急報のアルケミスト
ゴリゴリ、ゴリゴリ
薬鉢の中の御影草と千樹草を丁寧にすり潰して行く。
やがてペーストに成ったそれに海風草の煮汁を加えてよく混ぜる。
ムラなく混ざった事を確認すると、薬鉢と空の器を魔法陣が描かれた魔樹紙に乗せる。
「力よ、円環を巡れ【錬金:分離】」
魔法陣に魔力を流し起動すると淡い光を放ち、それが治まると薬鉢にドロリとしたペーストが残り、空だった器に緑色の薬液で満たされている。
「良し、上手くいきました」
トランクの中から別の魔法陣が描かれた魔樹紙を取り出すとペーストが入った方の薬鉢を乗せる。
「力よ、円環を巡れ【錬金:乾燥】」
薬鉢の中のペーストは乾燥し、粉末に変化する。
この粉末は今は必要ないが、有用な物なので保存用のガラス瓶に移して仕舞っておく。
私は緑色の薬液を手元によせる。
今必要としているのはこちらの方だ。
それを持って部屋を後にする。
「村長様、湿布薬が出来ましたよ」
「おお、すまんのぅミオンや」
村長様の部屋に敷かれた布団に村長様はうつ伏せになって休んでいた。
今朝、水揚げされた魚が入った箱を持ち上げようとして腰を痛めてしまったらしい。
その横には村長様の奥さんが呆れたように看病している。
「まったく、歳も考えずに無茶をするからですよ」
「返す言葉もないのぅ」
「ふふ、大丈夫ですよ、薬を貼ればすぐに良くなります」
私は薬液を布に染み込ませると村長様の腰に貼り包帯で固定して行く。
私がこの村に流れ着いてから2月程の時が流れていた。
私は取り敢えず村長様の家の客人として薬師の様な立場に収まっていた。
今後の身の振り方としては、滅多に来ない交易船に乗せてもらい命懸けの航海に出るか、この国で暮らして行く拠点を手に入れるか、だと思う。
正直もう命懸けの航海は勘弁して欲しいので、やはりこの国での生活基盤を築く方向で考えるべきか……
そうなると必要になるのがお金だ。
この1ヶ月の間、村人に薬を作る傍ら偶にやって来る行商人に薬を売ってある程度の資金を手に入れていた。
師匠が用意してくれたトランクの中にはある程度のお金も有ったのだけれど、大陸で流通していたヴァイス金貨やエイン銀貨は大和の国では流通していなかった。
村長様の話では大きな都に行けば金や銀として買い取って貰えるらしい。
「ふぅ、だいぶ楽になって来たよ」
「良かった、でも数日は安静にしていて下さいね」
「ありがとうね、ミオンちゃん」
「いえいえ」
後の事を村長様の奥さんに任せて部屋を辞する。
調薬の道具を片付けると村長様の家を出て村を歩く。
ワダツミ村は平和で小さな漁村だ。
村人の殆どが漁師で、村の主な収入源は魚や海藻を行商人や近くの町に売却して得ている。
私は村を歩きながら村人と挨拶を交わす。
「あ、ミオン!」
漁具である網を抱えていたサチがこちらへと大きく手を振っている。
サチとはかなり仲良くなった。
「サチ、もう仕事は終わったのですか?」
私はサチに手を振り返しながら訪ねた。
「うん、後は網を片付けたら大丈夫。
村長様の方はもう良いの?」
「ええ、湿布薬を調合しましたから数日安静にしていれば大丈夫ですよ」
漁具を小屋に片付けた後、サチと連れ立って村長様の家に戻る。
サチは数日に1度くらい村長様の家で夕食をご馳走になっているそうだ。
村長様の家に戻った私とサチは奥さんと一緒に料理を作る。
今日の夕食は魚の煮付けだ。
村長様の奥さんであるトキエさんは私達が一緒に台所に立つと、とても嬉しそうにしている。
村長様達のお子さんはすでに成人して家を出ていて町で働いているそうで、トキエさんは娘と一緒料理をしたかったのだと言っていた。
豆を発酵させて作られた独特のコクのソースで味付けした魚の煮付けを味わった後、家に帰るサチを見送った私は村長夫婦に挨拶して寝床に入った。
師匠、一時はどうな事かと思ったけど親切な人達に助けて貰って、私はなんとか元気でやっています。
お休みなさい……
ドドド!
「ミオンちゃん!ミオンちゃんは居るかい⁉︎」
……心の中で師匠への報告を終え、眠りに落ちようとしていた私の意識は、村長様の家のドアを必死に叩く音と私の名前を呼ぶ村人の声よって引き戻された。
ただ事ではないその様子に、私は驚いて飛び起きた。
「な、何事ですか⁉︎」