出張!冒険者組合孤島支部
「それで、イリスはどうしてこの島に来たの?」
「あーやっと聞いてくれましたかそこんとこ! 私も誰かに一人でも多く話したくて話したくてたまんなかったのよ!」
組みかけの酒場らしき店内。隅の方で雑に積み上げられたテーブルは今にも崩れておかしくなさそうだ。食器や何かの用紙などはその隙間に適当に押し込められている。
最優先で作られたのか比較的綺麗なカウンターの席に並んで腰かけたベルズとカトレアの内、カトレアの方がイリスに話を聞く。
本当はベルズが聞こうとしていたのだが、あと一歩で殺されかけたのが記憶に残っているのか話しかけようとするとしどろもどろになるのでその代役だ。旧知の仲ということなのかカトレアに話しかけられたイリスは饒舌である。
この島にやって来る事になった経緯を話がてら慣れた手つきで木製のジョッキを二つ用意し、琥珀色の液体で満たされたそれを二名の前へと叩きつけるように置く。
「私ねー、冒険者組合の受付嬢やってたの! しかも結構いいトコのよ。自分で言うのもなんだけど超優秀で美人で、間違いなく安定した生活が待ってたはずだったの。だけどさー!」
さらにもう一つジョッキを引っ掴むと、二名に出したものと同じ液体を並々と注ぎ、一息で飲み干した。
「なのにさぁ、私お上の話を聞いちゃったわけ。今までの依頼の報酬の五割は手数料として組合が貰ってたんだけど、来月からその割合を八割に増やしてもうっと冒険者を安く使ってこうって」
喋りながら奥へ引っ込み、今度は炒った豆を木皿に満載して戻る。二個か三個ほどずつつまみながら、イリスは更に続ける。
「べっつに私はどうでもよかったんだけどねぇ。割を食うのは私じゃないんだし。お給料もなかなかだし。でも私ってちょっと口が軽いとこあってさー。軽く飲んでたのもあったのかなぁ。言っちゃったわけなのようちに来てた冒険者さんに」
「お酒飲みながらお仕事してたの……?」
「いーのー! 飲食オッケーな職場だったのー! ……そんでね、その話は一気に広まってって、そんなことはしませーんって、すぐ宣言して鎮静化したんだけどー」
「だけど?」
手にしていたジョッキをテーブルに置き、イリスはテーブルに顔を叩きつけるように伏せた。
「根も葉もない噂を広めた罰とかって言われて、こーんな何もない島に左遷されちゃったのー! しかも一人で組合出張所も建てろとか意味わかんないわよー! 手伝ってくれる人がいなかったらどうするつもりだったのよー!!」
叫ぶようにそう言うと、イリスは汚い声で泣き始めた。それをカトレアが撫でて、宥めている。
「そうだったの。それはそれは、いっそ死にたくなるくらい辛かったでしょうね」
「つらいー! ……でも、死にたくはないよ。私生きてるうちはとりあえず諦めないで頑張る事にしてるから!」
「あら、それは残念ね」
「え、残念って何がー?」
イリスの問いには答えず、カトレアはベルズにすまなそうな微笑を向けた。という事はつまり、今のカトレアの言葉はそういう事なのだろう。イリスは首を傾げているが、ベルズは理解した。
「まあ、事情はわかった。カトレアの知り合いという話だし、俺に迷惑をかけない範囲でなら好きにしてくれ」
結論も出たので、ベルズは席を立つ。カトレアもそれに続いて立ち上がる。
「それじゃあ私たちはこれで。一人で建物を作るのは大変でしょうけど、頑張ってね、イリス」
「心配はご無用よ! なんせ一人じゃないからね!」
「……私たちは手伝ったりしないけれど?」
「いやいや、実は私に協力してくれてる人がいるんだよねー」
二名がイリスの言葉に疑問を抱いていると、タイミングを計ったように一人の女性が姿を見せた。
「おいイリス、休むのはいいがそろそろ再開を……」
「あーほらほらこの人! ビスクって言うの!」
ビスクと呼ばれた女、それはこれで三度目の邂逅となる勇者ビスクだった。金鎚と釘を手にした彼女はなぜか鎧は着ておらず、黒のインナーだけの姿だった。
カトレアとベルズの姿を見たビスクは言葉の途中で固まり、それから顔いっぱいに嫌悪感を露わにした。
「よお、あの綺麗な銀色の鎧はどうしたよ」
