第八話 砕けし枷 勝ち取ったもの
前回、賢者との戦いで<時河氷結陣>を受けたニトロ。この技は賢者の最終手段でもある禁術。はたしてニトロは、この大技を攻略することができるのか。
「オタクっぽい技だな。」
「……どういう意味?」
「手が込み過ぎてるってことだよ。」
時河氷結陣を喰らったオレは、氷の檻の中に閉じ込められていた。ひどく狭い、四方を氷壁で閉ざされた空間。ここに収容されてしまったというわけだ。そして半透明の壁を隔てた先に、賢者さんがいる。薄氷の壁だというのに、ビクともしない。どうにも、ただの氷の膜じゃないようだ。
「……まあ、全く系統の違う魔法の組み合わせだからね。空間魔法を使い、亜空間上に自分だけの世界を作り出す。そしてその世界の構成要素は、私がもっとも扱いを得意とする氷。」
「火だの水だのをぶっ放すだけの魔法と比べ、アホみたいに複雑な技だ。手が込み過ぎていて、逆にコスパが悪い。そういう意味で、オタクっぽいって言ったわけよ。しっかし、その齢と容姿と巨乳でこれほどの完成度。二物を与えられまくりじゃねえか。」
「最後のはコンプレックスだったりするけどね。というか、あんまりな言い方じゃない?凝ってる分、便利な点もたくさんあるのよ。氷製だから、劣化しづらくて頑丈な上、再成型も容易。実際あなたの目の前の氷壁みたいな、便利なものも作れるし。」
「確かにな……。これ全然破れないぜ。」
「頑丈さとしなやかさを併せ持つのが氷だからね。そして私がその気になれば、あなたを永遠に閉じ込め続けることも出来る。」
「そいつはおっかねぇ……。だが、氷っていうのは時に水より脆いと聞くぜ。」
「へぇ、含蓄のあることを言うじゃない。ならば、試してみる?この氷の檻を、破れるか破れないか。当然、挑戦に失敗したらアンタを人間界まで連れ戻し、憲兵に引き渡すわ。もちろん、とっとと諦めて改心し、魔族とはもう縁を切るという選択肢もあるけどね……。さあ、どっちを選ぶの……?」
「これがラストチャンスってことか……。」
目の前の壁も破れていないのに、この世界から脱出など出来るわけもない。そのことを見透かした上での問いである。普通ならば後者の選択肢を選ぶしかない。……普通ならば、ね。
「なるほど。じゃあ、試してみるとするか……。」
「あらあら、流石にお手上げか………ふぇっ?」
余裕綽々だった賢者さんも、これには目を丸くした。
「は、ハッタリよ!?脱出法なんてないはず!!」
「普通ならな……。だが、オレは天才毒魔術師だ!天才っていうのは不可能を可能にするから天才って言われんだよ!!ローグ・ガルマジアス<黒色系侵蝕魔法>!!!」
オレの杖から、紫色の粘液があふれ出していく。
「こ、この技は……!?」
粘液は氷の床に滴り落ちると、瞬く間にそこをドス黒く染め上げてしまった。そしてどこまでも広がっていき、留まることを知らない。余すところなくこの世界を侵し尽くすまで。
「う、嘘……!!?こんなデタラメな作用みたことない!!氷を…空間を喰らう毒なんて!!」
「毒の本分は『侵蝕』と『破壊』。その力を完全に引き出すことも出来れば、こんな芸当も出来るのさ!!オレは知的好奇心じゃアンタに負けるかもしれんが、毒魔法へのこだわりじゃ誰にも負けるつもりはないんだよ!!!」
「くっ……!こうなったら……空間修復魔法!!」
「……これは!?」
放たれた氷の息吹が、毒に侵された箇所を次々と漂白していく。
「この世界は私のもの!そう易々とは破壊させないわ!!」
「ちっ!ならばこっちも出力アップだ!」
(長引けばアウェイのいるオレが不利だ……!クソ……、あいつは…まだなのか!!?)
(それにしてもコイツ……、ただのバカじゃない!毒魔法を対空間魔法に利用する独創性!既視感がある……。そう、似てるんだ!。私の師の魔法とどこか!!)
