謁見のアルケミスト
馬で移動する事数日、ワダツミ領の領主が住む城下町が視界に現れた。
白い壁に囲われた大きな町だ。
町の中心には大陸とは違う様式の城が聳え立っている。
私とシゲハルさんが門へと近づくと門番の兵士達が手にする槍に力を入れる。
しかし、シゲハルさんが懐から木札を取り出して見せると慌てて畏まった。
多分、通行証か身分証の様な物なのだろう。
門番はシゲハルさんと2、3言葉を交わした後、私達を町の中へと招き入れてくれた。
大和の国の町は綺麗に区画整理され、城まで真っ直ぐに大通りが伸びている。
建物は土の壁に藁葺きや板葺きのワダツミ村とは違い、屋根の上に陶器の様な物がドラゴンの鱗の様に規則正しく並んでいる。
通りの左右からは商家の威勢の良い呼び込みの声が上がり、棒の先に箱を付けた妙な物を担いだ半裸の男が足早に駆けて行ったと思えば、時折見える路地では子供達がボールの様な物で遊んでいる。
なかなかに活気のある町だ。
大通りを直進し、城へとやって来た、
城の周りの深い堀には水が張り巡らされており、正面には堀を渡る為の跳ね橋が下されている。
此処でも木札を取り出して兵士に見せて城の中へと通してもらった。
しばらく待った後通されたのは板張りの大広間だった。
部屋の奥には数段高くなっている場所があり、おそらく其処に領主様が座るのだろう。
私は移動中にシゲハルさんに教えてもらった通り、部屋の中で平伏して待つ。
すると、侍従の取り次ぎがあり、誰かが部屋に入ってくる音が聞こえた。
その人物は、私の前面の高くなっている場所に座ると頭を下げている私に声を掛けた。
「面をあげよ」
顔を上げる私の視界にはゆったりと座る男の姿が映った。
年の頃は20代後半という所か、穏和な印象を受ける相貌とは裏腹に意志の強そうな瞳を持った青年だった。
「突然呼びつける様な真似をして済まない。
私がオオツツ領を治める領主、オオツツ ダンジュウロウ ヨシナリだ」
朗らかに言うヨシナリ様に私は改めて頭を下げる。
「ミオン・トライアと申します。
嵐で海に投げ出され漂流したところを、ワダツミ村の人々に助けられてからは、村で薬師の真似事をしております。
本職は錬金術師です」
「ほぅ、錬金術師とな?
其方は薬師ではなかったのか?」
「はい、錬金術には調薬も含まれるので薬術も一通り習得しておりますが、専門はマジックアイテムの作成です」
「マジックアイテム?…………あぁ、魔導具の事だな。
そうか……実は其方に頼みたいことが有ったのだ。
専門の薬師ではないとは言え、其方はこの大和の国とは違う知識を持つ異国人。
話だけでも聞いて貰いたい」
やはり何か依頼があった様だ。
私が了承すると、ヨシナリ様は侍従に合図を送る。
すると、私が入って来たのとは別の扉から1人の男が入って来た。
男が平伏すると、ヨシナリ様はすぐに頭を上げさせて近くへ来る様に促した。
男はヨシナリ様の正面、私の隣に腰を落とした。
ヨシナリ様と同年代くらいの偉丈夫だ。
ただ、その右腕は肩から先を失っている。
「ミオン、こやつはサキリ トウシロウ。
私の腹心の1人だ」
ヨシナリ様の紹介を受けてトウシロウが身体を半身ずらし、ミオンに浅く頭を下げる。
「サキリ トウシロウと申す」
「トウシロウは先の妖との戦にて、民草を守る為に己の腕を失ったのだ。
どうだろうミオンよ、聞き及んだ話によれば異国には失った腕すらも取り戻せる霊薬が有ると聞く。
こやつの腕を治す事は可能だろうか?」
「…………確かに失った部位を再生する魔法薬は存在します。
確実に……とは行きませんが私も作成は可能です」
「そうか!では薬を作ってくれないか⁉︎」
ヨシナリ様は嬉しそうにそう言うが事はそんなに単純では無い。
私は深く頭を下げた。
「申し訳有りません」
「な、何故だ。
例え失敗しようとも咎めたりはしないぞ?
成功するまでまたやり直せば良い。
希少な素材でも私が手に入れ見せよう。
勿論、報酬は望むだけ用意しよう」
「いえ、違います。
そうではなく、トウシロウ殿の傷は既に癒え掛けておいでです。
最上級のポーションであっても一度治癒した傷は再び再生する事は出来ないのです」
「…………そうか、無理を言った。許せ」
ヨシナリ様はそう言って悲しそうな顔を浮かべた。
トウシロウさんはヨシナリ様にとって家族の様に大切な人なのかも知れない。
希望を持たせる様な事を言ってしまって申し訳なく思う。
「ならば……ならば、せめて少しでも普通の生活を送る方法は無いだろうか?」
そう尋ねるヨシナリ様に私は少し考えてから答えた。
「一応、思い当たる物が有ります」
「本当か⁉︎」
「はい、装着者の意思で自在に動かせる義手、自動人形具です」