「……聞きたいか? それは良かった私も後で貴様の所へ行って聞かせてやろうと思っていたからな」
笑顔でベルズが手を上げると、ビスクは手にした金鎚をいつでも振り下ろせるように構えながらズンズン歩み寄る。当然、友好的な感情は一切見受けられない。
「貴様に海へ投げ落とされた時、落下先にあった岩に叩きつけられて鎧は大きく湾曲し、もはや身に付けられる形状を留めていなかったのだ!」
「へえ、災難だったな。だがそれは不幸中の幸いってやつだろ。命があっただけ儲けものじゃないか」
「命は落としたさ! そのあとすぐに怨念魚に飲まれて体内の水死体に掴まれ拘束されて溺れ死んだんだよ! 普通の人間ならそのままあれの一部になっていたぞ!」
「それはそれで海の中を泳げない俺の代わりに俺の分まで泳いでくれれば問題ないよ」
「なんの問題も解決できていない!」
振り上げられた金鎚だが、ベルズと言い争っている間それを振り下ろしたりはしない。どうやら、威嚇のつもりらしい。ベルズには全く効果を発揮していないが。
大声で怒鳴り散らすビスクの剣幕に怯えたのか、イリスはカトレアの後ろに隠れてその光景を見ている。
「え、えっとカトレアあの二人って知り合いなの? あれ止めた方がよかったりする? それとも喧嘩するほど仲が良いとかそういうやつ?」
「知り合いよ。仲が良いとかではないわ。……ですね、あなた? 仲が良かったりはしませんよね、良くないですよね、仲」
「そりゃあこうも敵意むき出しじゃあな。仲良くしろって言われても到底できそうにない」
「こちらの台詞だ、誰が貴様のような異常者と友達になりたがるものか! 私の趣味ではない!」
ビスクは一触即発といった具合にベルズを睨みつけている。まあビスクが何をしようとこの場で死ぬ危険性があるのはせいぜいイリスくらいなのでベルズもカトレアも特に気にした様子は見せないが。
「ま、その無理難題の話は置いておこう。それで、なんでお前はこんなところで出張所だかの建設を手伝ってるんだよ」
「ああっわ、私が説明しまーす!!」
ベルズの問いに一際大きく目を見開いたビスクがとうとう手にした金鎚を振り下ろした瞬間、イリスが大声で手を上げて説明を代わった。
金鎚はベルズの眼前で止まっていた。どうせ当てられはしないとベルズは確信していたので、実に涼しい顔でいる。
「この人は今まで勤めていた支店の常連さんで、私がここへ異動になったと聞いて護衛を買って出てくれたのです! しかも建設作業を私一人でしなくてはならないというのを話したらそれも手伝ってくれたのです! そう、いい人なのです!」
「へえ」
イリスはベルズの方へ言いながらビスクの方をチラチラと見る。どうやら、おだてて矛を収めさせようとしているようだ。
「ところで話を聞いてた限りこいつの上司とやらは「悪」みたいだが、成敗しにいかなくていいのか? 勇者様」
「馬鹿め、ここに来る前に問い正したに決まっているだろう。反省しているらしいから無罪放免だ」
「ははっ、どうやらお前は永久に不滅の勇者みたいだな」
「なんだ急に。私の偉大さが理解できるようにでもなったか?」
イリスの作戦が上手くでもいったのか、ビスクはベルズの皮肉にも軽く返してみせた。
いや、そうではなく皮肉を言われた事に気が付いていないようだ。
一度悪に身を染めた者が反省などするわけがない。仮にこれまでの罪を悔いてその後を善人として歩んでいこうと、過去に犯した罪が消えはしない。どんな理由があろうと、少しでも悪に触れた者は悪のままなのだ。
そんなベルズの考えで行くならば反省など無意味だ。死以外で償う方法などない。いずれまた似たような過ちを犯すだろう。
が、ビスクはそんなことどうでもいいのか本当に理解していないのか、ベルズの言葉を受けて笑っていた。
「……いや、気にするな。いつまでも悪を挫くヒーローでいてくれ」
多分、わかっていないのだろう。呆れかえったベルズはそう言い残して、カトレアの手を取りその場を去る事にした。
「何にせよ酒場の一つくらいなら、さっきも言った通り迷惑しない程度になら自由にしていい。完成したらまた遊びに来るよ」
「あははは……ウチに来る依頼的にはあんまりオススメできないんですけど……あ、ありがとうございます」