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第十一話 新たなる修羅場~ニトロ・スイカの共闘~

 「防音結界ってあなた張れる?」

 「いいや、オレ使えるのは戦闘系の魔法ばっかだし。」

 「じゃあ、私が張るわ。でもいいの?無害な術を使うよう見せかけて、あなたを抹殺しにくるかもよ?」

 「今更そんなことはしないだろ。こんなところでドンパチやらかしたら、お互いにとって損だ。オレとアンタの実力が拮抗してることは、前回の戦いで証明されたしな。」

 「まあね。それよりどうして私があなたをここまで連れてきたのか分かってる?」

 オレたちが今いるのは、アレンス郊外の安宿である。あの裏路地での再会の後、賢者さんがここへきて話をしないかと提案してきたのだ。罠の可能性もあるが、色々と知りたいことは多いし、リスクを払うことで得られるものもある。というわけで、ノコノコとやってきたのである。

 「何故かアンタは重罪人の烙印を押されており、官憲から狙われている。その状況から脱するために、オレに取引を持ち掛けに来た。違うか?」

 「……まあね。その通りよ。あなたをここに連れてきたのはそのため。尾行に気づいたときは速やかに排除しなくてはと思ったけど、なんと追う側も重罪人だった。そこで思ったの。私たち、互いの事情によっては協力できないか、と。」

 「なるほどな……。」

 ついこの前まで殺し合うような仲だったオレを頼りにするとは……。状況は相当に切迫しているようだ。実際に賢者さん自身もどこか余裕がないように見える。しかし、その方がオレにとっては好都合だ。この状況をうまく生かせば、賢者さんを「こちら側」へと引き入れることすら出来るかもしれない。そうなれば間違いなくオレたちの目的を果たすことに一歩近づく。ただし、相応のリスクを払う必要もあるが……。

 「まあ取り敢えず、お互いの事情を説明し合うか。まずはそこからだ。」

 「そうね、頼んだわ。」

 ~(中略)~

 「というわけで、良質な魔術書を探すためにここまで来たんだよ。」

 「そ、それだけのためにここまでのリスクを払ったの……?」

 「まあな。」

 賢者さんは唖然としている。…それが常識的な感覚なのだろうか。まあとにかく、あの国はそれだけヤバい状況にあるのだ。

 「それより、今度はそっちが話す番だ。いったいどうしてお尋ね者として手配されているのか、そしてこのアレンスに潜伏しているのか。全部話してもらうぜ。」

 「あのバカ勇者がね、私を裏切り者として訴えたのよ。そして、政府の高官がそれを信じ込み私を裏切り者として糾弾したの。かろうじて逃げ切れたけど、代わりに私は反逆者として全国指名手配されたの。」

 「はあっ!!?」

 想像よりはるかにひどい理由だった。結局また勇者が元凶なのか!?

 「も、もうちょっと詳しく頼む。」

 「事の発端は、アンタが砂漠に飛ばされた直後……。」

 


 (以下回想 ニトロ追放直後のテントにて)

 あの時、スイカは場の雰囲気をおかしなものと捉えていた。あの毒魔術師は自身に何か告げていたのに、勇者は有無も言わずにリアヴィケを使ってしまった。そこで取り敢えず解析魔法を用いてみたのである。すると、驚くべき結果が出た。

 「ちょ、ちょっと待ってください、勇者さん……。」

 「ん?なんだね、賢者さん?」

 「今の離脱魔法の行き先を解析してみたら、灼熱の砂漠と出たんですが!?」

 「何か問題でもあるか?」

 「い、いやだって彼の装備は砂漠用のものじゃありませんでしたよ!水や食料もなかったし……。魔術師といえども命の危険が……。」

 「そんなことオレの知ったことか。行き先など特に考えず撃ったら、たまたま砂漠に飛んだ。それだけのことだ。奴の不運が悪いんだよ。」

 「なっ…!?」

 恐ろしく、あっけからんとした言葉だった。とんでもないことを言っているのに、気負いは一切ない。普段の会話と調子が変わらない。それがひどく恐ろしかった。

 「あの人は、長年共に旅をしてきた仲間じゃなかったんですか?」

 「仲間?オレは『勇者』だぞ?あのゴキブリ風情が『仲間』?お前も物分かりが悪いな。絆だの友情など、薄気味悪い。役に立つか、立たないかだ!!乳も出さない牝牛など、処分するしかあるまい!!」

 「……!!」

 スイカの全身に悪寒が走る。

 (こ、コイツ…イカれている……。なんて歪な精神構造なの!?こんな奴が…勇者を名乗っていいはずがない!!)

