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不滅の勇者

「あんまり私以外の女性と仲良くしないでほしいです……」


 手をつないでベルズの家に戻る最中に、カトレアはふてくされ気味にそう言った。

 タイミング的に酒場での事を言っているのだろうが、特に誰かと友好的に接した覚えはないのでベルズはなんと返したものか戸惑っている。

 それに気が付いたカトレアは慌てて両手を振って発言を取り消そうとする。


「あ、違うんです、あなたに何かを強制したいわけではなくって」

「いや、いいよ。カトレアはあんまり我を出してくれないからな、遠慮しないで我がまま言ってくれよ。俺達夫婦なんだからさ」


 カトレアが自身に何かを求めてくることをベルズは待っていた。しかし結婚してからほとんどそういったことをカトレアはしなかった。

 夫婦という対等な立場にいるのだからもっと自身に要求をしてほしいと思っていたベルズは、たまに出すカトレアの希望を見逃しはしない。


「そう言ってくださるのでしたら、お言葉に甘えます。私以外の女の子と仲良くしたらダメですからねっ。あ、リギアちゃんは例外ですよ。私たちの娘みたいなものですから。それとディオネアさんもお話するくらいならいいと思います」

「ディオネアと仲良くする気はないんだが……いや待て、イリスはどうした。お前の友達じゃないのか?」

「あの子は不死じゃないので、私でもどうにかできるので好きにしていただいていいです」

「……そっか。じゃあ、そういうことにしておくよ」


 ベルズの言葉を聞き、カトレアはいつものように楽しそうな笑みを見せた。

 イリスはカトレアの友達だったはずだが、だいぶドライな対応を決めているのがベルズは少し気にかかる。


「待て!」


 呼び止める声にベルズとカトレアが振り返ると、そこにはビスクが鞘から抜かれた剣を持って立っていた。相変わらず鎧は着けていないままだ。


「何だ、もしかしてまだ俺とお喋りでもしたいのか?」

「ほざけ。私は組合建設のためだけにここに来たのではない。ベルズ、今度こそ貴様の命を絶つためだ」

「ああ、まだ諦めてなかったのか」


 嘲笑まじりにベルズはそう言った。ビスクにはまだベルズ達が不死であるという情報がないのだろうか。

 何にせよ、ビスクの自信に満ち溢れる表情を崩してやりたくなったベルズは両手を大きく広げ、彼女と向かい合った。


「じゃあせっかくだ、一発俺に当てさせてやるよ」


 逃げるでも先手を取って襲い掛かるでもなく一撃を受ける宣言をしたベルズに、ビスクは困惑と驚愕を隠しきれていない。が、すぐにそれらの感情を振り払い、剣を構え直した。


「……後悔させてやろう」

「できるかなあ、できるものなら是非ともさせてみてほしいもんだ」


 ビスクは大きく剣を振りかぶった。どんな技を披露するつもりかは知らないが、ベルズにはそれが届かないという絶対の自信がある。

 分かたれた一部とはいえ神を喰らったベルズは、本来であれば触れられないものに触れることができるようになった。何もない空間や並行世界を隔てる壁や、その他多数。

 壁に触れ、その一部を自らの能力で食い破り穴を開ける事によって別の世界へと容易に渡る事ができるようになったベルズは、不死となり容量の限界がなくなったのを有効活用するために別世界を喰らった。

 結果、惑星を喰らい宇宙を喰らい、さらにその先へ存在する全てを喰らった。そしてそのまま無数に存在する並行世界を喰らい、喰らい、喰らい。

 今もなお、植物の根が伸びるように枝分かれしながら銀の触手が数多の世界を喰らい続けている。それはつまり、ベルズを守る鎧もまた強固になり続けているということだ。

 ベルズの全身は幕のように圧縮された無数の宇宙空間が覆っている。どれだけ凝視しようとそれを見ることはできないが、確かにベルズの身を守っている。

 この鎧を纏った状態でベルズに攻撃を当てようとしても、武器が空間を進んで行く感覚はあるのに実際には微動だにしない状態で直撃寸前の位置で止まっているような姿にしかならない。

 仮に光と同等の速度で攻撃ができたとしても、万をゆうに超える宇宙空間を突破できるはずがない。ベルズが鎧を纏っていない限り、攻撃を当てるのは不可能と考えていいだろう。

