第二十二話 明かされる因縁と、迫りくる戦いの予感
ナルコレプシ魔王城、宰相専用の執務室でのことである。
「オイ、農産大臣!お前は何を考えてるんだ!!」
もう真夜中だと言うのに、宰相バルボラは連絡石越しにがなり立てていた。
「お前なあ!軍事魔法賞に続いて、農産大臣賞までナデコ様の食客、しかも人間が受賞なんて、反発を招くだろうが!!食客だから優遇してるとか言う噂がたったりしたらどうするつもりだ!?そもそも人間が受賞する時点で、疑問の声が上がっているんだぞ!?それが二つ!?アホか!!今からでも遅くないから、農産大臣賞の受賞は取り消しだ!!」
「は、はい…分かりました……」
「では、頼んだぞ。…全く、何を考えているんだ」
連絡を切断したバルボラは、深いため息をついた。
「バルボラさん、今のは…どういうことですか」
その時である。後方から響く、聞き慣れた声。
(げ……)
振り返ったバルボラは、たちまちのうちに顔を青くした。いつのまにか入ってきたのか、そこには魔王の娘、ナデコがいたのである。
「お取り込み中だったので、しばらく待たせていただきました。それにしても、興味深い話をしていましたね」
ナデコの表情には、静かな怒りが感じられた。
「ど、どこから聞いていたんですか?」
「最初から最後まで、全部ですよ」
「うっ……」
「一体どういうことですか?ニトロさんらの受賞を取り消すよう頼み込むなんて……」
「そ、それは……」
「ナルコレプシにおいては代々、身分や立場よりも能力を重視する、実力主義が採られてきました。あなたの先程の発言は、それに反します。どうか、圧力をかけることなどなく、正当な審査をさせてあげてください!」
「うっ……」
(こ、この…理想主義者が……。こちらにも言い分はある……)
バルボラは元々保守的な思考の持ち主である。挙句に頭ごなしに否定されるのは、流石に容認できなかった。
「ナデコ様、あなたの言うことも正しい。しかし、世の中には別の正しさだってある。いい加減に、そのことを理解してくだされ!今回の件では、多くの高名な魔術師らが、人間の若造によって受賞を取り逃がしました。それは彼らにとって、表向きには出さなくても、不愉快な事実なのです。そしてその不満の矛先は、あなたへと向けられるのですよ!!」
「別にそれでも構いません!ニトロさんらの発明は非常に有益だし、彼らは相応の苦労をしています。他国の先進的な技術を使うという、他にはないアドバンテージはありますが、それを差し引いても、やはりあの保存料は素晴らしい発明です。彼らこそ、受賞すべきです!」
(くっ……)
ナデコの瞳からは、歪むことのない真っ直ぐな意志が感じられた。
(こうなったらもう、ナデコ様はテコでも動かん……)
「わ、分かりました。大臣には…私の口からもう一度伝えておきます。それでいいでしょうか……?」
「はい!どうもありがとうございます」
その言葉を聞き、ナデコの表情はたちまちのうちにパーっと明るくなった。年相応の少女らしく。
「確かに今回の件については、ワシもいささか保守的過ぎたかもしれませぬ……」
バルボラは嘆息して言った。
「まあ、あなたは昔からそれで有名ですからね。ただ……」
「はい?」
「今日は保守的とは言えない、頼みを聞いてもらうために、ここへと来ました」
「えっ……そ、その頼みとは一体……?」
「軍部から既に何度も、軍事費増大の請願が来ているでしょう」
「あ、ああ……毎回断らせてもらっている…アレですか……」
「それです。それについてのお願いです。是非とも、今すぐ軍事予算を、拡充していただけませんか?」
「はあ!?む、無理です。今ようやく、内乱で疲弊した国内が復興を迎えつつあるのです!その総仕上げの金は、回せません」
「復興を迎えても、その後すぐ滅ぼされてしまえば、意味はないでしょう?」
「滅ぼされ……!?い、一体どうして、そんな不吉なことを……!!」
「信頼できる筋から、いくつもの情報が寄せられているのです。近頃、エーバルが急速に軍備を拡充していると……」
「――!!」
バルボラの額に、汗がにじみ出る。