 「奴は無能だった。不愉快な態度や言動が多くてね。あまつさえ性欲に負け奇行を行い、君に対しても妄言を吐こうとした。追放されても仕方あるまい。」

 「信じられません。」

 本心からの言葉だった。

 「……あっ?」

 「そんな言葉、信用できるはずないでしょう!それに彼が本当に無能だったとしても、弁解も聞かずに殺す理由にはなりません!間違っているのはあなたです!!」

 「今なんと言った!?俺が、この俺が間違っているだと!!?」

 「そうですよ!全く、国民の英雄である勇者のパーティーだからって期待していたのに……。見ると聞くじゃ大違いね。」

 「おい、待て!地べたに這いつくばり額をこすりつけろ!!」

 「ふざけないで!トリバル<飛行魔法>!!」

 「貴様、逃げる気か!!武闘家!戦士!奴を追え!!」

 「いやいや、勇者様でも追い付けない相手だよ。肉弾戦主体のあたいたちじゃ無理だよ。」

 (……ていうか、よくぞ言ってくれた!実入りがよくなきゃね、あたいもこんな奴の元で働かないよ。)

 内心、武闘家はせせら笑っていた。

 「うぐぐ、オラも無理だぁ。」

 そうこうしてるうちに、賢者はもう遠い彼方まで行ってしまった。

 「この無能共が!!」

 勇者の顔は屈辱で歪み切っている。

 「武闘家ァ!連絡石を起動しろ!相手は中央政府の高官だ!!」

 「わ、分かったよ…。」

 すさまじい剣幕であった。図太い性格の武闘家ですら、恐怖の表情を見せるほどに。

 (許さん…。許さんぞ……!この俺様を侮辱したことを、絶対に後悔させてやるぞ……スイカ・リービッヒ!!)



 「…といった顛末よ。」

 「想像の三倍はひどかったな……。」 

 勇者の横暴さを幾度となく見せつけられてきたオレだが、流石に今回の件はイカレている。確かに最近奴は多くの手柄を立てていたが、それはオレたちが急激な成長を遂げつつあったという点も大きい。そもそも人々にとっての希望のくせに驕り高ぶるなってんだ。

 (まあ空虚な理想だけどな。実際は驕り高ぶったり、政治権力と癒着する奴ばっかだ。)

 「ひどい話でしょ。全部現実なのよ。私、国家に対しての忠誠心は人並みにあったわ。」

 賢者さんの顔には、失望と悲嘆とがありありと浮かんでいた。

 (……どこか投げやりな感じだな。まあ、無理もないか。)

 「…それで、オレに何をしてもらいたいんだ?無実の証明か?それとも、亡命の手助けか?」

 「無実の証明の方はもう諦めてるわ。勇者はこの国にとって最高級の戦力であり、世俗的権力との結びつきも強い。あのシグ・マドセンもその点は変わらない。まず勝ち目はないわ。私が魔王領に行って戻ってきたことは確かだしね。」

 (あっ……。)

 実際はオレを助けるための行動だったが、裏目に出たわけか……。

 「……すまないな。」

 「別にいいわ。私が迂闊だったのよ。今思い返すと、慎重さに欠けていたわ。」

 「…じゃあ、亡命の方か?こっちだったら役に立てるぞ。」

 「そっちの方も、お願いすることになるかもね。ただ、それについては他のプランがあるわ。それよりも私一人じゃなし難いことがあるの……。」

 「なんだ?」

 よくよく考えてみれば、賢者さんほどの実力者なら亡命は容易いはずだ。実際、一度は追っ手から逃げ切れたようだし。だというのにどうして、国外へと逃げず中央にもほど近いこの町にいるのだ?何か事情があるのか……。

 「連座って知ってる?」

 「罪を犯した当人だけでなく、その家族にも刑罰を与えるという過酷な国法のことか…。」 

 (まさか…)

 「おそらく、想像通りよ。私の唯一の肉親である祖母が、私の罪に連座して捕らえられてね。明日の正午、この町の大広場で公開処刑される予定なのよ。」

 「なっ…!」

 言われてみれば、到着した直後、広場の方で何か工事をしているのを見かけた覚えがある。そしてあの憲兵が言っていた、賢者さんがこの町に潜伏している可能性が高い、という発言……。賢者さんが祖母奪還に乗り組んでくることを危惧してのものだったのか。

 「今の私は国賊扱い。その祖母の処刑となれば、間違いなく警備は厳重なものとなる。私単独ではまず突破出来ない。」

 「なるほどな……。」

 ワラにも縋る思いだったのだろう。道理でかつての余裕が失われているわけだ。

 「そこであなたよ。イレギュラーの存在により、警備の穴を開けられないか。私はそんな、虫のいい空想をしてるの。」

 「……。」

 想像以上に、ヘビーな提案だ。はっきり言って危険すぎる。

 (しかし……。)

