表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/29

第十八話 ニトロとスイカのプレゼン大会(前編)


「大丈夫? 唇青いよ。」

 少し古びた庁舎、魔王城のすぐ近くにある、ナルコレプシ軍事庁の一室で、二人の人間が待機していた。一人はスイカ、そしてもう一人はニトロである。

 「だ、大丈夫だよ……。」

 そう答えるニトロの唇は蒼白であった。

 どうして二人が軍事庁を訪れているのか。その理由は単純である。ようやく、新しい軍事魔法兵器についての、試作が完成したのだ。今日はその、お披露目会というわけである。

今後の自分たちの未来に関わる、重要な会合。普通なら気合が入るものだし、実際スイカはそうだったのだが、ニトロはガチガチに緊張していた。

 (どうして魔物との命のやり取りにはビビらないのに、プレゼンなんかでこうなっちゃうのよコイツ……。)

 スイカにとっては、それがはなはだ疑問であった。

 まあ、理由はいくらかある。学生時代、授業をサボり続けたニトロには、何かを発表するという経験が全くない。その上、場所も悪い。アウェイにいるわけだし、ニトロは陰キャ故に、軍人ならではの、峻厳な体育会系の雰囲気が大嫌いであった。どうしても、叱られ殴られ続けた過去を思い出すのである。

 (私相手の練習ではちゃんと話せてたし、内容も分かりやすかった。本番でも練習通り出来るといいんだけど……。)

 正直今のニトロの様子を見ると微妙である。うつむき加減で、やけにこじんまりと縮こまって座っており、冷や汗もダラダラである。

 「……オレ、トイレに行ってくるわ。」

 (またか。)

 待たされているのは40分程度なのに、これで3回目である。

 「まあいいわ。アンタが返ってくる前にお呼びがかかったら、待ってもらうように私から言うわ。だから安心していってきなさい。」

 「おう……。」

 そう答えてニトロは、質素な椅子から立ち上がった。

 (心ここにあらずって感じね。)

 スイカは心の中で呟き、目の前のお茶を一口啜った。

 

 (……にしても遅いなあ。こっちは予定通りピッタリの時間に来たのに、待たされ過ぎよ。)

 二人を待機室まで通してくれた案内係が言うには、予定よりも教練の時間が長引いているかららしい。

 (全くもう。魔王といい宰相といい、この国の上にいる人で、まともなのはナデコ様くらいね。私たちが今日会う予定の人も、かなり地位が高い将校らしいし……。名前、なんて言ったっけな?確か……。)

 「お止め下さい、サングリエ様ー!!!」

 「そうそう、確かピエール・サングリエとかいう名前……。」

 廊下から聞こえてきた叫び声を聞き、スイカは一人でうなづいた。

 「って、アレ?何か起きたのかしら……。」

 部屋を出て、少し様子を見に行ったスイカ。その瞳に飛び込んできた光景は、色々と酷いものであった。

 「ああ、もう……。」

 スイカが、ため息をつく。

 「てめえ!なんで人間なんかがこの軍事庁にいやがる!!」

 彼女の見たもの、それは、いかにもガラの悪そうな大男が、ニトロの髪をわしづかみにし取り押さえている光景である。

 「違ーう!!オレはナデコの命令でここに来たんだー!!」

 「その通りです将軍!彼は正式な、ナデコ様の食客です!さっき私がしっかりと、身分証を確認させていただきました!!」

 必死でサングリエをなだめている老女は、件の案内係である。

 「騙されるな!!コイツ、オレが声をかける前から、やたらビクビクオドオド歩いてたんだぞ!!それに、あのナデコ様が認めた漢、食客が、こんな奴のワケねえだろ!!覇気のない顔つきに、だらしない猫背、気色悪ィガリガリの体系、オタクくせえ服装、どう考えても不審者だ!!オレ様の目は欺けねぇぞ!!」

 「プツン。」

 (あっ、マズイ……。)

 スイカはニトロとの付き合いが長くなるにつれ、どうすれば彼が怒るか分かるようになってきた。陰キャであることをいじられると、血が昇るのである。モチロン、実際に彼は陰キャである。しかし、本当のことを言われるのは、一番心に来ることを、スイカはよく知っていた。

 「このヤロー!!もう怒ったぜ!!人を勘違いで殴った挙句、非人道的な精神攻撃しやがって!!」

 ニトロの右手に、魔力が溜まっていく……。

 「あのバカ……!」

 スイカは焦った。この距離では、いくら彼女でも防御が間に合わない。

 「おおいいぜ!来いよ!!てめえの技なんか聞くわけねえだろ!!撃ってみろよザコが!!」

 (どうして煽るのよー!!)

 スイカの顔が青くなっていく。

 「じゃあ、喰らえや!」

 目にも止まらず早業で、ニトロはピエールの鳩尾を蹴りぬいた。完全に相手を見くびっていたピエールは、モロに喰らってしまう。

 「グエッ!!」

 髪を掴んでいた手が離れる。その隙にニトロは、間合いを空けた。跳弾を気にせず、痛めつけられる間合いに。

 「後悔しやがれ!!トキシマム!!」

 Lv3雷魔法に匹敵するレベルの速度である。かわすことは出来ない。

 (こ、このガキ……!!)

 このままいけばモロに受け、サングリエの悲鳴が響き渡る、そのはずであった。

 「ウィルハーブ<風魔法Lv4>!」

 どこからともなく響く詠唱の声。同時に一陣の旋風が、ニトロ目がけて飛んでいく。

 「ッ!!」

 旋風と毒弾がぶつかり合い、どちらも消滅した。相殺したのだ。

 「誰だ!!?」

 驚くニトロが辺りを見回す。しかし術者は見当たらない。スイカではない。風魔法Lv4は使えないはずだ。

 「ダメじゃないかピエール君……。」

 そしてまた、どこからともなく聞こえてくる声。同時に、一つの影がピエールの後背に忍び寄る。つむじ風を纏って。

 「この声は……。」

 ピエールの真っ赤な顔面から、血の気が引いていく。

 「どうもすみませんね。うちの者が失礼しました。」

 風の幕が立ち消え、その正体が明かされる。ふさふさの白髪に、柔らかな物腰、屈託のない笑顔。この老人が一国の軍事長官とは、誰も思わまい。

 「カニス元帥!!」

 振り向いたピエールが、額に汗をにじませる。全くもって青天の霹靂。突然の登場であった。誰にとってもだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