「あ、ありえません!ワシだって情報網はありますが……そこから判断するに、エーバルは落ち目のはずです!!長きに渡る戦乱で国力は疲弊し、厳しい税により産業は発展せず、国民の不満も年々積もりつつある……。軍備の拡充など……出来るはずがありません!!」 「でも、確かに情報は入っているんです!兵器工場の増築や、更なる国民からの取り立て……行き着くところはただ一つ。戦争です!」
「し、しかし……ようやく国を立て直したのに……また戦争が起きるだなんて……」
言い終わる前に、連絡石の鳴る音が部屋中に響き渡った。
「これは……ちょうどいい。ワシの送り込んでいるスパイからです」
「……出てもらって大丈夫ですよ」
「で、では遠慮なく。……おい、どうだ。何か有益な情報はあったか!?」
「た、大変です!エーバル各地を守護する軍人らが、首都デインメントに集結しつつあります!他にも各地で増税と、軍備の拡張が行われています!!」
「な、なんだと……」
通信先の男は、バルボラがもっとも信頼する間諜の一人である。
「ば、馬鹿な…何故だ……?どうしてこんなことが起きる!?」
「……やはり」
(ドレイザード、あの邪知暴虐の王は、再びナルコレプシの平和を、脅かすつもりなのです……)
この後まもなくして、軍部への新たな予算の支給が決定した。
「うえ〜気持ちワリイ……」
場所は変わって、ここはナルコレプシのニトリル川、船上。船団を率いるピエール将軍は、既にグロッキー状態であった。
「オイオイ、お前大将だろ?大丈夫かよそんなんで」
「だ、大丈夫……じゃないかも……」
「軍人の癖に、情けねえぞ」
「俺はな、痛みや疲労ならまだ耐えられるが……こういう気持ち悪いのはどうも……」
「ちぇっ…なんでこんな半病人と一緒に、船旅なんてしねえといけねえんだ……。やっと研究がひと段落ついて、羽根を伸ばせると思っていたのに……」
当然といえば当然だが、ニトロはイラついていた。受賞式にも出れず、突然命がけの仕事をやれと命じられたのである。
「仕方ねえだろ。忙しいのはみんな一緒だ。お前も俺も元帥もスイカ殿もナデコ様も」
「魔王は?一番忙しく働くべき奴が、放蕩三昧じゃねえか」
「最近はそれなりに頑張っているらしいから、許してやってくれ。なんでもナデコ様が、『もう一緒にお風呂入ってあげない!』を連発してるらしい……」
「もうとっとと王権譲った方がいいんじゃないか。……ってお前、少し顔色良くなってないか」
「あっ、バカ。思い出させんな。昔からこうなんだ。何かに集中するとマシになる」
「へえー。あっ、そういや……」
ニトロは何か思いついたようである。
「お前さあ、そのエーバルっていう国について、説明してくれよ。酔い覚ましにちょうどいいだろ」
「た、確かに悪くないが…お前何も知らないのか?ここにもそれなりに、長くいるんだろ?」
「いや、文献とかは何度か見たんだが……どうも活字は苦手なんだよ。でも、口なら覚えられる。前スイカに、軍事史について口述で教えてもらった時もそうだったし」
「なるほどなるほど。よし、まだ時間もあるし説明してやろう。我が国と、エーバルとの因縁を」
「ナルコレプシ暦160年代のことだ。当時の魔王デラックは民を労わる国王であり、その善政によりナルコレプシは栄えていた」
「今のとは大違いだな」
「しかし、そんなナルコレプシにも外患はあった。北方の強国エーバルの存在だ。エーバル王ドレイザードは当時からその狡猾さと残忍さで有名だった。奴は若くして王位に就くと、謀略の限りを尽くして、次々と周辺の小国を侵略、併合していった。そしてついに、ナルコレプシとの緩衝国を滅ぼしたんだ」
「それって、ナルコレプシにとっては脅威じゃねえか?」
「その通り。奴は南下政策をとっていた。次の狙いは、どう考えてもナルコレプシだ。そこでデラック様は国境沿いの警備を厳重にし、侵攻が割に合わないことをアピールした上で、165年に平和条約を締結した。これによってナルコレプシの平和は、守られたかのように見えた」
「見えた?」
意味ありげなセリフに、ニトロは疑問符を浮かべた。
「エーバルは、166年にデラック様が崩御なされると、直ちに平和条約を破棄し、ナルコレプシへの侵攻を開始した」
「なっ……」
歴史に詳しくないニトロでも、この行いの酷さは分かる。
「約束を一方的に破ったのかよ……」
