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必滅の銀銃

「初めてですね、結婚してからあなたと私だけでデートなんて」

「言われてみるとそうだったかもな」


 石畳の敷き詰められた街道を歩きながら、カトレアはベルズの腕に抱き着いて興奮気味にそう言う。

 ベルズの住む島から小舟で海を渡り、南東方面へしばらく進んだ先の大陸の街へとやってきている。ディオネアは当然として、リギアも留守番だ。イガリスは当然のような顔をして「なんか美味いもの買ってこいッス」と言っていたので、ベルズはその辺の石でも拾って帰ろうと心に決めている。

 リギア自身は一緒に買い物へ行きたい様子ではあったが、不完全な不死であるリギアは島の外へと出られないのだ。出ようとすれば再びただの死体に戻ってしまう。

 ディオネアが言うにはリギアの不死は大地に宿った魔力を吸い上げる事によって実現されているものらしい。ベルズにはよくわからなかったが、つまりあの岩から遠く離れすぎると死ぬという事だ。

 だがそんなものベルズにとってはどうでもいい。カトレアとふたりっきりであるというのが今もっとも重要なことなのだ。


「静かで、いい所ですね」

「……静かすぎる気がするんだよなぁ」


 かれこれ二十分ほど街並を練り歩いているが、その間誰ともすれ違うことはなかった。見たところ大きめの規模の街であるはずなので、非常に不自然だ。

 人がいないわけではなさそうだ。頻繁にベルズの視界に人間が現れるのだが、向こうがベルズに気付くと踵を返して走っていくのだ。

 人に会えない分には問題ではない。主目的はカトレアの新しい服だから。服屋さえ見つかればそれでいい。

 そう思ってもいたのだが、どこへ行っても店はすでに閉店している。真昼間だというのにだ。

 こうなるのを避けるために以前訪れた際顔を見られていたかもしれない、と考慮してカトレアが前まで住んでいた場所からは遠く離れた街へとやって来たのだが、駄目だった。想像以上にベルズの名が広く知れ渡っているのだろうか。

 またしばらく歩き続け、服屋を見つける。が、そこもすでに店じまいしている。


「このままだと服すら買えなさそうだな」

「また今度来ましょうか? 私、あの服のままでもいいですよ」

「もうすぐ冬だぞ。あんな格好絶対風邪引くだろうし、いつ来てもこんなだろうよ」


 偶然にも、今日がなんらかの祝いの日でどこの店もやっていないというのもありえないわけではないが、それでは誰ともすれ違いすらしないのは説明がつかない。きっと、いるにはいるのだろう。


「よし、ぶち破って入ってみるか」

「それはやめておけ」


 どこも閉店状態なことに痺れを切らしたベルズはドアを破壊して中に入ろうとするが、その直後最近よく聞く声が聞こえた。今のベルズには到底聞き逃せない声だ。

 振り返ると、薄暗い路地からビスクが現れた。そして、なぜかその腕の中に自らの腰の辺りまでしかないであろう背丈の少年を抱いている。


「皆お前を恐れて閉じこもっているのだ。そう刺激してやるな」

「お前が俺の事触れ回ってでもくれたのか? にしてはビビられすぎてると思うが……まったく、いくら何度も殺された相手だからって嘘を振りまくのは良くないと思うがな」

「馬鹿を言え。ありのままを広めた結果がこれだ」


 ベルズの訪れる場所へ先回りしたのか偶然ビスクのいた街へと訪れてしまったのか、どうやらこの街はベルズの悪評で溢れかえっているらしい。どおりで誰もが逃げ帰っていくわけだ、とベルズは納得した。


「それで、ビスクさんが腕に抱いてるその子は一体? ……あっ、もしかして息子さんですか? いいなあ、だとしたらちょっと羨ましいですね、あなた」

「え……いや、まあな……」


 カトレアの言葉に、ベルズは曖昧な答えを返す。なんであんな子供を抱いているのかは気になっていたが、今そこに触れられるとは思わずやや動揺気味だ。

 ベルズとカトレアの間には子供ができない。種族による問題ではなく、不死になってしまった事による弊害だ。

 どんな手段で体液を体内に注いでも、そのまま体に吸収されて魔力へと変換されてしまうのだ。

 なぜそうなってしまうのか詳しくは分からないが、ともかくビスクの抱いているのが血の繋がった息子だというのであれば、確かにそれは羨ましい。


「違うさ、この子は私の一夜限りの恋人だ」

「ヘッ、いい趣味してやがるな。ガキにしか欲情できないってか?」

「フフフ。改めて言うと照れくさいが、そんなところだ。私は性に関して何の知識も持っていないような小さな男の子にしか性的興奮を覚えないし、そういう子をめちゃくちゃに汚してやりたいと思っている」

