第十話 久々の帰還と戦慄いろいろ~後編~
「いやー、ホクホクでしたねえ。」
流石は店長である。興味深い本をたくさん見つけることができた。
「そいつは良かった。どれどれ……、『空間魔法の軍事利用の可能性』、『魔法兵器の開発―火炎魔法地雷・飛行兵・毒魔法ガスなど』、『国防における魔法学の位置づけ。』、『国立軍事魔法研究所発行ニャレドニア歴1034年次レポート集』……。ふむふむ、軍事魔法学に興味があるのか。近頃人気の分野だね。」
「ははは、こいつで一発当ててやろうかなあ、と。」
「いいじゃない、いいじゃない。まだ若いんだし、いろんな分野に挑戦するのはいいことさ。かく言う僕も昔は……。」
(またか……。)
ここの店長はこうなると時間を顧みなくなるのだ。
そして一時間後……。
「やっぱり僕としてはですね。毒魔法はもっと価値を見出されるべきだと思いますよ。危険で陰湿というイメージばかり先行していますが、特に毒魔法兵器には強い可能性を感じますね。」
「確かに不人気な分野というイメージはあるね。実際僕もトキシマム<毒殺魔法Lv3>までしか使えないんだ。」
「そこまで使えるのは十分すごいと思いますよ…。オレなんて苦手な雷魔法はゼル<電撃魔法Lv1>すら使えませんからね。」
「はは、その年でLv5魔法を使えるんだろ。十分さ。僕みたいなマニアはついつい色んな魔法を習得しようとしがちだけど、実戦では一点突破型の方が強いと言われるしね。」
「確かに伝説の魔法使いでも、Lv5魔法を三種類しか使えなかったのは有名な話ですもんね。彼は戦場において数々の功績を立てた歴戦の猛者です。でも、店長さんみたいに魔法の研究してる人は、やっぱり多種多様な魔法に精通しているほうが格好いいですよ。」
「ははは、うれしいこと言ってくれるじゃない!って待て。もうこんな時間か。」
「あれっ?マジですか。」
やはりオレも魔法オタクである。ついつい時間を忘れて熱中してしまった。やはり知識のある人との談義は楽しい。
「じゃあ、そろそろ行きますかね。購入手続きも済んだことだし。」
「あれ、もう行っちゃうのかい。僕はまだ時間があるよ。」
「ははは、日が暮れちゃいますよ。」
(それに、とっとと退散した方が正体バレるリスクも減るしな。)
「残念だなあ。まあこの街寄ることあったらまた来てよ。」
「……そうっすねえ。」
本当は、もう店長と会うこともないだろう。裏切り者の辛いところである。
「どうもーこんにちはー!!」
しかし、突然鳴り響いた馬鹿でかい声が、しんみりとした気分をぶち壊した。うるせえ。
「あら、憲兵さんじゃない。」
「憲兵?」
こいつの顔、見覚えがあるような……。
「どうもどうも。今日もいい天気ですねえ。」
(このうざったらしい感じ……。思い出したぜ。朝の無能憲兵か。)
不愉快な奴に再会したものである。オレは昔から、こういうくどいノリの奴が苦手なのだ。学生時代、散々嫌な思いをさせられた。
「それで、急に何の用だい?」
「実はですねえ、手配書がさっき首都の方から届きまして。なんと凶悪犯が、この街に 潜伏している可能性が高いのですよ。」
「なんだって?凶悪犯か……。」
(…………。)
流石にオレのわけはない。オレがこの街に戻ってくるなんて思いもよらないはずだ。しかし、それでもやはり、どこかいたたまれない気分になってくる。
「じゃあ、オレはこれで……。」
「あっ、ちょっと待ってください!」
とっとと行こうとしたのに、呼び止められた。
「何です?少し急いでるんですよ。」
「まあまあ、すぐ終わりますから。ねっ!?」
やはりこのノリは苦手だ。暑苦しいし強引である。しかしここで無理に出ていこうとしれば、かえって怪しく見られる可能性がある。そいつは避けたい。
「……分かったよ。それで、何の用件だ?」
「実はですね。この手配書の人物、『冒険者』なんですよ。ほら、冒険者って横のつながりが強いじゃないですか。だからもしかしたらこの人物について、何か手掛かりを知っていないかなあ…と。」
「冒険者か……。」
嫌なこと言うものである。心臓の鼓動が早まってくる。
「へえ、どんな奴なんだい。僕も元冒険者だから、情報を提供できるかも。」
詮索好きな店長が興味を示した。まあ、読めてたことだが。
「おお、是非お願いします。なんでもシグ・マドセンという勇者のパーティーに所属していた人物なのですが、彼に反逆して魔族へ寝返ったらしいんですよ。とんでもない話ですよね。」
(えっ!!?)