「だから国家の怨敵なんだよ。後継のマグニグヴィント様はまだ若い。継承の隙を突いた攻撃は、防ぎきれないと読んだのだろう。奴らしい狡猾な発想だ。だが……」
「だが……?」
「奴には誤算があった。マグニグヴィント様が、歴代最強の軍才の持ち主だったことだ」
「歴代最強……」
男なら、誰もが一度は憧れる響きである。
「マグニグヴィント様は強烈なカリスマ性の持ち主でな。あっという間に国をまとめ上げ、一丸となって戦えるようにした。また、デラック様は民を労わる国王であり、民衆から絶大な支持を得ていた。そのデラック様の喪中に、土足で奴らは攻め込んできた。奴らの無道に対する怒りもまた、国を団結させた。
「立派な王様たちじゃねえか……。マジで今の魔王に、爪の垢煎じて飲ませてやりてえよ」
「この前マジでナデコ様の爪の垢煎じて飲もうか迷ってからな。許してやってくれ」
「また娘に嫌われそうなことを……」
「とにかく、ナルコレプシは侵略に対し断固として抵抗した。そして遂にバガスの戦いで、エーバル軍は大敗。軍の維持すら出来なくなり、撤退した」
「流石は歴代最強……。いったいどういう経緯で勝利したんだ?」
「エーバル軍はナルコレプシに対し、数では勝っていた。しかし、そんな大軍が敵地で戦うわけだ。当然、食料の問題が出てくる。マグニグヴィント様はそこを突いた。民衆中心の義勇兵に、奴らの補給線を攻撃させた。これが功を奏し、遂にある時義勇兵らは、エーバルの輜重隊を壊滅に追い込んだ。これにより、国内深くまで侵入していたエーバル軍は食糧不足に陥った訳だ」
「上手く自分たちの強みを、相手の弱みに押し付けたんだな。相当の戦上手と見たぞ」
「ここからがマグニグヴィント様のすごいところだ。あのお方は敵が短期決戦を挑んてくると読み、そのために準備を徹底した。自分の率いる本隊をあえて捕捉させ、敵を数的有利が生かしづらい、狭いフィールドに誘い込んだ。更に伏兵を配置し、敵を前と後ろから挟み撃ちにした。逃げ場を失ったエーバル軍はなす術もなく敗北。壊滅した」
「鮮やかなくらいだな!胸がすくようだぜ」
「かのニャレクサンドロス大王にもなぞらえられるほどだ。こうしてエーバルは大敗し、講和条約の締結を余儀なくされた。しかし、ドレイザードは執拗にナルコレプシをつけ狙い続けた。そして7年後、再び戦端が開かれる」
「まーた奇襲攻撃でも仕掛けたのか?」
「ああ、ナルコレプシ側がな」
「えっ?」
「マグニグヴィント様は173年、南方のダオ国に侵攻、併合した。このことは、ダオの友邦だった国々に危機感を与えた。緩衝国が消滅し、ナルコレプシと隣接するようになってしまったからな」
「そのことと、エーバルとがどう関わってくるんだ?」
「まあいいから聞け。エーバルはナルコレプシと、南方諸国との潜在的な対立に付け込もうとした。それらの国々に、対ナルコレプシ大同盟の結成を求める密書を送ったんだ」
「いくら王様が強いといっても、ナルコレプシって中堅くらいの国だろ……。大ピンチじゃねえか」
「だが、南方諸国のいくつかは、その密書をナルコレプシに公開した」
「はあ!?」
ニトロは目を丸くした。
「えっ、対立してたんじゃねえのかよ!?」
「あくまで、潜在的にだ。そもそもエーバルは条約を無視しナルコレプシに侵攻した過去がある。周りの国々からは、信用に値しないとみなされていたわけだな。そもそも、『遠くの味方、近くの敵』よりも、『遠くの敵、近くの味方』の方が、戦略的には理に適っている。これらの理由より、彼らはナルコレプシと組み、エーバルと戦う道を選んだ」
ちなみに、これらの勢力の位置関係は、北にエーバルがあり、その南にナルコレプシが、更にその南に、南方諸国があるといったものである。だからこそナルコレプシと組み、エーバルと戦うことで、南方諸国は『遠くの敵、近くの味方』を実現できるのだ。
「それにこの機会を利用して、ナルコレプシとの友好関係を深めようという狙いもあったんだろう。それは安全保障にもなる。とにかく、ドレイザードの企みを知ったマグニグヴィント様は、南方諸国の支援を受け、機先を制しエーバルに侵攻した」
「ドレイザードは、自分のやろうとしていたことを、やり返されちまったのか」
「兵は神速を尊ぶ。マグニグヴィント様はこの金科玉条を、よく理解されていた。対応の遅れたエーバルの軍勢は次々と撃破され、あと一歩で首都陥落というところまで追い詰められた」
