第十七話 スイカ先生の軍事史講義
全ての始まりは、運命がドアをノックする音から。…というのはいささか大げさすぎる表現だが、まあノックの音は何かの始まりを表しがちだ。しかしスイカは、呑気な欠伸をした後返事をした。のんびりとした娘である。訪問者は、「問題児」だというのに。
「はーい、何の用ですか?」
「ニトロだけど、開けてくれるか?」
「ああ、ニトロか。いいわよ。」
こうして入ってきたニトロだが、少し動きが鈍い。
「……寝不足気味?」
「おおっ、何も言ってないのによく分かったな!」
ちょっとオーバーなアクションである。
「いや、眼の下にクマが出来てるし……。ネクラ感3割増しねえ。」
スイカは口元を抑え、控えめに笑った。
「はいはい、どうせオレはクソ陰キャですよ。ええ、童貞ですよ。」
「そういじけないの。それで何の用?」
「ああ、それなんだけどよ、軍事史について教えてくれないか?」
「あら、これはちょっとビックリね。」
ここで、その豊満な胸を揉みしだかせてくださいとか言いかねないのがニトロである。それが軍事史、まさかの漢字が三つも並ぶ単語である。彼らしからぬ真面目な話題だ。
「いや……あの後軍事魔法の研究に取り掛かったんだけどよ、お恥ずかしながら基礎がなってないんだよなあ。普段使う冒険魔法と似たようなもんだと思ってたら、微妙に違うんだなアレ。」
そう、前回の話からニトロとスイカは、魔王城内での居場所を得るべく軍事魔法の開発に挑戦しているのである。
「……冒険者学校にいたのなら基礎程度習ってるはずなんだけど、アンタ冒険者のクセに装備魔法の講義もサボりまくってたもんね。」
「教授が脳筋ですぐに行く気無くなったわ。代わりに攻撃魔法学は主席だったから。」
「まあアンタ座学よりも実戦の方が得意なタイプだし、仕方ないか。」
(というか、もしかしてニトロの方が脳筋じゃ……?)
ふと疑問が浮かんでくるスイカであった。
「……正直、もう少し真面目に授業受けとけばよかったとは思うわ。学ないって結構惨めなんだな。」
「その気持ちがあるだけ十分よ。本人の意欲に勝る教師はいないのよ。というわけで、専門家じゃないけど、Lv70の賢者であるこのスイカが、基礎軍事史、教授してあげるわ!」
「何!?Lv差が縮まってる!!」(現在のニトロのLv:73)
(……まあ高くなればなるほど上がりづらいものだし。)
「じゃあまずは一番最初のところから話しますか。まずは紀元前からね。」
「ドンドンパフパフーとか言った方がいいか?」
「そういうのいいから。さて、まずは時代区分から始めますか。大別して、古代、統一時代、現代の三つに分けられるわ。そして軍事の枠組みも、時代の変遷と共に移り変わっていく。軍事史についてよく知るには、背景となる時代を意識すると楽よ。」
「おけおけ。」
「じゃあ行くわよ。まずは古代。この頃から人間と魔族は多くの地方で敵対していたわ。特に巨大なグロリシャ地方と、マルシャス地方が有名ね。魔族は人間と比べ個人の能力では優れるけど、直情径行型が多く、連携を苦手としたわ。逆に人間側は個々の力は弱いけど組織的な戦略によって魔族に抗ってきたわ。特に防衛戦では非常に優秀だった。このように古代では、魔族と人間の力が拮抗しており、膠着状態が生まれていたわ。」
「なるほどなるほど。」
「しかし統一時代が迫ると、状況は一変するわ。グロリシャの辺境にある新興国、ニャレドニアが大躍進を遂げる。ニャレドニアは瞬く間にグロリシャを統一するわ。この成功はある新技術が要因となってるんだけど……分かるかしら?」
「いいや、全く。というか話が入ってこねえ。なんなんニャレドニアって。なんで歴史上の人物ってみんな名前長いの?」
「それくらい頑張って覚えなさい!全くもう、野生児じゃないんだから。」
「ごめんごめん、それで、新技術って?」
「アンタ、本当に熟練の冒険者……?隷属魔法よ。小、中型の魔獣を自在に使役するこの魔法の登場が、ニャレドニアに力を与えたの。」
「あっ、待て。流石に聞き覚えがあるぞ。」
「そう。じゃあ、隷属魔法を駆使した戦術で、マルシャスを3年で滅ぼし、7年で大陸全土を征服した、ニャレドニアの君主の名前は言える?」
「え、えーと……。それも聞き覚えがある。確かクソダサい名前だったような……。」
「ダサいと思うかどうかは人によると思うけど、ニャレクサンドロス大王が答えね。彼女の常勝は、隷属魔法によるものと言われているわ。魔獣は機動力、運搬力、衝撃力……。様々な長所と短所を併せ持つ魔獣の有効利用によって、彼女は統一時代と呼ばれる時代を築いたの。この戦術は鉄床戦術と呼ばれることもあり、軍事史上の大革命として伝わっているわ。」
「なるほど、すげえなあ。でもそんな技術があれば、冒険者いらなくないか。盗賊退治、魔族との戦闘を上回る冒険者の存在証明が、魔獣の討伐だろ。前者二つは憲兵や軍人と被るし。」