背筋が凍る思いだ。顔から血の気が引いていく。シグ・マドセン……どうして今その名が?あの忌々しい、オレを追放した勇者の本名が!?今までの道中で何故かオレの手配書を見ていなかったが、今届いたのか!?最高に嫌なタイミング……。変装をしているとはいえ、今のオレは平静を保てているのか?マズイかもしれない……。
「シグ・マドセン……。」
店長はその名を聞き腕を組み、眉間に皺を寄せ始めた。
(な、なんだよ……?)
「……思い出した、思い出したぞ!昔の常連で、ニトロ・パンプキンという子がいたんだ!!五年ほど前までよく来ていたんだが、ある勇者と旅に出て以降来なくなったんだよ。そして彼と共に旅立った勇者の名前が、確かシグ・マドセンだったんだよ!」
「ほう、奇妙な偶然ですな。」
(…………まさか、店長。)
「そして、もう一つ。そのニトロ君はね、そこの冒険者君と雰囲気や仕草がよく似ていたんだ。だから君が店に入ってきたとき、久し振りと言ってしまったんだろう。」
「へ、へえー……。」
店長のオレを見つめる目は、何か言いたげに感じられた。おそらく、猜疑の念……。なんということだ。このクソ憲兵、とんでもないタイミングで入ってきやがった!!「シグ」の名ががきっかけで、オレの正体に勘付いたのか!?
「なるほどねえ……。」
警官がネットリとした目つきでオレを見てくる。万事休すか!?おそらく半信半疑でも、疑念を晴らす努力はさせられる。そして今のオレにそれは……。
(クソ……、こうなったら戦うしかねえ……。)
「でもねえ、違うんですよ。幸いなことに、彼の方じゃないみたいなんです。手配書の名はね、スイカ・リービッヒとなっているんですよ。」
「……ふぇっ?」
「ほら、こんな顔の奴ですよ。」
おそるおそる手配書を覗き込むと、安堵と衝撃とが同時にやってきた。
なんということだ…!?理解が追い付かない。そこに描かれていたのは、賢者さんの顔だったのである!
(なんでそっちが手配されてるんだよ!!)
「……可愛い子だねえ。そんな大罪を犯すような子にはとても見えないな。」
「そうですか?だらしない駄肉がついていて、好みじゃないですね。」
「……君とは美味い酒が呑めないかもね。」
完全に同感であるが、そんなことはどうでもいい。一体どうして、オレではなく賢者さんが……?さっぱり分からない。
「……で、何か気づいたこととかはあります?」
「いーや、全くないなあ。ちょっと若すぎるよ。」
「……私もですね。」
「そうですか。残念ですねぇ。」
嘘である。先日ガチ勝負し合った相手である。まあ言ってやるわけないが。
「じゃあ、もう行きますわ」
「あっ、どうもありがとうございます。」
「また来ておくれよ。」
「ははっ、どうもォ……。」
我ながら、乾いた返事だった。
外に出てそよ風に吹かれていると、ようやく気持ちが落ち着いてきた。とても涼しく感じられる。しかし、謎は解けないままだ。何か手掛かりが欲しい。
(そう言えばあの憲兵、賢者さんがこの街に潜伏している可能性が高いって言ってたな。それってヒントにならないか……。いや、しかし……。
「……って、あれ?」
視界の端に、やたらスタイルのいい女性が映ったような。あとどこか見覚えがあるような……。
「……。」
一回目をこすってもう一度見てみるが、やはり見間違いではない。
(いや、まさかな……。)
自分でも半信半疑だったが、確かめずにはいられなかった。
(あとを追ってみるか……。)
雑踏に揉まれながら、オレは必死に少女を追う。彼女が足早に歩くので、見失いそうになるが、かろうじて食らいつく。おそらく、その正体は……。
(ん?)
気のせいだろうか。少女の歩くペースが急に遅くなったような。
(妙だな……。)
捕捉しやすくなるのは幸運だが、少し違和感を覚える。
少女は少しずつ、人気のない裏路地の方へと進んでいった。年頃の娘の来るような場所ではない。また人の密度が減る分、尾行がしづらくなってくる……。ちょっと厄介だ。
そして、裏路地の角の一つを少女が曲がる。オレも慎重に追うが……。
(なっ!?)
少女の姿は見えなくなっていた。
(い、いつの間に!?)
オレは、一瞬混乱してしまった。しかし、すぐに思い出す。
(冷静になれ……。オレの予想が正しければ……。)
「そこだ!!」
振り向きざまに、微弱な攻撃魔法を放つ。その先には何もない。しかし……
「……見破られたか。」
魔力の壁が突然現れ、オレの攻撃を防ぐ。そして何もなかった…かのように見えた空間に、一つの影が浮かび上がる。
「どうしてここにいるのかしら?」
「そいつはオレのセリフだよ。」
変装はしているが、口調と体型で分かる。まさか忘れるわけもない。
「……ストーカー?」
「まあ、疑われてもしゃあないか。」
国家反逆罪で手配中の危険人物であり、オレの逢いたい人でもある。――女賢者スイカ・リービッヒである。




