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シルバーイーターX Re:story ~銀の魔族とハーフエルフの少女~  作者: カイロ


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黒焦げの勇士

 空間が裂ける。そこから手袋をはめた手が両手が裂け目を掴み、カーテンを開くように亀裂を広げていく。

 人が1人通れるほどの穴が開き、そこから2人が現れた。ベルズとカトレアだ。

 艦の中でも1番前に出ていたものの甲板に2人は立っている。そこと島の空間に穴を開けて一瞬で転移してやってきたのだ。当然、その瞬間を目撃した船員は大いに動揺する。

 これから命を取ろうとしていた者が現れ、大半の船員は恐怖し混乱し、海に飛び込んで逃げたり船室へ逃げ込んだりと大騒ぎだ。


「……貴様、そんな芸当まで使えたというのか!?」

「うわ、またお前か」


 その狂騒が収まった時に発せられた声は、甲板に残った最後の船員であり、よく聞きなれた、そしてベルズの嫌いな声、女勇者ビスクのものだった。


「……確か、前にも大軍を引き連れてここまでやってきていたようですけど、まさかこれもあなたの差し金?」


 眉をひそめたカトレアに問われると、ビスクは途端に顔を青くして首を大きく振りながら否定する。


「ちっ、違う! あれはもう無意味だと分かっている! むしろ私は反対した側で……!」

「でもここに来たって事は俺をまた殺しに来たって事だよな? ならどんな理由があろうが死んでもらうが」

「待て! まずは話を聞け!!」


 やけに必死に食い下がるビスクに、ベルズは今までと違う何かを感じる。

 一応、話は聞いてやる事にした。ちなみに殺すか殺さないかとはまったく関係はない。


「私は同じ失敗を繰り返すつもりはない! 数で貴様に勝てないのも既に承知している! だから秘密裏に各国に残された戦力を集結させて貴様を討とうという話が私の耳に届いた時は止めたとも、そんなものは無駄だと! だが国を奪われ、住む場所も守るものもなくなった彼らは誰一人止まらなかった! そして、気付けば皆ここに集まってしまった!」

「それで、なぜ止める側だったビスクさんが先陣を切っていらっしゃるのです?」

「うむ……気付けば担ぎ上げられていてな、徹底的におだてられ続け気分の良くなった私はいつの間にか彼らを先導するべく旗を握らされていた、というところか」

「丸め込まれてるじゃねえか」


 弱みに付け込まれでもしているのかと一応聞いてみたが、何も得るもののない駄弁りであった。完全に時間の無駄だ。

 強制されていたのならば見逃したかというと欠片もそんなことはないのだが、とにかくビスクはいつものように殺すべき対象として認定された。


「あなた、もういいから全部焼いてしまってもいいのでは?」

「……そうだな。カトレア、やっちゃっていいよ」


 ベルズの了承を得たカトレアは自分の手袋を外して胸ポケットに仕舞う。そして腕が黒鉄に変化させると同時に手の甲部分の宝玉は赤熱を始めた。

 連動するように島を包囲する船団の最後尾、その艦の船尾側を削り取るように全てを瞬きの間に蒸発させる炎の壁が吹き上がる。艦ごと島を囲うようにぐるりと一周展開された壁は、船団の退路を完全に封鎖した。


「これで皆様、進むより他なくなりました。壁は10分ほどで収縮しきって島の崖あたりまで迫りますので、その間お好きなように抵抗の方をお楽しみください!」


 笑顔でカトレアがビスクに向けて手を振ると、再び空間を裂いて穴を開けたベルズに腰の辺りを抱かれ、出てきた時と同じように穴の中へと消えていき、それからチャックを閉じるように亀裂も消えた。





「……10分か」


 カトレアの告げたタイムリミットをビスクは小さく呟いた。

 ビスクらの乗る船はのろのろとした航行でここまでやって来た。このままの速度でいけば接岸すら叶わず迫りくる壁に焼かれる事だろう。

 しかし、それは速度を維持し続けた場合である。これまでは他の艦との足並みを揃えるために低速での移動だったが、それを気にしないのであれば今の倍の速度は出せる。

 足の遅い仲間を見捨てる決断とはなるが、だからといって仲良く焼け死ぬ道理もない。静かになったのを察知した他の船員が甲板へと戻ってき始めたのに気付いたビスクは直ちに決定を叫んだ。


