出立のアルケミスト
「ミオン……呼んでるよ?」
「…………わ、私、薬師じゃないし……錬金術師だし、別のミオンさんじゃない?」
「この村にミオンは1人しか居ないよ」
必死に視線を逸らす私に、サチは容赦なく現実を突き付けた。
この地を治める領主って事はつまり貴族って事だろう。
目をつけられたとしたら厄介だなぁ。
でも、聞いた感じ丁寧な招待みたいな感じだし、上手く友誼を結ぶ事が出来れば将来的に町に出た時に有利かも知れない。
私はそう自分に言い聞かせながら武者が居る広場へと足を進めていった。
「あの〜、私がミオン・トライアです」
私が恐る恐る名乗り出ると、武者はクワッと目を見開き、ひらりと下馬するとのっしのっしと近づいて来た。
遠目には普通の風貌に見えたが、側で見るとデカイ。
比較的小柄な大和の人々だが、彼は横にも縦にも大きかった。
まさに歴戦の兵士と言った雰囲気だ。
「おお!其方がミオン殿か!
拙者はトウドウ シゲハルと申す。
オオツツ家が当主、オオツツ ダンジュウロウ ヨシナリ様の命により参上した。
ミオン殿には是非ヨシナリ様にお会いして頂きたい」
「えぇっと……私何か不味い事しましたか?」
「いやいや、何か咎める訳ではない。
其方が効果の高い異国の薬を売っていると言う噂を聞いたヨシナリ様が1度会ってみたいと仰せられたのだ」
「ご挨拶するだけで良いのですか?」
「拙者も詳しくは聞いておらぬ。
ともすれば何か依頼が有るやも知れんが、なに、悪い様にはせん。
意に反する事を強要はせぬし、ミオン殿に危害も加えぬ。
良き働きが有れば褒賞も与えられるだろう。
案ずる事はない、ヨシナリ様は懐の深いお方だ」
私が悩みながらサチに視線をやると、サチも頷きながらシゲハルさんの言葉を肯定した。
「オオツツ家のお殿様はお優しい方よ。
以前、大きな飢饉が有った時も民を守る為に色々と手を打って下さったわ」
ふむ、サチが言うなら大丈夫かな?
大陸でも貴族というのは珍しい技能や特殊な知識を持つ者と知己を得たがるものだった。
師匠も良く貴族に呼ばれたりして、私も一緒について行ったりもした。
まぁ、師匠は気に入らないと貴族でも容赦なく断っていたけど。
今の所、領主様に悪感情はないから会っても良いかな。
それにもし断ったら、私はともかくワダツミ村に迷惑が掛かるかも知れない。
恩を仇で返す事になってしまう。
それだけは避けたい。
「分かりました。
ヨシナリ様にお会いします」
「かたじけない!
では、早速……いや、もう日が落ちるな。
出立は明日で良いか?
何か用事があるならば多少待っても良いぞ?」
「いえ、明日で大丈夫ですよ」
こうして私は、ワダツミ村を出て町へ向かう事が決定した。
翌日、私は馬上の人となった。
村で飼っている馬を1頭借りて、少ない荷物を積み込み跨っている。
私が馬に乗れると言うとシゲハルさんや村長様は驚いていた。
この国では女性はあまり乗馬はしないらしい。
そもそも馬が少なく、個人で所有しているのは大きな商会の商人か貴族階級である武士、それと有力な浪人くらいなものだそうだ。
ワダツミ村の様な小さな村や町では、農耕用や荷運び用に牛や馬を村人共用で飼うのが普通らしい。
つまりこの馬は、村に3頭しかいない大切な財産なのだ。
当然タダで借りる訳にはいかない。
そして、レンタル料はシゲハルさんが払った。
……当然だよね?
「ミオン、気をつけてね」
「お侍様、どうかミオンをよろしくお願い致します」
門の所には、サチや村長様を始め、村人達が見送りに来てくれていた。
「うむ、オオツツ家の名にかけてミオン殿には傷1つ付けず送り届けると約束しよう」
「サチ、村長様、行ってきます。
もし長くなる様なら連絡を入れますので、心配しないで下さい」
私は見送ってくれている皆んなに手を振って暫しの別れを告げると、シゲハルさんの後を追う様に馬を歩かせるのだった。