漂着のアルケミスト
その日の早朝、サチは村の浜辺へとやって来ていた。
昨日の嵐で荒れた浜辺が 気になってしまい、いつもよりも早く目が覚めたのだ。
漁師だった父親を海で亡くし、女手一つで育ててくれた母親も去年、流行病で帰らぬ人となってしまった。
天涯孤独となったサチだが、村民の支援もあって何とか生活する事が出来ている。
そんなサチに与えられている仕事の1つが、漁具の整備なのだが、嵐のせいで浜辺近くの漁具小屋に損傷が無いか確認しに来たのだ。
「あれ?」
漁具小屋に向かって波打ち際を歩いていると、流木や海藻と交じり何か大きな物が流れ着いているのを見つけた。
そっと近づいて見ると、それは人の様だった。
「だ、大丈夫ですか⁉︎」
慌てて駆け寄ると、それはサチと同年代の少女だった。
「銀色の髪……い、異国の人?」
「うぅ……」
「は⁉︎だ、誰か呼んで来なきゃ!」
サチは急いで近くに住む漁師の家に駆け込んで行った。
「うぅ……こ、此処は」
瞼を刺激する光に気がついてゆっくりと目を開けた私は、自分が部屋の中で寝具に寝かされている事に気が付いた。
ローブを着ていたはずだが、いつのまにか大きなコートの前を合わせ、布のベルトで留めた様な服を着せられている。
周囲観察する。
広くはない部屋で物も少なく、部屋の隅の水瓶や植物素材を編んで作られた籠など、僅かに配置されている物の作りも質素な物だ。
寝具もベッドでなく、草を編んだ床に直接敷かれている。
確か、前にこの様な文化を持つ国の事を師匠から習った筈だ……あれは……たしか……
私が師匠に詰め込まれた知識を掘り返していると、横にスライドする珍しい様式の扉が開き今の私と同じ様な服装の少女が部屋に入って来た。
「ア、メガサメマシタカ?」
「え?」
「ドコカ、イタムトコロハアリマセンカ?」
「え、え〜と」
少女が口にしたのは大陸語ではなかった。
たしか、師匠に似た響きの言葉を教わった。
え〜と、そうだ!
大和言葉だ。
部屋から読み取れる文化とも一致する。
危険な海流と凶暴な海の魔物の生息地に囲まれた島国だけで使われるマイナーな言語だ。
「エット、コトバ、ワカリマスカ?」
「ああ〜、えっと、ちょっと待って……」
私は頭の中を以前師匠に叩き込まれた大和言葉に切り替える。
「ええっと、あなたが私を助けてくれたのですか?」
「あ!言葉、解るんですね。
はい、あなたはあの嵐の翌日、この村の浜辺に打ち揚げられていたんです」
「そうだったですか……ああ!
遅くなりました、私はミオン・トライアと言います。助けていただき有難うございました」
「私はサチと言います。
ミオンさんはまだ身体が本調子ではないでしょう?
しばらくはゆっくりと休んで下さい……まぁ、此処は村長様の家なんですけど。
それと、ミオンが流れ着いた時、手に待っていた荷物はそちらに有りますよ」
サチの指差す方を見ると私のトランクが置いてあった。
良かった、どうやら私は気絶してもトランクを手放すことは無かったようだ。
「有難ございます、此処は……大和の国でしょうか?」
「はい、此処は大和の国はオオツツ 領、ワダツミ村です。
ミオンさんは異国の方ですよね?」
「はい、私は……東大陸から西大陸に向かう途中、嵐に遭って……船から投げ出されしまって……」
「そうでしたか、大変でしたね。
でも、命が助かって良かったです」
サチは『ゆっくり休んで下さい』と言い残して部屋から出て行った。
予想外の事態ではあったけどあの状況で命が助かったのはまさに幸運だ。
問題は此処が大和の国だという事か……
大和の国は地理的な問題で大陸の国家との付き合いが殆どない。
つまり、大陸に帰れる可能性は極めて低いという事だ。
少なくとも暫くはこの国で暮らす必要がある。
師匠から大和の国の言葉や文化について教えられた時には一生関わることなんてないのに無駄な知識だと反発したものだけれど、今は師匠に感謝しかない。