報酬のアルケミスト
「ミオン姉ちゃん!」
太陽が真上に昇った頃、行商人が来たと聞いた私が広場に向かって歩いていると、大声で私を呼ぶ声が聞こえて来た。
声の方を見ると少年がこちらへと駆け寄って来る。
「シュウタくん、身体はもう良いのですか?」
「うん、姉ちゃんが作ってくれた薬を飲んだらすぐに楽になったよ」
しばらく話しているとミヨさんがシュウタくんを迎えにやって来た。
「ミオンさん、その節は大変にお世話になりました」
「いえいえ、お礼なら治療の時に頂きましたし、もう良いですよ」
「ですが……行商人に聞きました。
とても高価なお薬だと……あの程度のお金ではぜんぜん足りないのでは有りませんか?」
先日、完成した魔法薬を飲ませてシュウタくんの熱が下がり、息が落ち着いた後、シュウイチさんが部屋の奥から布で包んた箱を持って来たのだ。
シュウイチさんは包みを開き箱を取り出すと居住まいを正しミヨさんと共に丁寧に頭を下げた。
「ミオンちゃん……いや、ミオン殿、息子をお救い頂き感謝致します。
この程度では全く足りないとは思いますが、どうかお納めください。
足りない分は何年掛かってもお支払い致しますので、どうか……」
シュウイチさんが箱を開けて差し出して来た。
箱の中には入っていたのは金貨と同じくらいのサイズの四角い貨幣、一分金が4枚と一分銀や一朱銀が数枚。
それと、貨幣の代わりに素材としての価値で取り引きされる銀 、丁銀や豆銀いくらか。
おそらく、いざという時の為に何年も掛けて蓄えていたお金だろう。
ここは悩みどころだ。
しっかりと大和の国の市場を確認した訳ではないけれど、行商人とのやり取りなどから推測される物価から考えると、シュウイチさんの言う通り魔法薬の市場価格はこの箱のお金全てでも足りていない。
私としてはお世話になっている村の人なのだしタダでも構わないのだけれど、そう言うとシュウイチさんは固辞すると思う。
普段、村の人達に薬を渡した時は魚などの食べ物、薬草などの現物又は小銭などを受け取っている。
しかし、今回は額がかなり大きい。
それにシュウイチさんの矜持も有るだろう。
『恩と義のバランスを欠くとろくな事にならない』と昔、師匠にも言われた事がある。
「ではお代としてコレを頂きます」
色々と考えた結果、私は一分金を2枚取り上げて懐にしまった。
「しかし……」
「良いんですよ、コレで十分です」
私はそう言って微笑んだのだった。
「大丈夫ですよ。
高額なのは素材である海鳴草が希少だからなんですよ。
流通している物は採取した浪人や運んで来た行商人、売買した商家などを通すから値が上がるんです。
今回は私が直接採取したので元手は掛かっていないんです」
本来なら採取自体に報酬が発生するのだけれど、そこを言及しては藪蛇なので黙っておく。
しきりに恐縮するミヨさんと元気になったシュウタくんと別れた私は、村の広場で商品を広げていた行商人の元へと向かった。
「おお、ミオンさん。
ミオンさんの薬、凄く評判が良いですよ!
今回も売って貰える分が有れば是非とも買い取らせて頂きたいと思います」
「ありがとうございます。
今は解熱薬と胃腸薬、それと傷薬しか有りませんが大丈夫ですか?」
「勿論ですとも!ミオンさんは異国の凄腕薬師として町でも噂ですからね。
この分だと都に噂が届くのもすぐですよ」
「あはは……私、錬金術師なんですけど……」
私の呟きが行商人に届く事は無かった。