 余裕の態度も当然といった所だろう。鎧を纏ったベルズにはいかなる攻撃も意味をなさないのだから。

 だが、その余裕は今、崩されることになる。


「我が神断ちの一閃を受けるがいいッ!!」


 振り下ろされたビスクの剣は斜めの軌道で振り抜かれる。が、距離を詰めるでもなく、ベルズとビスクとの間には5メートル程度の距離があり、到底切っ先すらも届きはしない。

 当然、ベルズの鎧を貫くこともできるはずがなく、それで終わりだ。流石に笑いを堪え切れない。


「っ、ハハ、何だよそれ。ちょっと手が光ったように見えたけど、それだけか? あははは、夜道を照らすのに随分と便利そうで……」


 腹を抱え、後ろに軽くのけ反ったベルズは上半身が背中から大地に叩きつけられる。

 それから、自分の足は今も大地に立っているのが目に入った。


「……? 何をしやがった?」


 状況を理解できず、しばらく自身の下半身を見つめていたベルズは、かなりの間を開けてから疑問を口にした。


「答えよう。今のは私が勇者となり生み出した奥義、神断ちの一閃。全ての守りを無視し、私の視界に映る敵を両断する技だ。貴様がどんな守護を受けているのかは知らなかったが、効いてくれて一安心といったところか」

「……ははっ、俺が言えた義理じゃねえけど、卑怯臭い攻撃だことで」


 ベルズの鎧が何の意味も成さないというのは予想すらしていなかった。しかし真っ二つにされたからといってベルズが死ぬようなことにはならない。不死なのだから、死んだとしても蘇る。

 一度上半身を銀の液体に戻し、直立状態の足から這い上がっていき、元の形を形成する。これでベルズは元通りだ。


「それにしても、視界に映った敵を全てな……」


 呟きながら、ベルズはおもむろに振り返る。そこにいたカトレアは、腹部が見えた格好になっていた。

 ビスクの一閃で衣服を切断されたらしく、綺麗な白い肌と臍が日の光を浴びている。

 ベルズから視線を向けられているのに気付くと、カトレアはサッとお腹を両手で覆い隠した。


「は、恥ずかしいです……」


 ベルズはそれも可愛いと思う。

 だが、それよりも先にカトレアの服がそのような状態になっているという事は。傷はすでにないが、赤い液体がカトレアの腹に付着しているということは。


「ビスク」

「そう簡単には死なない、か。確かにこれはまた卑怯な力を使う」

「お前殺しても生き返るんだったよな、そこは俺、嬉しいと思うよ」

「……? なんだ急に。どういう意味だ」


 体内からハーヴェスト・ブルーを取り出し、ベルズはすさまじい速度で走り抜ける。疑問を抱いたビスクに反応させる暇すら与えるつもりはない。


「殺してもまた殺せるんだもんな。俺の妻を傷つけた罪、一回二回殺されたくらいで済ませられると思うなよ」


 横薙ぎにビスクの足を大鎌が狙う。が、その一撃はビスクの見切れる範囲だったらしく、剣で防がれる。

 いや、防げない。ハーヴェスト・ブルーを止めたかに思われた剣はゼリーのごとく両断され、そのままビスクの両足を切り裂いた。支えを失い、ビスクは仰向けに倒れる。


「っ、おのれ……!」

「一回目は輪切りでいくか」


 そう宣言して、ベルズは切断した足の先から5センチずつ、大鎌で切り飛ばしていった。

 その間、ビスクは苦悶の表情すらも見せなかった。痛覚などないかのように平然とした態度で、逃げようとすらしない。


「ふ、フフ。泣き叫ぶのを期待したか? 悪いが、そこまで貴様の思い通りには、してやらないさ」

「知ったことじゃないな、これからはお前の姿を見つけ次第俺が飽きるまで殺してやる」


 腰の上あたりまで斬ったところで、ビスクの体は突如光に包まれて消えた。結局、最後まで悲鳴を上げたりはしないままだった。

 ビスクが消え去ったのを確認すると、ベルズはハーヴェスト・ブルーをしまい、カトレアに駆け寄った。


「カトレア、怪我は?」

「大丈夫、もうないですよ」

「もう、な……」


 カトレアもベルズと同じく不死だ。どんな傷であっても立ちどころに治るし、何が起ころうと決して死ぬことはない。

 だが、痛くないわけではない。ベルズには痛覚などほとんどないが、カトレアは斬られれば当然痛いはずなのだ。そんなカトレアに、妻に傷を負わせてしまったのを、ベルズは酷く後悔する。ビスクの目論見通りだ。


「服、新しいの買わないとな」

「服……ええ、ええ! はいその通りです! 行きましょう! 一緒にお買い物!」

「え? お、おう」


 小さく呟いたベルズの言葉に、カトレアは想像以上の反応を見せた。目を輝かせてすらいる。


「お買い物っていうことは島の外ですもんね、うふふ、楽しみですね、デート」

「デート? ……ああ、確かにそうなるのかな」


 カトレアのテンションが高まった理由にようやく合点がいった。確かにカトレアからしてみれば、ベルズとのデートの口実にはぴったりだろう。

 そして、思い出してみればベルズはここ最近カトレアとデートをした覚えもない。というか島の外にすら出ていないのも思い出した。

 ならば、カトレアの言葉を否定する理由などないだろう。


「こういうのって、怪我の功名って言うんですよね」

「そう……かなあ」

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