「全員に伝えろ! 今からベルズの島へ向かい疾走する! 急げ全速前進だッ!!」

「は、はいッ!」


 後方に炎の壁が現れたのに気付いた他の艦も既に前進を開始している。そして早くも壁に追い付かれた低速の艦は尻に食らいつかれ、船体が傾き始めている。

 10数秒前までは先頭だったビスクの艦だが徐々に追い越され始め、そして炎の壁に追い付かれ始めている。

 自身の後頭部に熱を感じ始めた頃、ぐんと前に進む速度が上がるのを感じた。海水を切り裂いて進む音が増し、追い抜かれていた艦たちに並びだす。

 壁もようやく少しは離せたか、と安堵して振り返ったびすくだが、そこに見えたのはすぐ後方の艦が煙を上げ、そしてじわじわと壁に飲まれていく瞬間だった。

 そこにきて気付く。カトレアはビスク達を島に上げさせる気はないのだと。おそらく、島へと最高速で進む艦が接岸するよりも壁の収縮が先に終わるに違いない。

 どちらにせよビスクの乗る艦以上の速度で壁は迫っている。少なくともビスクには焼け死ぬ以外の選択肢は与えられないと見ていいだろう。

 理解した。だがビスクが絶望に襲われることはない。むしろ早くに気付けた事を感謝さえしていた。


「ここで一矢報いるッ! 砲門を向けろッ!!!」


 艦全体に聞こえるほどの声でビスクは叫ぶ。

 壁から逃げて何分ほど進み続けただろうか。5分は越えられただろうか。

 しかしそれでは届かなかった。島の大地へと足を踏み入れるには遠く、壁はすぐそこまで迫りつつある。もはや逃げるなど不可能。

 もはや手も届かない場所だが、これならば届く。ビスクの命に従うように船体は横を向き、そこに開いた3つの砲門から特大の大砲が砲塔を覗かせる。

 幾隻かの艦も前進を諦め、次々とビスクと同じように砲をベルズの住む島へと向ける。

 どこでもいい。だが当たりさえすればさぞ不快そうに顔を歪めることだろう。そんなベルズの顔を想像してビスクはほくそ笑む。そういう顔だけ見せてくれるなら好きになれそうだとさえ思う。

 まだ撃ちはしない。慣性で進める所まで進む。壁はもう反対側の側面へと触れているが、ギリギリまで近付く。

 そして、艦の前進が止まったのを微細な振動で感じ取ったビスクは、


「撃てえーーーーッ!!」


 叫ぶと共に待ってましたと言わんばかりの爆音が上がる。ほぼ同時に打ち出された3つの砲弾を皮切りに他の艦も砲撃を開始する。

 ほぼ全周囲から不規則に乱れ飛ぶ砲弾は、放物線を描きながら飛んでいく。

 それはいずれもが島内に着弾する弾道で、完全な一斉射でない分防御が難しい。

 どれほどの被害を出せるかは不明だが、間違いなく大地は弾け飛ぶだろうし、もしかしたら大切な何かを破壊できるかもしれない。

 ざまあみろ、とビスクは声に出して笑う。勝利を確信しての笑いだ。その期待に応えるように砲弾は島の大地を抉り――

 とういうことには、ならなかった。


「……ッ!?」


 砲弾は真っすぐに島の方向へと吸い込まれていったが、着弾する前にそれを受け止めるものが現れた。

 炎の壁だ。外周をなぞるように、その壁はドーム状に島を覆っていた。


「2枚目、だと……ッ!?」


 ビスク達の一矢をあざ笑うかのように立ちはだかるもう1つの壁。

 その壁が自分達の放った砲弾を蒸発させるのをただ茫然として見ていた彼らは、何が起こったのかを理解する間も与えられず背後から迫る壁に焼かれていった。

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