空いた机
黒金小学校5年1組に転入してきた市川杏里。彼女の身に起こった悲劇とは?
パパの転勤で、黒金市に引越してきた私。
「大丈夫か? ほんとに」
「うん。もうパパなんていなくても平気だよ」若干の不安はあるものの、心配性なパパを見送り、私はひとりで黒金小学校へと向かった。
転入する前に、一度来ている事もあって迷う事はなかったけど···
「はぁ、疲れた」歩いてくると程々の距離がある。
「どうぞ。暑かったでしょ?」と事務の方に冷たい麦茶を貰って、乾いた喉を潤す。
「もうすぐ担任の先生くるからね。暫くここで、待っててね」
「あ、はい!」
いっけなぁい!いるの忘れててお茶飲んじゃってた!
その事務員さんが、応接室を出るとパタパタと音がして、
「おはようございます。市川杏里さん。お父様は?」紺色のスーツに銀のフレームの眼鏡を掛けた森口先生が、私がひとりでいるのを不思議に思って聞いてきた。
「仕事です。今日は、朝から会議があるとかで···」そう言うと少し困った顔をしていたが、
「仕方ありませんね。ついてきて下さい」と言い、先生の後に付いて行く。
教室は、この4階建て校舎の最上階。この学校東と西の間の真ん中にも階段があって、5年の教室は東側の階段から行くと近い。
まだ廊下で騒いでいる生徒もいたけど、どの子も教室に入ろうとせず、
「あ、先生。おはよー」と明るく手を振ったりしながら、其々の教室に入っていった。
ガラッと先生が、ドアを開けると、
「げ、来やがった」
「あ、先生きたぁ!」等と言っては、慌ただしく席につくも、席につかない生徒もいたり。
「松阪くん、席に着きなさい」と言っても、机にすわって窓から外を眺めている松阪くんとあろう生徒は、チラッと先生を見て、小さく笑った。
「はいーはいっと。着けばいいんだろ? 着けば」
「······。」
「暫く、ここで待ってて下さい」とドアが閉まり、廊下で数分待たされ、
「どうぞ···」の合図で教室の中に入る。
ひぇーっ。ほぼ全員こっち見てるよ、見てるー。パパの転勤上、転校もこれで4度目だけど、これだけは慣れないや···
なるべく音を立てないように、教壇に立っても古いのかギシッギシッと音がした。
「今日から、きみたちの新しいお友達になる···さっ···」
「おはようございます。市川杏里です。熊切小学校から来ました。宜しくお願いします」と簡単に自己紹介を言って、頭を下げる。
「席は···。あー、あそこか」森口先生は、教室をグルッと見回すと、なんか小さく言っていたが、
「小関くん。その机、後ろに下げてくれないか?」と言った後に、
「市川さん。あなたは、あの窓側の席に座って下さい」と指を指し、私はランドセルを持ってその席に座った。
「えーと、棚倉さん!」
「はい···」私の斜め前の席の可愛い女の子が、顔をあげた。
「今日だけ、後ろに下がって下さい」
「はぁい」立ち上がった棚倉さんという女の子は、笑って私の隣の空いたスペースに机を移動させ、
「よろしくね」と言って、席に座った。
1時間目の授業は、国語で森口先生の担当。前の学校とは、教科書が違うから棚倉さんと机をくっつけて授業を受ける。
「あの先生ね、今年新卒なんだよ」と小さな声で話してくれた。
休み時間になると、私の周りは女の子だらけで、男の子達は遠くからその光景を眺めては、色々と喋っていた。
給食の時間になると、班ごとに分かれるのは、どこの小学校も同じで···
「ね、あの子は?」と一人だけ給食のトレイを持って廊下に出てった女の子を指差すと、棚倉さんは、
「どの子? 誰かいた?」と言った。
「見えなかった? さっき···」
「おーい、そこの女! 早くこんとなくなるぞ」と配膳係の男の子に言われ慌てて、トレイを受け取って、席に着いた。
いたんだけどな。ちゃんと。長い髪をお下げにして、秋らしく少し茶色の可愛いワンピースを着ていた女の子。
給食の時間も、取り調べみたいに色々と聞かれた。
「なんだ、お前んとこも母ちゃんいねーのか」と班の中で一番早く給食を食べ終わった小貫くんという男の子が、水筒からお茶を出して飲みながら言った。
「まぁ、どのクラスにもいるって。片親なんて···。うちは、去年までそうだったもん」と棚倉さんが言った。
確かに、前の学校でも何人かいた。
食べ終えたトレイを返し、ゾロゾロと学校の中を案内された。
「ここ図書室なんだけど···」と棚倉さんが、静かにドアを開けると、中はとても広く教室3つ分あると聞かされた。
ここ凄い。こんなに広いとこ、初めて!本が大好きな私は、少し落ち着いてからまた来ようと思った。
昼休みが、終わり教室に戻ると、掃除の時間で私は棚倉さん達と一緒に教室の掃除だった。
机の上に椅子を乗せて、後ろへと運びながら半分ずつ掃除していく。
···のはいいんだけど。
教室の隅で、ただ立っている女の子がいた。茶色のワンピースを着たお下げの女の子。
「棚倉さん? あの子」と言えば、
「どの子? どこにもいないよ?」と返す。
その女の子は、俯いたままただスカートとギュッと握りしめていて、掃除が終わるとプイッと何処かへ行ってしまった。
「杏里ちゃん! 何してるの?」と横山さんが、私の肩を叩きながら言ったから、さっきの女の子の事を話したら、
「忘れて。杏里ちゃんは、何も見てないの! ねっ!」と慌てながらも小さく言って自分の席に戻っていった。
帰りの会が終わって、帰り道が不安だろうと思った森口先生に頼まれた松阪くんが、嫌そうな顔をしながらも私を自宅まで送ってくれた。
「ありがとう」
「うん」たった一言、言葉を交わし彼は隣の家へ入って行った。
隣だったんだ。でも、隣に子供いたのかな?挨拶にいった時、お婆ちゃんが出てきたし、何も言ってなかったのを思い出した。
「はっ! パパにメール送らないと。またうるさくなる!」
慌てて家に入ると、充電しておいた携帯から、パパに今日の事を話したついでに、しっかりお土産も頼んだ私。
翌日は、疲れる事なく学校に行けたけど、昨日みた女の子は、居なかった。
その次の日も、そのまた次の日も···
でも、この時の私には、まだわからなかった。あのクラスで、いま何が起きているのかを···
官能的要素を入れないようにするのは、かなりきついけど、2話目も頑張って書きます。