「……そ、そうか」


 何の臆面もなく答えられ、流石のベルズもたじろいだ。抱かれた子供はビスクの言葉を意味を理解しておらず、首を傾げている。

 とても勇者を名乗るような人間の趣味とは思えないが、まあ、いいだろう。


「カトレア」

「はい」


 下らないお喋りはここまでとして、ベルズはビスクを殺すつもりでいた。以前カトレアを傷付けられた恨みを忘れてはいないし晴らしてもいない。体内から形成したハーヴェスト・ブルーの柄を握り、構える。


「私の夫はいつも私より女の子らしいかわいい声でですね……」

「カトレア?」

「んむむ」


 が、カトレアは何かの勘違いをしていたらしく、何かの自慢を始めた。なんの自慢なのかはベルズはよーく分かっているが、いや良く分かっているからこそそれ以上は言わせない。空いている方の手でカトレアの口を塞ぐ。


「そうじゃない、そういうのじゃなくて、アイツを殺すんだって」

「あ……そうなんですか。すみません、ここはあなたのことを自慢した方がいいのかなって思いまして」

「うん……それはまた俺達だけの時にしような?」


 ベルズとカトレアの二名だけの状況で誰に対して自慢できるのかは知らないが、他の誰かに聞かせるよりはマシだとベルズは思う。というか、聞かれると恥ずかしい。


「私を殺すつもりのようだが、それもやめておいた方がいい」

「なーんか強気だな。お前が死ぬより先に俺を殺せる自信でもあるってか?」

「ああ、そんなところだ」


 ベルズの問いに頷くと、ビスクの現れた路地からもう一つの人影が現れる。

 白銀に輝く銃身の、非常にシンプルなデザインの銃。それを両手で構えた男が、銃口をベルズへと向けている。

 ビスクとベルズの間に立った男は初めて人に銃を向けでもしたのか、手は若干震え、緊張と怯えが入り混じったような表情であった。


「……これがその自信の源ってか? どう見たって素人だぞ。当たるかどうかもわかったもんじゃねえ。まあ、何発当てられた所で俺は殺せないだろうが」

「いいや、一発で十分だ。一発当たれば、それで貴様はこの世から消え去る」

「へえ、大した自信だな」


 断言してみせたビスクに、ベルズは不敵な笑みを返す。きっとあの男が持つ銃はとてつもない魔力か呪いを込められた品に違いない。

 だが、どんな力を以てしてもベルズを、そしてカトレアを殺す事はできないだろう。

 ベルズ達の不死は、呪いだ。いかなる力を叩きつけ、欠片さえ残さず粉砕しようと瞬時に再生する。痛みは消せないものの、物理的に死をもたらすことはできないだろう。

 そして精神的にも死ぬことはない。胸に巨大な穴を開けられ、その激痛と呼吸が困難な状況に耐えながら平然と振る舞うディオネアを見ていた内にベルズは理解した。死んでも再生するのは肉体だけではなく心もなのだと。

 肉体も精神も壊れることがないと知ったベルズは、ではどうしたらこの世から消えられるのかを考えた。が、思考した案は結局失敗に終わることとなる。

 試しに、過去へと戻って不死になる前のディオネアを殺害しようとしてみた。全能神の力の一部を取り込んだので、時間を遡る程度は簡単に行えた。

 だが、ディオネアに接触しようとした瞬間、現在の時間へと押し戻されてしまった。直接殺すことができないとすぐに察し、間接的に殺す方法を試した。が、それらも全て失敗。いかなる方法を取ろうとディオネアが死ぬ結果にはならないか、全てを無かったことにして現在に戻されるかのどちらかだ。