「おっそろしく強いな……」
「しかし、ここでアクシデントが起きる。進撃の途中、多くの兵士が渡河をしたのだが、そのせいで軍内にマガ虫病が流行した」
「おっ、オレの研究にも関わる内容だな。軍部がマガ虫病に、トラウマを今でも抱いてるのは……」
「そう、この一件のせいだ。これにより行軍が遅れ、その隙にエーバル軍は、首都の守りを固めてしまったんだ。こうなると戦地深くで戦い、しかも数で劣るナルコレプシは不利をとる。マグニグヴィント様は、敵の首都を目前としながらも、撤退を余儀なくされた」
「悔しかったろうな」
「証言によると、軍の撤退が決定したとき、天を仰いで嘆息をしてみせたという。ちなみにこの撤退の時、エーバルでは多くの将校が、ドレイザードに追撃を進言したが、罠にはまることを恐れたドレイザードは動けず、結果エーバルは大機を逸することとなる」
「ガチでビビってたわけか」
「そうだな。ドレイザードは生涯、マグニグヴィント様を恐れ続けた。その存命中は、ナルコレプシに攻め込むどころか、そもそも軍事行動を起こさなかったくらいだ」
「流石に諦めたんだな」
「いや、違うぞ」
「えっ、違うのか……?」
「奴の牙は折れてなどいなかった。奴はただ、じっと息を潜めて、機をうかがっていただけだ」
「どういうことだよ……」
「そのことが明らかになるのは…マグニグヴィント様が、崩御された後……」
「崩御…?あっ、もしかして……」
「そう、我が国を揺るがした、あの忌むべき内乱だ。194年、マグニグヴィント様が急逝なされると、長子のレイジス様が後を継いだ。このお方は王子の頃からその優秀さで有名だったのだが、一つ欠点があった。それは……傲慢だ」
「傲慢……」
ニトロも散々苦しめられてきた、最大の悪徳の一つである。
「レイジス様は気位が高い……いや、高すぎるお方だった。故に他の兄弟を軽んじたり、臣下の諌めを聞かなかったりした……」
(なんか、勇者とかぶるな……)
「これはいくつもの確執を生んだ。特に三男のギガス様との対立は、根深いものだった。そしてそこに、ドレイザードはつけ込む隙を見つけた」
「嫌な予感しかしねえ……」
「197年、ギガス様はレイジス様に対し、反乱を起こす。不徳の王レイジスを排除し、自身が国を統治すると言ってな。しかもそのために、最悪の過ちを犯した」
「過ち……?」
「エーバルと手を組んだんだ。ドレイザードはギガス様を支持する声明を発表し、その支援という名目で、ナルコレプシに侵攻した」
「なっ!?」
「二人は裏で手を組んでいたわけだ」
「な、なんでそんな積年の敵と……手を組んだんだよ!」
「後がなかったんだ。当時のレイジス様は裏で策謀を張り巡らし、ギガス様の誅殺を目論んでいた」
「えっ!?ち、誅殺……!!?」
「ギガス様は豪傑として名が知れており、国中の武者から慕われていた。またその豪放な性格から、度々レイジス様の命令に歯向かっていた。これらの点が危険視されたんだ」
「ち、血を分けた兄弟じゃなかったのかよ……」
「そんなもの、政治という巨大な歯車の前には、無意味だったのさ。レイジス様の企みを察知したギガス様は、やられる前に、やってしまおうと考えた。そう、現政権への反乱だ。しかし、ギガス様の権力や私兵では、とてもナルコレプシ全土を支配する兄には叶わない。そこで、賭けに出たわけだな」
「賭けって……」
「そう、エーバルと手を結んだんだ。結果、王国全土を巻き込む巨大な内乱が勃発した。田畑は焼かれ、兵士、民衆問わず、数えきれないほどの人々が犠牲になった」
「ひでえ……」
「俺も将校として戦ったから、あの時の悲惨な光景はよく覚えている。一刻も早くこの戦争を終わせたい。その一心で、俺は剣を振るったよ」
「……その思いは、届いたのか?」
「かろうじてな。犠牲は払ったし、国も疲弊した。それでも、最後の砦だけは守れたよ。先代の元帥ライゼイ様の捨て身の攻撃により、エーバル軍は敗れ、退いた。代わりに、ライゼイ元帥は命を落としたがな。そして、孤立したギガス様もまた追い詰められ、最期は妻子と共に毒杯をあおった」
「勝利は出来たのか。それで、その後はどうなったんだ?」
