第十八話 ニトロとスイカのプレゼン大会(前編)
「大丈夫? 唇青いよ。」
少し古びた庁舎、魔王城のすぐ近くにある、ナルコレプシ軍事庁の一室で、二人の人間が待機していた。一人はスイカ、そしてもう一人はニトロである。
「だ、大丈夫だよ……。」
そう答えるニトロの唇は蒼白であった。
どうして二人が軍事庁を訪れているのか。その理由は単純である。ようやく、新しい軍事魔法兵器についての、試作が完成したのだ。今日はその、お披露目会というわけである。
今後の自分たちの未来に関わる、重要な会合。普通なら気合が入るものだし、実際スイカはそうだったのだが、ニトロはガチガチに緊張していた。
(どうして魔物との命のやり取りにはビビらないのに、プレゼンなんかでこうなっちゃうのよコイツ……。)
スイカにとっては、それがはなはだ疑問であった。
まあ、理由はいくらかある。学生時代、授業をサボり続けたニトロには、何かを発表するという経験が全くない。その上、場所も悪い。アウェイにいるわけだし、ニトロは陰キャ故に、軍人ならではの、峻厳な体育会系の雰囲気が大嫌いであった。どうしても、叱られ殴られ続けた過去を思い出すのである。
(私相手の練習ではちゃんと話せてたし、内容も分かりやすかった。本番でも練習通り出来るといいんだけど……。)
正直今のニトロの様子を見ると微妙である。うつむき加減で、やけにこじんまりと縮こまって座っており、冷や汗もダラダラである。
「……オレ、トイレに行ってくるわ。」
(またか。)
待たされているのは40分程度なのに、これで3回目である。
「まあいいわ。アンタが返ってくる前にお呼びがかかったら、待ってもらうように私から言うわ。だから安心していってきなさい。」
「おう……。」
そう答えてニトロは、質素な椅子から立ち上がった。
(心ここにあらずって感じね。)
スイカは心の中で呟き、目の前のお茶を一口啜った。
(……にしても遅いなあ。こっちは予定通りピッタリの時間に来たのに、待たされ過ぎよ。)
二人を待機室まで通してくれた案内係が言うには、予定よりも教練の時間が長引いているかららしい。
(全くもう。魔王といい宰相といい、この国の上にいる人で、まともなのはナデコ様くらいね。私たちが今日会う予定の人も、かなり地位が高い将校らしいし……。名前、なんて言ったっけな?確か……。)
「お止め下さい、サングリエ様ー!!!」
「そうそう、確かピエール・サングリエとかいう名前……。」
廊下から聞こえてきた叫び声を聞き、スイカは一人でうなづいた。
「って、アレ?何か起きたのかしら……。」
部屋を出て、少し様子を見に行ったスイカ。その瞳に飛び込んできた光景は、色々と酷いものであった。
「ああ、もう……。」
スイカが、ため息をつく。
「てめえ!なんで人間なんかがこの軍事庁にいやがる!!」
彼女の見たもの、それは、いかにもガラの悪そうな大男が、ニトロの髪をわしづかみにし取り押さえている光景である。
「違ーう!!オレはナデコの命令でここに来たんだー!!」
「その通りです将軍!彼は正式な、ナデコ様の食客です!さっき私がしっかりと、身分証を確認させていただきました!!」
必死でサングリエをなだめている老女は、件の案内係である。
「騙されるな!!コイツ、オレが声をかける前から、やたらビクビクオドオド歩いてたんだぞ!!それに、あのナデコ様が認めた漢、食客が、こんな奴のワケねえだろ!!覇気のない顔つきに、だらしない猫背、気色悪ィガリガリの体系、オタクくせえ服装、どう考えても不審者だ!!オレ様の目は欺けねぇぞ!!」
「プツン。」
(あっ、マズイ……。)
スイカはニトロとの付き合いが長くなるにつれ、どうすれば彼が怒るか分かるようになってきた。陰キャであることをいじられると、血が昇るのである。モチロン、実際に彼は陰キャである。しかし、本当のことを言われるのは、一番心に来ることを、スイカはよく知っていた。
「このヤロー!!もう怒ったぜ!!人を勘違いで殴った挙句、非人道的な精神攻撃しやがって!!」
ニトロの右手に、魔力が溜まっていく……。
「あのバカ……!」
スイカは焦った。この距離では、いくら彼女でも防御が間に合わない。
「おおいいぜ!来いよ!!てめえの技なんか聞くわけねえだろ!!撃ってみろよザコが!!」
(どうして煽るのよー!!)
スイカの顔が青くなっていく。
「じゃあ、喰らえや!」
目にも止まらず早業で、ニトロはピエールの鳩尾を蹴りぬいた。完全に相手を見くびっていたピエールは、モロに喰らってしまう。
「グエッ!!」
髪を掴んでいた手が離れる。その隙にニトロは、間合いを空けた。跳弾を気にせず、痛めつけられる間合いに。
「後悔しやがれ!!トキシマム!!」
Lv3雷魔法に匹敵するレベルの速度である。かわすことは出来ない。
(こ、このガキ……!!)
このままいけばモロに受け、サングリエの悲鳴が響き渡る、そのはずであった。
「ウィルハーブ<風魔法Lv4>!」
どこからともなく響く詠唱の声。同時に一陣の旋風が、ニトロ目がけて飛んでいく。
「ッ!!」
旋風と毒弾がぶつかり合い、どちらも消滅した。相殺したのだ。
「誰だ!!?」
驚くニトロが辺りを見回す。しかし術者は見当たらない。スイカではない。風魔法Lv4は使えないはずだ。
「ダメじゃないかピエール君……。」
そしてまた、どこからともなく聞こえてくる声。同時に、一つの影がピエールの後背に忍び寄る。つむじ風を纏って。
「この声は……。」
ピエールの真っ赤な顔面から、血の気が引いていく。
「どうもすみませんね。うちの者が失礼しました。」
風の幕が立ち消え、その正体が明かされる。ふさふさの白髪に、柔らかな物腰、屈託のない笑顔。この老人が一国の軍事長官とは、誰も思わまい。
「カニス元帥!!」
振り向いたピエールが、額に汗をにじませる。全くもって青天の霹靂。突然の登場であった。誰にとってもだ。




