第二話 灼熱サバイバー
「ち、畜生…勇者の野郎め!」
その頃俺は南西部の砂漠にいた。灼熱の太陽が、じりじりとオレの体力を奪っていく。
「と、とんでもないところに飛ばしやがってぇ……。」
オレは天才毒魔術師であり、得意なのは毒魔法だ。回復魔法や補助魔法は使えない。そしてなにより、オレはここに食料や水も持たずに飛ばされた。着ているものも、砂漠用の装備である。このままでは、野垂れ死にするだけだ。
「くそ、勇者の野郎……!認めたくないが、あいつ邪魔者を排除することにかけては天才的だぜ。でも…諦めねえぞ。オアシスや街だって、探せばあるはずだ。それに……。」
脳裏にチラつくのは、あの賢者の姿だ。スケコマシの勇者が、あれほどの美少女に手を出さない訳がない。このまま旅をしていれば、いずれ奴の毒牙にかかるだろう。それだけは、どうしても許せなかった。
「諦めねえ、諦めねえぞ……。」
念仏のようにそう何度も唱えながら、オレは砂漠を歩き続けた。しかし、限界が近づきつつあった。
「ドサッ!」
遂に力尽きたオレは、地面に思いっきり倒れた。いくら足に力をいれても、立ち上がることが出来ない。もうここまでなのか……?ここまでだというのか……?返ってくることのない問いが、頭の中を駆け巡る。
「畜生……。」
口の中がもうカラカラだ……。意識が遠のいていき、今にも途切れそうになった瞬間、突然下の砂が、盛り上がっていった。
「な、なんだ……?」
「グオオオオッ!」
最悪だ。砂漠オオサソリ、数多の旅人を葬ってきた、凶悪な上級モンスター。平時ならともかく、瀕死の状態では戦える相手じゃない……。
「クソ……。」
万策尽きたオレに対し、サソリは深紅に輝く三つの眼を爛々と光らせ、にじり寄ってきた。生温かい大粒の雫が、ポトリと頭の上に落ちる。涎だ。どうにも奴は空腹らしい。死にかけの獲物を前にサソリは大口を開けた。一思いに丸呑みする気なのだ。
「畜生……。」
まさにサソリがオレを飲み込まんとしたときである。オレのこれまでの人生の光景が、目の前で駆け巡ってきた。走馬燈だ。親を失って泣きじゃくるオレ、同級生にいじめられるオレ、女子から気持ち悪がられるオレ、先生からも嫌われるオレ、どれもこれもろくなものじゃない。そして―オレたちいじめられっ子を見下し、玩具のように扱う、勇者の下卑た笑み。
「ふざけんな……。」
心の奥底でくすぶっていた感情が、一気に燃え上がる。生きることへの執念がドンドン湧き上がってくる。!
「このままで終わってたまるかあ!!!」
気づけばオレは立ち上がり、オオサソリ相手に杖を突き付けていた。
「ヴェノミ・トキシゲルデ<毒殺魔法Lv5>!!」
ドス黒い劇毒の奔流が、オオサソリ目がけて一気に襲い掛かる!
「オオオーーン!!?」
声にならない絶叫が、砂漠中に響き渡る。一瞬にして、体の半分を溶かしつくされたオオサソリは激痛にのたうちまわった。
「グ、グォ……グオオオー!!」
怒りに我を忘れ、襲い掛かってくるオオサソリ。オレも最後の力を振り絞り、対峙する。
「喰らえ、ゲル・パニシュラ<強酸魔法Lv4>!」
巨大な泡の塊が幾つも出現し、奴の目の前で弾けた。
「オオ……オ……。」
強酸の飛沫が、奴の顔面を溶かしつくす。かすれた断末魔をあげた奴は、もう動くこともない。オレの勝利だ。しかし……
「動けねえ。」
満身創痍のオレは、その場にへたり込んだ。もう余力は一切ない。望みは全て、立たれてしまった。なのか……。」
無念、後悔、怒り……。様々な感情が渦を巻く中で、虚無感だけが濃さを増していく。完全なる終わりが、緩慢に近づきつつあった。しかし、その時である。頭上で、若い少女の声が響いたのだ。
「す、すごい……。毒や酸に強い耐性のある砂漠オオサソリをたった二発で……。」
何を言っているのか、死にかけの耳では聞き取れなかった。
「……天使か?」
うわごとのように呟く。
「違うよ逆、逆。悪魔だよ!」
「……悪魔?」
真上を見上げると、漆黒の太陽が、俺を照らしていた。
「フフフ、やっと見つけたわ……。」
果たして少女は、毒魔術師にとっての天使なのか、それとも悪魔なのか―真相はいかに?