景で、不自然に置かれたその箱に、皆一目で気がついた。
「開けてみるよ、兄さん」
「待て、私も」
四方にきっちりとされた錠をはずすのに少々時間がかかったが、デオットとトレントは、いよいよその重々しい鉄のふたをゆっくり持ち上げた。その中からは、また小さな箱が現れた。しかしその箱は決して美しいとは言えないものだった。価値のなさそうな質素なもので、その中身を確かめる必要があった。そこで慎重に手を伸ばし、中を見ると――。
それについて数秒は誰もが言葉を失った。やがてリーシャが躊躇いながら、その答えを口にした。
「"カラ"……ですか」
他の三人はすぐに反論しなかったが、決して本当に箱の中に何も入っていなかったわけではない。"空"という一文字が書いてある分厚い紙が出てきたのだ。
「とんだ悪戯だ!」
そう叫んだデオットの手は激しく震え出し、顔には血が上っていた。
何年も追い求めた愛する人の最期のメッセージがこれだなんて、ひどい話だ。リーシャは同情の眼差しを向けた。探偵はただじっとデオットの様子を見ていた。
「兄さん、違う!」
トレントは落ち着かせようとデオットの背中に手をあてて言った。
「忘れたのか。ママが俺らに最初にかけた言葉を。これは"ソラ"と読むのだ」
それからデオットが何か言う前に、勝手に喋り出した。
「ママは優しくこう言った。『あなたたちが生まれた時から空はずっと見守っている。毎日泣いたり笑ったり一緒にしてる。例え大好きな人が消えてしまっても、空だけは裏切ることなく必ずあなたたちの頭上を照らす。だから安心してここへ来なさい』――とな」
その場にいた者は皆、無意識に上を見上げた。雲一つない快晴の空を飛行機雲が占領している。太陽は気づかぬうちにゆっくりと沈みかけ、また同時にそれぞれの影を長く伸ばしていることも知り得なかった。
しばらくして、デオットは頭を抱えて「なるほど」とつぶやいた。
「そういう風にもとれるな……。私は現実を受け入れることに苦労して、過去の素晴らしい思い出を自分で失くしていたのだ」
それから探偵とリーシャを交互に見て、再び頭を下げた。
「お二人には本当に感謝している。依頼料はどれほどだろうか」
その言葉に探偵は素早く手をあげた。
「いや、仕事のために来たのではありませんから、それには及びません」
「元々先生は今日、お休みの日だったんですよ。本当に興味本位です」
リーシャも口をはさむ。
「すまない……。では買い物を頼まれてくれた代金だけお受け取りになってくだされ」
トレントは無言で服のポケットから薄い封筒を取り出すと、探偵に両手で差し出した。
それを何も言わずに受け取り、デオットをちらと一瞬見てから探偵は言った。
「それでは、僕はこれで」
一礼して早々と立ち去ろうとする背中をリーシャが追う。
トレントも二人の後についていこうとして、足を止めた。それを見てデオットが早口に言った。
「お前も行ってくれ。私はどうせ一人では降りられぬ。見送りにもたもたするのはみっともない。お二方には失礼だが私はもう少しここに残っておる」
トレントは短く「分かった」と返事をして、急いで二人についていった。
「先生、何か怒ってます?」
「どうしてそう思うんだい?」
リーシャはそれについて上手く答えることができなかった。
すると探偵は急に振り返って、言った。
「質問があります」
どうやらそれは、二階まで下がった所でいつの間にか追いついていた、トレントに向けてだったようだ。
「お兄さんの脚は、いつごろ怪我されたのですか?」
「三か月程前だ。その時は早朝だったから俺は寝ていたのだが、大きな音と叫び声で目が覚めて飛んでいくと、階段から落ちて骨を折った兄を見つけたのだ」
「どの階段ですか?」
「ちょうど今降りてきた――屋上へ行く階段だ。あそこは昼間でなければ足もとが暗くて危ない」
「階段で転んだのは、それが初めてですか?」
「うむ。俺はしょっちゅうこの階段でつまずいていたのだが、兄さんは普段は注意深い人で、そのようなことはなかったように思う。……いや、そういえば、ママがまだ生存していた頃に一度あったな。同じような時刻に階段の方でドスンと音がしたかと思うと、痛いのを我慢して慌てて布団に帰ってきた兄さんを見たことがある」
「その時、何かお聞きになりましたか?」
「俺が心配して『どうしたか』と尋ねると、ただ『誰にも言うな』と。どうしてそんなことを言うのか見当もつかず、本人もそう重大視していないようだったので、単に寝ぼけていたのだろうと思い込んでいたよ」
それを聞いて何やら少し考え込むと、今度はリーシャに向かって「先に車に戻っていてくれないか」と言った。
リーシャは探偵の真剣さから察し、質問を我慢して「はい」と返事をした。
「トレントさん、お願いがあります。彼女は一度この慣れない階段で転んでしまったのです。心配ですから下まで傍にいてやってくれませんか?」
「ああ、そのつもりだ」
探偵は軽くうなずくと、屋上へまた走った。
後に残された二人は、しばらく狐につままれたように静止していた。
「過保護だな」
トレントがそう唐突につぶやくと、探偵と逆方向に歩き出した。
「優しいだけです」
頬を膨らませたリーシャは、すぐにそう訂正した。
しかし分かっていた。探偵は何か考えがあるのだ。きっと私たち二人に聞かれたくないような話をしに行ったのだ、と。