第十三話 盾神哄笑ー中盤戦ー
祖母アシタバを救うべく刑場へと乱入したスイカは、ニトロの活躍もありかろうじて祖母を確保する。しかしそこに古強者ダルマルアーが乱入する。立ちふさがる強敵を、いったい二人はどのように退けるのか。ここにおいて、決戦の火蓋は切られた。
「うおおおお!!」
ニトロの瞳に、冷たい覚悟が宿る。凄まじい魔力が、杖の先端に収束していく。
「初っ端から全力で来る気ですか。愚かな……。」
「ヴェノミ・トキシゲルテ!!」
禍々しい猛毒の塊が、ダルマルアー目がけ襲い掛かる。
「ほう…。」
(何故よけようとしないの!?)
ダルマルアーは微動だにしない。泰然自若とした佇まいで、ただ攻撃を受け止めるのみ。
「死に晒せ!」
攻撃が炸裂する。
「やったのか!?」
ニトロは期待に満ちた表情で、黒煙の中を見つめた。
「いいえ。」
しかし、ダルマルアーは全く無傷だった。彼の鎧には損耗の気配も見られない。
「ば、馬鹿な!?」
ニトロの動揺は激しいものだった。
(オレの火力は魔術師の中でもトップクラスだぞ!?直撃して無傷なんて…ありえない!!)
唖然とするニトロに対し、ダルマルアーは嗜虐的な笑みをのぞかせる。
「今度は私の番ですねえ。」
巨体に似合わぬ俊敏な動きだった。ニトロとの間合いを一瞬で詰め、攻撃態勢に入る。
「うっ、エンタラク……。」
急いで防御魔法を唱えるも、もう遅い。
「<衝撃掌>。」
ダルマルアーが右手をかざした瞬間、ニトロは凄まじい勢いで吹き飛ばされた。
「ニトロ!!」
スイカのサポートも間に合わない。そのまま彼方へと飛んでいく。
「そ、そんな…。」
スイカは戦慄した。ニトロも相当な猛者だ。それなのに…あまりにもあっさりすぎる。
動揺するスイカに対し、ダルマルアーは冷静に命令を下した。
「ディバイス殿!もう十分回復したでしょう?ニトロを拿捕しに向かってください。」
「……了解です。」
その声に応じ、ディバイスがフラフラと立ち上がる。
(馬鹿な!?)
つい先ほど、確かにディバイスは脇腹を抉れらたのだ。ダメージは内臓にも達していたはず。しかし改めて彼を見ると、傷はほとんど治りかけていた。
「…ちょっと血を流しすぎたかな。まあ、いいさ。ゴミの処分くらいは余裕です。」
「ククク、勢いあまって殺さないでくださいよ。愚かな民衆への見せしめにしないといけないんですから。恐怖を植え付けるためのね。」
「分かっていますよ。なぶり殺しですね。」
不気味に笑い、ディバイスは猛然と駆けだしていった。
「行かせるものですか!」
スイカが慌ててディバイスに対し杖を構える。しかし…。
「よそ見はいけませんねえ。」
ダルマルアーが音もなく忍び寄る。
「くっ!ザウム・フリーデン!!」
無数の氷槍が、猛然と繰り出される。しかし、装甲に全てはじかれた。ダルマルアーの薄笑いを崩すことも出来ない。
「もしかしてあの鎧……。」
ダルマルアーが、ゆっくりと迫りくる。
「衝撃掌!」
「ヘイルクラシア<氷壁魔法>!!」
出現した分厚い氷の壁は、かろうじて炸裂する衝撃波を防いだ。
(攻撃の方は防げたか……。でも、それじゃダメだ。あの防御を突破しないと勝ち目はない!)
「フリーダメーロ最大出力!!」
「おやおや、派手なことを……。」
緑色の目玉が怪しく光る。
「フォビズド・ニブルギア <氷結魔法Lv5>!!」
超低温の息吹が、瞬時にしてダルマルアーを包み込んだ。
(これでも、ダメならば…。おそらく……。)
結果は、最も恐れていたものだった。
「この程度ですか……。」
ダルマルアーには一切効き目が見られない。
(……決定だ。あの鎧が放つ独特の青い光沢に加え、圧倒的な魔法耐性。間違いない。)
「…ドラブル鋼アーマーね…。」
「おや、気づきましたか。勉強熱心なことでして…。」
「気づくわよ。私たちの最大火力を受け損耗しない鎧なんてこの世に一つしかない。」
ドラブル鋼とは、バクトリア帝国北端でしか採取できない特殊な鉱石を錬成したものである。魔法に触れると魔力の組成を解除し、バラバラにしてしまうという特異な性質を持つ。
「ドラブル鋼で出来た鎧はこの世のありとあらゆる魔法攻撃に対して、絶対的な防御力を持つ。この世の魔法の99.9%は防げるわ。でも、あれほど希少なものを、鎧を精錬できるほどに集めるなんて、いったいどんなデタラメな手を…。」
「ガハハハッ!ご想像にお任せしますよ。まあ一つ言えるとすれば、税務官には言えないようなやり方ですねえ!!」
ダルマルアーは愉快そうに腹を抱えた。
「…でしょうね。」
「まあそんなことはどうでもいいんです。それよりも分かりましたか?自分の無力さというものが…。あなたはどれだけあがいても、私に傷一つつけれないのですよ?」
「そんなの、やってみなきゃ分からないじゃない!。まだ試してみない魔法も、たくさんあることだしね!」
スイカは不敵に言い放った。しかし、それは虚勢に近いものだ。
「ガハハハッ!威勢のいいお嬢さんだ!とっとと、降参すればいいものの。しかしねぇ、その選択、私は嫌いじゃないですよ。無駄な抵抗をしてくれた方が、より長く楽しめることですし…。」
ダルマルアーの笑みは、アリの群れをいたぶる子どものそれに、よく似ていた。
「…望むところよ。」
(勝機はある…。でも、そのためには一人じゃだめ。私とニトロ、二人が力を合わせなきゃ勝てない……。勝利のためには、どうにかしてニトロを呼び戻さなきゃ……。)
八方塞がりな状況の中で、スイカの頭脳は目まぐるしく回転し始めた。
ダルマルアーの圧倒的な防御力の前に、苦戦を強いられるスイカ。そんな中、もう一つの戦端が開かれる。ニトロとディバイス、互いのプライドを賭けた戦いである。闘争の渦の中、ディバイスはニトロに対して、憎悪の念を告白する。ニトロはディバイスの歪んだ怨念を断ち切ることができるのか……。次回「せめぎ合う意志―強者の証明―」に続く。




