昔のともだち
ビスクの再来から三日が過ぎ、その間特に何も起こりはしていなかった。当然、再びビスクがベルズの住むこの島へ来たりもしていない。
以前もビスクが死んで暫くしてからベルズの前にやってきたので、復活には日数を要するか、もしくは離れた場所で復活したかだろう。
その日の朝も何事もなく目を覚ましたベルズは、同じベッドで寝ていたはずのカトレアが隣にいないのに気付く。
首だけを動かして部屋の中を見渡すと、どうやら既に起きていたようだ。熱心に窓から外を眺めている。
「……おはよ、先に起きてたのか」
「おはようございます、あなた。あっ、お目覚めのキスとかしましょうか」
「え、いや、今はいいや……それで、何を見てたんだ?」
提案を断られ「そうですか……」としょんぼり声を上げるカトレアに並び、外を見てみる。
するとベルズの家へ向かい合うように、崖寄りの場所に多数の木材が積み上げられていた。
距離があって正確に何なのかはわからないが、規模としてはちょっとした酒場のような広さの建築物のようだ。いつ建築が始まったのか、半ばほどまで建造が進んでいた。
「なんだ、あれ」
「あれ、気が付きませんでした? おとといの夜くらいから始まってたんですけど、あなたが何も言わないものだからてっきり知っていて放置していたのかと」
「そ……そんな前から?」
謎の建築物がいつから作られ始めたのかをカトレアに聞かされ、ベルズは焦る。まったく気が付いていなかった。
景色を眺めて楽しむという趣味がないにせよ、この二日間まるで何事もないかのように過ごしてしまっていたのだ。
確かにビスクどころか人間一人訪れずいたせいで外に出る事もしなかったが、よもやそこまで気付けないとはベルズ自身も驚いている。
「ま、まあとにかく少し遅れたとはいえ俺の知らない間に何かが建とうとしているのはわかった。とりあえず、何を作る気なのか聞きに行こうじゃないか」
近くまで来て分かったのは、やはりベルズが予想していた通りに酒場らしいという事。一応は建物と呼べる程度に形の整えられた骨組みだけの部屋の奥、おそらくカウンターであろう台の上には多数の木製のジョッキと木皿が積み上げられている。
そしてそのまだまだ未完成な酒場と木材との間を行ったり来たりする一人の少女が、これを完成させようとしている張本人なのだろう。
建築を任されるには若すぎる少女にはベルズも疑問を覚えるが、それはそれとして当初の目的はしっかりと果たす。慌ただしい少女をベルズは呼び止めた。
「おい、そこのお前」
「あー、はいはいなんでしょ、見ての通りまだ準備中で」
髪が汚れないようにするためなのか頭を白いバンダナで覆い給仕服に身を包んだ少女は、ベルズの姿を見て固まった。
その顔に浮かんだ恐怖とも申し訳なさとも取れる表情に、カトレアと同じ程度の背丈のこの少女はベルズがこの島に住んでいる事を知らずに酒場を建てようとしていたわけではないと悟った。
「一応は聞いておこう。……俺の住むここに、何をしようとしてるんだ?」
「は、ひ、いえ、これは、ち、違うんです。ど、どっちかって言うと私も被害者で」
「お前の事情は知らないが、今はこの島に許可なくなんか作られようとしてる俺が被害者なんだがな」
「そ、それは、その……」
オロオロと辺りを見回し、滝のような汗をかきながら少女は、どこか既に死を覚悟したような表情になっていた。
もちろんベルズもその覚悟に応えようとしていた。早速体内からハーヴェスト・ブルーを取り出し、振りかぶろうとするが。
「あ、待ってくださいあなた」
一緒に付いてきていたカトレアに待ったをかけられ、久々の人間というのもあってベルズはいっそ無視して殺そうか迷ったが、既に動きを止めてしまっているので今更「聞こえなかった」とも言い訳できない。仕方なく、大鎌の刃をおろした。
カトレアがベルズの横に並び、ハーヴェスト・ブルーを見せられ、怯えてうずくまった少女を覗き込む。
「で、なんで俺を止めたんだ」
「えっとですね、実はこの子、なんだか知り合いに似てるなって思いまして」
そう言ってまじまじと顔を見つめ、少女の方もカトレアの顔を見ている。
「……え、カトレア?」
「やっぱり。イリスね」
イリスと呼ばれた少女はカトレアの姿を確認すると、恐怖で涙していたのが嘘であるかのように表情に明るさを取り戻した。手を取り合い、再開を喜んでいる。
「うわーカトレアじゃん! 久しぶりー、えっなんでこんな所にいるの? もしかして家出とか?」
「もう、そんなことするわけないでしょ。ちゃんとお父様お母様にお詫びしてここで暮らしてるの」
「えー暮らしてるって、まさか付き合ってたり! するの!? あれと!?」
「私の夫を指さしてあれとか言わないでちょうだい。……そうです、少し前に結婚しました」
「うわーマジかー! 先越されちゃったかー! いーなー結婚!」
兎のようにぴょんぴょん飛び跳ねてはしゃぐイリスとは対照的に、カトレアは実に落ち着いた様子で質問に答える。
そしてベルズがその光景を苦そうな表情で見ているのに気が付くと、カトレアはイリスに握られていた手を解いた。
「……そういうわけでこの子、私の昔の知り合いの、イリスと言います。悪い子では……ないと思います」
「……そうか、知り合いか……」
ベルズは、ハーヴェスト・ブルーをしまった。
何の関係もないのならばともかく、カトレアの知り合いとなれば殺してもいい展開にはならないのだろうな、と予想したのだ。
やはり、聞こえないふりをしたまま殺してしまえばよかったかな、と心の中でベルズは後悔する。