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第九話 新しい始まり~魔界メイドの素晴らしき手品~

「あーあ、眠てえ…。」

 その日は快晴だった。柔らかな日差しが窓から差し込み、オレを眠りに誘う。ナデコがオレの為に容易してくれた個室である。のどかな雰囲気だが、魔界としては間違っている気がする。

 「ニトロさん、研究は進みましたか?」

 大あくびをしていると、突然ナデコがやってきた。

 「オイ、ノックくらいしてよ。」

 だらしない顔を見られたオレは、少しバツの悪い気分になった。

 「あっ、すみません。」

 ナデコはペコペコと頭を下げた。ちょっとお転婆だが、すぐに非を認められるのがこの子のいいところだ。けれど、魔王の娘としては間違っている気がする。

 「それより、研究はどうです?何か凄い国防の作戦、見つかったりしましたか?」

 「いーや、全然。というか、ここの魔導書古すぎやしないか?発展が5年くらい前から止まってる気がするぜ…。」

 「あー…そういえばその頃から予算が削られ始めていますね。」

 インドア派のオレでも外に出たくなるような昼下がり。だというのにオレがシコシコと魔王城の片隅で本を読み漁っていたのは、他でもない、国防のためである。賢者一人に魔王城が壊滅しかけたのは流石にマズイということで、国防の方針を見直すことになったのだ。そこで元高位の冒険者であるこのオレも、食客としてあれこれ検討してみようと思ったわけである。しかし現在、絶賛つまづき中だ。

 「レベルは低いし、カビは生えまくってるし、情報は古いし……。この本なんて、武器に治癒魔法かければその武器による傷が治るとか書いてやがる。何十年前に否定された学説だよ。しかもこの本なんてなんかの染みがあるし……。」

 「すみません、それ私のです…。前読んだとき、難しすぎて寝落ちしてしまったんですよね…。そしたら涎がべっとりと……。」

 「……背伸びしすぎだろう。『魔法薬学基礎論』は流石に内容が専門的になってくるぜ。お前肉弾戦は得意だけど、魔法は苦手じゃないか。」

 「いやあ…恥ずかしいです。」

 ナデコは頬を赤らめ、ポリポリと頭をかいている。子どもっぽくて可愛いが、慰めにはならない。課題が山積みなことに変わりはない。

 「あーっ、クソ!思考回路ぐちゃぐちゃだ!仕方ねえ、ちょっと一服するか……。」

 「ならば、これでもどうぞ。」

 「ん?」

 明らかにナデコのものではない声だ。ここにいるのは、オレとナデコだけのはずなのに。不思議に思いあたりを見回してみるが、誰もいない。

 「幻聴か……。」

 オレは首を傾げた。

 「いいえ、違いますよ。ニトロさん。後ろです。」

 「後ろ?さっき見たけど誰もいなかったぞ……。」

 よく分からないが、とりあえずナデコに言われた通り振り向いてみる。すると……。

 「うわぁ!?」

 オレは飛び上がってしまった。なんとそこには、逆さづりの少女が一人いたのだ。

 そしてなぜか彼女は、黒を基調としたメイド服を着ていた。

 「だ、誰だお前!いつの間に!!?」

 うろたえるオレ、しかし目の前の彼女はやけに澄ました顔をしている。なんというか…興味なさげな感じ?

 「……とりあえず紅茶をどうぞ。リラックス作用があるものです。」

 メイドさんがパチンと指を鳴らすと、目の前にティーカップが現れた。中には熱い紅茶が注がれている。

 「お、おう……。」

 オレはとりあえずカップを手に取った。

 「久し振りですね、アイリスさん。よければ、私にも一杯ください。」

 「これはこれはナデコ様。ご無沙汰しておりました。はい、ハチミツがたっぷり入っていますよ。」

 アイリス、そう呼ばれたメイドさんが指を鳴らすと、再び紅茶が出現した。

 「ナデコ…この人と知り合いなのか?」

 「知り合いも何も、ナデコ様は私の主ですよ。」

 いつの間に出したのか、紅茶を啜りながらアイリスが答えた。逆さになったままなのに、水がこぼれないのが不思議である。

 「このアイリス・ブラウニーさんは、魔王城の家政婦長をやっているんですよ。不思議な手品を使って家事をこなす、とてもマジカルなお方です。」

 「ご紹介どうも。というわけで、よろしくお願いしますね。」

 アイリスはそう言ってオレにお辞儀をした。流石に天井からは下りてだ。ナデコの言う通り、マジカルな術を使うメイドである。しかし、魔王のメイドとしてはこれで合っている気がする。