「まずレイジス様が、心労からか病に倒れた。そしてまもなく逝去した。マグニグヴィント様の後を継ぎ、国を発展させるつもりが、あんなことになってしまったんだ。無理もないかもしれぬ。嫡子を生まずに亡くなられたため、王弟のスロウス様が後を継いだ」
「待て、なんでそこでアイツが出てくるんだよ」
「反省を生かしたんだ。レイジス様は独断専行が目立ち、家臣はしばしばそれに振り回された。俺も含めてな。そこで次の王は、なるべく『軽い神輿』にしようと、バルボラ様が提案したんだ」
「なるほどなるほど……。って、今でも振り回されてばっかじゃん。あのクソ爺」
「否定はしないが……レイジス様のときよりかは、マシになったんだぞ。これでも」
「中々ひでえ王様だな。つーかマグニグヴィントって、すごい魔王だったんだろ。ならば後継者くらい、どうにかならなかったのかよ?」
「言ったろ、急逝したって。まだ子供たちの、王としての資質を吟味しきれぬうちに、亡くなってしまったんだ。だから仕方なく、長子で(なまじ)優秀だったレイジス様が王になったんだ」
「運命以上の皮肉屋って、この世にいねえんだろうな。そんだけすごい王様でも、寿命にだけは恵まれなかったのか」
「お前のセリフも、中々に皮肉だが。……まあとにかく、分かっただろう。エーバルの魔王ドレイザードが、どれだけ狡猾で、おぞましい野心の持ち主か」
「野望のためなら何年でも虎視眈々と機会をうかがい、一瞬でも隙を見せたら激しい攻撃を仕掛けてくる。凄まじく厄介な敵ってことは分かったぜ」
「その通りだ。そんな男が、今再び悪意の牙を、この国に突き立てようとしている。だからこそ一刻も早く、転送魔法陣を完成させる必要があるんだ」
「もしも……それが遅れたら?」
「一撃で、ナルコレプシは喉笛を食い破られるだろう。この3年、ナルコレプシは軍備を縮小し続け、浮いた予算を復興費に回してきた。おかげで国力は回復しつつあるが、軍事力はマグニグヴィント様の頃と、比べるべくもない。かなり弱っている。とても本気のエーバルに、太刀打ちできるものではない」
「スイカの言ってた存亡の時ってのは、決して過言ではなかったのか……」
(オレに休日返上させたのも、仕方ねえことだな。個人の都合が介在する余地なんて、どこにもねえ状況だ)
「その通り。今回の任務は、それほどにも重要だ。期待してるぜ。毒魔術師ニトロ」
「最近引きこもりがちだったし、期待に添えるかどうかは分からねえが、せいぜいベストを尽くすよ。まあ、それ以外の選択肢なんてないんだけどな」
シニカルな言い回しとは裏腹に、ニトロの心は案外燃えていた。
(これは昔の冒険とは違う。金のための戦いじゃない、オレを受け入れてくれた、この国のための戦いだ!腕が鳴るってもんだぜ……)
そしてそれは、ピエールに関しても同じことだった。
(国の存亡の為に戦えるだなんて……武人冥利に尽きることこの上無し!しかも相手は……あの因縁多きエーバルだ。命を捨てる覚悟は、とうに出来ているぞ!!)
そう、既に二人とも、覚悟は出来ていた。そして、思いの丈を試すかのように「その時」は訪れた。
――ふと室内に、連絡石の音が鳴り響く。
「どうした!何か報告があるのか!?」
「は、はい……。近くの町イストンから、魔獣に攻撃されているとの連絡が……」
「魔獣だと!?」
真っ先に、ニトロが驚きの声を上げる。
「イストンからは、応援の要請が来ています。承諾しますか?」
「応援か……」
(本当は一刻も早く魔窟にたどり着かなきゃいけねえ。道草食ってる暇はねえ。だが……!)
「いくら何でも、民衆を見殺しにするわけにはいかねえ!大急ぎでイストンに迎え!!責任は俺が取る!!」
「了解!!」
威勢のいい返事と共に、通信が切れる。
「ニトロ、早速の出番だ。頼んだぜ」
「おう……」
「?」
ニトロの返答は、意外にも弱々しかった。
(別に怯えてるわけじゃない。ただ、このタイミングってのが、腑に落ちねえんだ……)
そう、彼の覚悟は揺らいでいなかった。ただ、不意に頭をもたげた不吉の予感に、彼は戸惑っていたのである。
「まあいいさ。例え槍が降ってこようとも、前向いて突っ走るしかないのさ」
ニトロは乾いた笑いを浮かべながら、自分自身にそう言い聞かせた。
そして次回、戦いの幕が上がる――