二人が死力を尽くしせめぎ合う中、ナデコは玉座の間で、ニトロを捜索していた。
(一体どこに消えてしまったのでしょう……?)
混乱しきっていたナデコだが、そこに突然時空のひずみが現れた。
「キャア!!?」
年相応の悲鳴を上げるナデコ。しかしすぐに落ち着きを取り戻し、目の前のひずみを穴が開くほど見つめた。
(もしかして…二人はこの中に……!?それならばすぐに突入しなきゃ!………いや、でも罠の可能性だって……。)
行くのか引くのか……。あまりにも手掛かりが少なすぎる。ナデコは完全に困り果てていた。しかし――その時である。
「ナデコ!そこにいるのか!!?」
「!?」
ノイズのかかった、かすれた声。ひどく聞き取りづらいが、間違いない。ニトロの声色だ。
「ニトロさん!!その中にいるんですね!!?」
「ああ、そうだ!そして一つ頼みがある!!この時空の檻を、粉々に破壊してくれ!!外側にいるお前にしかできないことなんだ!!」
「分かりました!!!」
威勢の良い返事と共に、ナデコは左の拳へと魔力を集め始めた。
(見ててくださいニトロさん……。これが私の全身全霊です!!)
「ナルコレプシ家奥義<一閃万量拳>!!!」
限りぬく研ぎ澄まされた鋭い一撃が、時空のひずみを打ち抜いた。
「……っ!!マズイ!!!」
「どうやら、ナデコの奴がやってくれたようだぜ……。」
全ての氷壁に亀裂が入り、千々に砕けていく。氷の世界が、破れたのだ。
「……力及ばずか。いいお仲間さんを持ったものね。」
賢者さんは相当な力を消耗したようで、立っていることすら辛そうだった。
「……皮肉っぽいぜ。」
「いいえ、割と本心からよ。」
賢者さんの前に、転送魔法陣が展開された。
「待て!逃すかよ。捕虜になってもらうくらいの役得はないと……。」
「残念、そこまで緩くはないの……。」
オレは賢者さんに向かって思いっきり手を伸ばした。だが……。
「またね。」
すんでのところで逃げられてしまった。
「あっ、チクショーめ!」
逃走用の魔力だけは確保していたようである。賢者だけあって、流石に慎重だ。
「まっ、いいか。優しくて可愛い魔王の娘が、オレを待ってるんだ。」
砕けた世界は闇に飲み込まれていく。オレも同様だ。しかし、闇の中に一筋の光があるのを、見逃しはしない。
「またな、賢者さん。」
オレは光を目指し宙を蹴った。そして……。
「イテテテ!」
やっと元の世界へと帰ってきたオレだが、派手に尻餅をついてしまった。我ながら運動神経が鈍い。
「ニトロさん!!」
「ナデコか……。」
しかしコイツの笑顔を見てれば、腰の痛みも和らぐというものである。苦しい決断、苦しい戦い、その全てが、報われたかのような気分になってくる。
「なんとか追っ払えたし、生還も出来た。お前のおかげだよ。まあ一番頑張ったのはオレだが。」
「ええ、その通りです!本当に、その通りなんですよ!!」
今にも泣き出しそうなくらい、喜んでくれている。なんだか、照れ臭くなってきた。
(こんなに人に褒められたのって、いつ以来だ……?)
認められた。認めてくれた。まだまだ道のりは遠いとしても、今はただそれがうれしかった。何かが、報われたような気分になってきたのだ。
「生きててよかった。久々に、そう思えたよ。」
「ええ、生還できて本当に良かったです!!」
微妙に、思ってることが違う気がする。まあこの子は、オレが抱くような鬱々とした感情とは無縁なタイプだ。底抜けに明るく、心優しい子なのだ。
(これからも、勝つ。勝って勝って勝ち続けてやる!コイツと一緒に!!)
オレはそう心に固く誓った。
厳しい戦いを乗り越え、ナデコとの信頼関係を強固にしたニトロだが、今度はズタボロの魔王軍を復活させるという、難事に挑む羽目に!しかし、全てはナデコの笑顔。そして己の野望のために。再び彼の悪戦苦闘が始まった!次回へと続く。