 オレの狙いは、賢者さんをナルコレプシへと招くことだ。多様な魔法に精通し、オレが見たこともないような術を使う彼女がいれば、間違いなく国防にとってプラスとなる。書物と人では大違いなのだ。

 「……一つだけ条件がある。」

 「何かしら?」

 「オレと一緒に、ナルコレプシ王国の食客になってくれ。そして王国の繁栄の為に、協力してくれないか?それさえ約束してくれれば、オレも処刑を阻止するために戦おう。」

 「…なるほどね。」

 「ああ、どうせもう人間界にはいれないんだ。もう魔界にしか居場所がないことくらい、本当はわかってるんだろう?」

 「………。」

 賢者さんは一瞬沈鬱そうな表情を見せた。頭では分かっていても、決断に踏み切れないのだろう。その気持ちはよく分かる。だが……。

 「分かったわ。おばあちゃんを取り戻したら、アンタと一緒に魔界へ行く。」

 「……決めてくれたか!」

 「ええ、もう骨を埋めてやるわ!あのアホ勇者後悔させてやるわよ!」

 (まあ、そうするしかないわな。)

 余裕のなさは節々から伝わってきていた。本当にその祖母が、大切な存在なのだろう。だからこそ捨て身になる。手段を選ばない。自分の信義を曲げもする。自分よりも大切な人のためなのだから。最初から賢者さんに、選択権などありはしなかったのだ。

 (しかし、オレも腹括らんとな……。流石に厳しい戦いになるぞ。)

 おそらく刑場の警備を受け持つのは、かなりの実力者だ。血生臭いとはいえ、国家主導の重大な儀式、それが公開処刑だ。相応の人物が、オレたちに立ちふさがることとなるだろう。

 「とりあえず、作戦を立てるぜ。失敗は許されねえ。」

 「そうね、一通り終わったら、休息を取りましょう。」

 (ここまで何度も修羅場をくぐってきたんだ。こんなところで死んでたまるかよ!)

 (おばあちゃん……。なんとしてでも助け出すから、安心してね。たとえ、悪魔に魂を売り渡してでも……。)

 分の悪い賭けだ。しかし、やるしかない。オレも賢者さんも、覚悟は出来ていた。



 ちょうど、ニトロとスイカが作戦を練っている頃だった。王立アレンス冒険者養成学校、その一室を一人の人物が訪れていた。みすぼらしい出で立ちと、それとなく陰惨な雰囲気。そして、それにそぐわぬ美しい顔立ち。そう、今朝憲兵から質問を受けていた、あのネクラな冒険者である。

 彼は相変わらず気怠そうな動作で、部屋の扉のノックした。ドアには、「第三教授室」という文字が彫られている。

 「入ってきたまえ。」

 しゃがれた声が、部屋の中から響いた。

 「失礼します。」

 彼は深々と頭を下げ、中へと入っていった。

 「おう、よく来たなディバイス・マドセン殿。例の件についてか。」

 出迎えたのは、精悍な老人であった。服の上からでも分かる、筋骨隆々とした肉体。悠然とした所作。顔に刻まれた無数の傷跡。一目で、相当の強者だと分かる。

 「ええ、反逆者スイカリービッヒの祖母、アシタバ・リービッヒの処刑についての件です。警備の段取りや、万が一襲撃が起きた際についての対応について、最終調整をしようと。」

 ディバイスと呼ばれた男は丁重に述べた。

 「ククク、上も随分と慎重なものですな。やはり冒険者の反逆は、文官共にとって恐怖そのもの。どいつもこいつもみみっちいことでして。」

 「……聞かなかったことにしておきます。まあ、脅威であることに違いはない。明日の処刑も、どうかつつがなく終わってほしいものです。」

 「おや、あなたなら襲撃を望むと思ってましたぞ。相手は高位の賢者。倒せば名を上に売れますからな。カーカカカ!!」

 豪放な高笑いが、部屋中に響き渡る。

 「またとんでもないことを言いますね。上に知れたら面倒なことになりますよ。」

 「カカカ、他愛もない冗談ですぞ!、あまり目くじらを立てないでほしいですな!」

 (そうは見えんがな……。)

 「まあいいでしょう。そういった有事の際は、どうかお願いしますよ。アレンス冒険者養成学校装備学教授、レイモンド・ダルマルアー殿。」

 「ガハハハッ!任せておきなさい。若い者どもには出来ぬ戦いを御覧入れましょう!!」

 鷹揚とした声色で、ダルマルアーは言い放った。彼らこそ、明日ニトロたちの前に立ちふさがることとなる人物である。決戦の時は、刻々と近づきつつあった。


 

 

 

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