 つまり、これは呪いなのだ。いかなる方法を取ろうと不死となったベルズ達は絶対に死ぬことが、消えることができないという、正真正銘の不死。

 それをビスクに教えた覚えなどないので、当然知りはしないのだろう。何をしようがベルズを消すなど不可能なのだと。

 だから、ベルズは両腕を大きく広げ、その銃弾を受け止める姿勢を見せた。


「いいぜ、本当に俺を消せるか試させてやる」

「言ったな。後悔させて……いや、できないか。なにせ当たればお前は消えるのだから」


 避けないと宣言をしたベルズに、ビスクは微塵も不安など覚える様子も見せずに更に挑発さえしてみせる。

 白金の銃を持った男は振り返り、ビスクが頷いたのを見て決心したように引き金に指をかけた。

 銃弾が発射されるかと思いきや直前に、ベルズは腕を引っ張られた。

 いつもは笑顔を振りまいているカトレアが、不安げな様子でベルズの腕を掴んだのだ。


「あ、あの……やめませんか? もしもあなたが本当に消えてしまったらと思うと私、どうするかわかりません」

「心配するなって。何があろうと俺は死なない。もちろんカトレアもだ」

「そう、なんでしょうけれど」


 カトレアの手を取り、言い聞かせるようにベルズが言うもカトレアの顔は翳ったままだった。

 ベルズとカトレアのやり取りを見て、それを余裕の表れとでも受け取ったのか、少年を抱くビスクの腕に力がこもる。


「ただの脅し文句だとでも思っているのか? だとすればそれは違うぞッ! この銃の名はイレースシューター、古代遺跡より発掘され失われし技術で創られた、強大なる力を込められた銃だッ!」

「へえ」

「当たれば消えると言ったのも誇張などではなく、命あるものがその銃弾に当たれば跡形もなく消滅するのだッ! ……まあ、強大な力の代償として銃を撃った者もまた命の全てを使い果たして死に、消滅するのだが」

「だからソイツはいつまで経っても引き金を引けないと」


 ビスクの言葉を聞いていたベルズはイレースシューターを持った男がなぜいつまでも銃を構えたまま撃たずにいるのか疑問だったが、解決した。撃てば死ぬと分かっているので撃ちたくないのだろう。

 なぜこの男が撃てば死ぬような銃を持たされているかの経緯まではベルズも知る由はないが、先ほどよりも体の震えは大きくなり瞳にも大きく恐怖が浮かんでいる様子を見るに、きっと撃てはしないだろうと確信する。


「それはそれとして、やけにその銃について詳しいことで」

「フッ、なにせ発掘したのはこの私だし、撃ってその力を確かめたのもこの私だからな! 詳しいことなど当然だッ!」

「……へえ、それはいいことを聞いた」

「あっ、あなた……」


 ベルズはニヤリと笑う。カトレアの手をほどき、イレースシューターを構えた男へと一直線に歩いていく。

 カトレアは今も不安げな表情のままだが、もはや何の心配もする必要はない。ビスク本人が言って聞かせたように、撃てば死にはするがそれは世界からの完全消滅を意味するものではないのだ。撃たれた側も似たようなものだろう。


「ひっ、く、来るなぁ!!」

「あなた!」


 ベルズが手を伸ばした瞬間、撃てないだろうと思っていた男がその引き金を引いた。

 それと同時に金属同士が擦れ合うような音を響かせて打ち出された銃弾がベルズの顔面を打ち抜く。

 全身をすり潰されるような痛みが一瞬身体を覆ったが、カトレアの叫びがベルズの耳に届くよりも早くその痛みは消える。そして、どれだけ待とうとベルズの身体が消滅することはなかった。

 カタンと音を立ててイレースシューターが石畳の上に落ちる。先程までそれを持っていたはずの男はまるで元よりこの世界に存在しなかったかのように跡形もなく消え去っていた。


「なッ、確かにイレースシューターで撃たれたはず……なぜ消えない!?」

「それはやっぱり、俺が不死だから、かな?」


 完全に自身の優位が崩れ去ったと見たビスクは、腕に抱いていた少年を下ろして路地の奥へと逃げるよう促した。

 そして少年の駆けていく路地の前に立ちはだかる姿を見て、一応勇者を名乗るだけの所もあるんだなと感心しながらベルズは所持者の消えたイレースシューターを拾い上げる。


「ッ、貴様、撃つ気か、それを」

「さっきまではどうするか悩んでたんだがな、撃ってもお前がこの世から消えるわけじゃないと知ったおかげで今は安心して撃てるよ」


 銃口をビスクに向ける。そう大きく距離があるわけではないので斬りかかろうとすれば容易に届く距離だが、ベルズが引き金を引く方が早いだろう。


「忘れてないよな、お前を何度も殺してやるって言ったの。とりあえず、今回はこれでな」

「貴様――!!」


 ビスクの体が動いた瞬間、ベルズは引き金を引いた。金属の擦れる音が響き、打ち出された銃弾はビスクの肩を打ち抜くと、直後にびくりと震え、全身が粒子となって砂が崩れるように消えてなくなっていった。

 その場には最初から二名だけだったかのように、ベルズとカトレアだけが残された。

 手にしたイレースシューターを銀の体液で包み込み体内にしまうと、ベルズはカトレアに向かって何事もなかったかのように振り返る。


「さて、買い物の続きをしないとな」

「……はい!」

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