 「まあ、よろしく。…しっかし、次からノックくらいはしてくれよ。」

 「……それもそうですね。これからはそうします。」

 彼女は言われてみれば…といった感じの表情を浮かべた。この娘どうも天然気質のようだ……。

 「……それより、何を話していたのです?」

 アイリスさんが、ふと疑問に思ったのか尋ねてきた。

 「ああ、国防の研究についてだよ。魔術師としての立場からアプローチしようと思ったんだけど、いかんせん資料不足で……。」

 「それは大変ですね……。」

 「確かに困ったものですよ。おじいちゃんの頃から、この国は魔術を軽視するところがありましたからね。あのころはそれで充分国が豊かでしたけど……。」

 「……先日の戦いの影響というわけですか。魔王様もかろうじて一命を取りとめたようですが、討たれていても決しておかしくはなかった……。」

 「ニトロさんがいなければどうなっていたか分かりません。本当に感謝ですよ。」

 「……まあな。」

 少し照れ臭い。どうもオレは褒められることに慣れてないようだ。

 「しかし『勇者』ならともかく、『賢者』にそこまでやられるとは……。私も驚きですよ。」

 「それだけ、魔術はこの短期間で発達したってことだよ。この国の魔術の発展が止まっている間、オレの祖国バクテリアでは技術革新が何度も起きた。このままじゃ、差は開くばかりだぜ。」

 「確かに、それは深刻ですよね……。」

 ナデコは眉間に皺を寄せた。継承権第一位として、思うところがあるようだ。

 「じゃあ、こういうのはどうでしょう。」

 アイリスは何かを閃いたようだ。

 「ニトロさんが一度、人間界に戻るのですよ。そこで最新の魔術書をたっぷり購入し、その後魔界まで帰ってくれば良いのです。」

 「…………。」

 オレは唖然とした。しかしナデコは違った。

 「いいですねそれ!名案です!!」

 ナデコは顔をほころばせている。だが、当事者のオレは思うところがあった。

 「待て待て!あの賢者さんは今頃人間界に戻って、オレのことを裏切り者だと吹聴してるはずだぜ!帰っても捕まるだけだ!」

 「あっ、そう言えば……。」

 「ご安心を、姿を変える術があります。」

 「魔法のことか?無駄だ。魔法で姿を変えても、魔術書を取り扱うような連中には一発でバレる!」

 「違いますよ。魔法は魔法でも、女の子の魔法です。要するに、メイクですよ。」

 「メイク?」

 「ええ。ほら、こんな風に。」

 アイリスさんはオレの顔にそっと手をかざした。すると顔の表面に、くすぐったい感覚が……。

 「一体何を……?」

 「ああっ!?」

 ナデコはオレの顔をみると、大声で叫んだ。

 「ふぇっ?」

 「はい、鏡をどうぞ。」

 「はあ……。えっ!?」

 そこに移っていたのは、中年のオッサンの姿だった。魔王みたいに覇気のない、窓際部署で社史の編集をおこなってそうなオッサンだ。しかも禿げている。

 「メイド秘技<瞬間変化>です。私の腕にかかれば誰だって一瞬で別人になれますよ。」

 「確かに、これなら人相書きがバラまかれていても大丈夫だな……。」

 「……私ももっと大人っぽくなれたりします?」

 「ナデコ様はそのままで十分綺麗ですよ。というわけでどうでしょう?魔族ではいくら人相を変えてもすぐにバレるでしょうが、あなたは最初から人間ですし。イチかバチか、やってみる価値は十分あると思いますが。」

 「…………。」

 オレはまだ迷っていた。変装が可能だとしても、この任務はやはりリスクが大きい。バレたら残虐無比な公開処刑が待っている。

 (だけど、このままじゃ何も変わらない。この国には、おそらく大した猶予はないんだ!)

 「分かった。その案に乗ろう!アイリスさん、気合入れた変装頼むぜ。」

 「ニトロさん……。いいんですね?」

 「ああ、元々ここの資料にケチつけたのはオレだしな。本当は専門家でも招けばいいんだろうが、こんな弱小国には誰も来てくれない。ならば、自分たちでやるしかないだろ!」

 「ニトロさん……ありがとうございます。」

 ナデコは何度もオレに頭を下げてくれた。

 「……でも、あのバルボラとかいうの許してくれっかな?よそ者のオレが勝手することになるわけだし……。」

 ふと思い出した。魔王にオレを抹殺させようとした奴である。オレが魔王の危機から救っても、おそらくまだ嫌っているはずだ。

 「それなら大丈夫ですよ。バルボラ様は今回、自分で自分の首を絞めました。ニトロさんの魔王軍入りに反対したせいで、ニトロさんは今ナデコ様の食客という身分です。故に、反対する権利はありません。」

 「なるほど……。」

 本人も知らない事情を知っているとは、中々にアイリスさんは事情通である。

 「じゃあ、後顧の憂いはないな。」

 「ええ、その通りです。ニトロさん、幸運を祈っていますよ。」

 「おう!」

 日は一層高く昇り、燦々と輝いている。暑いくらいだ。それと同じように、ようやく指針の見つかったオレの心も燃えていた。なんとかしてこの三流国家を、戦える国にしなくては……。壁は高いが、それでもなんとかやってやろう。ナデコたちの為に。そして、オレ自身の未来の為にも。 

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