「そうね。その疑問はもっともよ。それについてはちょうどこれから触れることになるわ。さて、史上初めてこの大陸全土を支配したニャレクサンドロスだけど、彼女のとった政策はあまりにも革新的なものだったわ。魔族と人間の融和。彼女は人間と魔族のクオーターという、特殊な出自を持っていたわ。また人間の国マルシャスを征服したときその先進的な文化を積極的に取り入れ始めたの。今使われている暦も、魔族と人間、二つの文化の融合によるものよ。この政策は技術や文化の革新、交流を促進したという点で利益が多々あった。しかし同時に伝統的な文化、習俗が破壊されることもあり、そこで反発が起きた。結果ニャレクサンドロス大王は、当時の新技術の一つであり現在、禁術指定されている、大呪魔法によって暗殺されてしまう。」
「皮肉な最期だな。」
「その通りよ。そして生まれた権力の空白をめぐり、各地で戦乱の嵐が吹き荒れることとなる。ニャレクサンドロス大王が『ボクの後継者は世界で一番強い奴にするニャ』というひどすぎる遺言を残していたことが原因の一つね。そして悲劇が起こるわ。隷属魔法が失われてしまうの。」
「えっ!?」
「主犯は魔将の異名を持つ男、ハサンドラ。彼はかつての主である大王に対し、並々でない恨みをもっていたらしく、後継者戦争において大王の一族と敵対し、これを攻撃したわ。結果、虜囚の身になることを嫌った大王の遺族らは、全員まとめて自殺してしまうの。これをハサンドラはひどく悔やんだと伝わっているわ。元々隷属魔法は国家の最高機密であり、王家の者しかその秘法について知らなかったの。」
「なるほど、秘密にし過ぎたせいで、あっさり途絶えちまったわけだな。」
「隷属魔法の発見者は、リシャグロスという大賢者だったのだけどすでに故人だったわ。アンタの言う通り、完全に継承は途絶えてしまったというわけよ。」
「もったいないなあ。」
「もったいないのはそれだけじゃないわ。結局大王の後継者は現れず、世界は分断されたしまう。完全に元の木阿弥ね。現代でも、いまだに魔族と人間との戦いは続いている。」
「すげえ大王なのに、なんか可哀想だな。自分の功績が全て無駄になるなんて。」
「いいえ、全てが無駄になったわけではないの。特に軍事戦略の分野は、古代とは大きな変化を遂げたわ。人間が、個の力を得始めたの。」
「魔法の発展か。」
「流石に毒魔術師なだけあって、すぐにピンときたようね。その通りよ。大王のもたらした文化の交流によって、それまで占いなどにしか使われていなかった魔法は大躍進を遂げるわ。そして相対的に、魔族と人間との個の力の差も縮まっていく。」
「魔族が人間より明確に優れるのは、肉体の部分だけだからな。魔術師としての適性はほぼ種族差がない。」
「結果現代では、人間側も精兵主義を取りつつある。大軍を動かすよりも、少数の精強な冒険者を戦わせた方が安上がりだからね。実際4人や5人の、いわゆる『パーティー』が、目覚ましい戦果をあげつつあるわ。」
「魔法と共に、魔道具の開発が進んだこともでかいよな。あれのおかげで、戦士とか肉体を生かして戦う冒険者も魔法の恩恵を受けられるようになった。」
「その通り。最後は最先端の技術にも触れましょうか。空間魔法や、生産魔法などの国全土を巻き込んだ『包括的魔法技術』が、近年の注目の的ね。これはバクテリアの場合、王家による中央集権の完成が背景にあるとされているわ。国家全土を国が管理出来るようになった今だからこそってわけ。最先端の技術が国土全域で活用されることで、内政においても軍事においても莫大な利益が生まれる。ただ、既得権益層との衝突は、未だに根強い問題だけどね。」
「なるほどなるほど……。序盤はイマイチ分かりづらかったけど、後の方はなじみ深い話だったからよく覚えられたぜ。やっぱりオレたち魔術師の果たせる役割は大きいわけだ。」
「そうよ。私の言ったことは大言壮語じゃない。現実味があることなの。たった一つのアイディアが、国家や歴史を揺るがす力を持ちうる時代が到来している。このチャンスを逃すわけにはいかないわ。」
「いやあ、やっぱスイカに教えてもらって良かったよ。これからの励みになるぜ。また分からないことがあったら尋ねにくるつもりだから、そんときはよろしく。」
「ええ、遠慮なく来なさい。」
「じゃあそろそろ行くわ。頑張って研究しないとなあ。」
ニトロが去ったあと、スイカは一人残された部屋で考え事にふけっていた。
(しっかしあいつ……あれほどの才能があるかと思えば、知識面は初級レベルだったり、変な奴よねー。でも、分からないことがあればすぐに尋ねる姿勢は好感がもてるわ。普通、プライドが邪魔しちゃうからね。あのひたむきさと才能があれば、面白い発明をしてくれるかも。)
「よーし、私も負けないよう頑張らないと。」
そう言って、スイカは再び机に向かった。結局のところ、割のいいやり方なんてものがあるとすれば、それは地道な努力だけだ。スイカはそのことをよく知っていた。
(塵も積もれば山となる。)
あくまでマイペース。事態は切迫しつつあったが、スイカの信念は、決してぶれることがなかった。




