はじめての海水浴
それから数週間が経ち、碧の玉座は完全に馴染んだ。
イリスの事を教え忘れて危うく溶かされそうになったりもしたが、それ以外は島に住む誰かを襲う事もなく、問題も起こさなかった。
むしろベルズとカトレアを討伐しようと時たまにやって来る冒険者を返り討ちにしてくれ、ディオネアが言っていたように番犬として大いに役立っている。
大地の養分を吸って生きるという特性によってリギアと同じような半不死性を獲得しているらしく、傷を負っても立ちどころに治ってしまうので放し飼い同然で構わないのも素晴らしい。
ベルズ自身が戦える機会が少なくなってしまうのが残念ではあるが、その分カトレアと静かに過ごせるのは悪くない、と思っている。
さて、それはともかくとしてベルズは今カトレアと共に浜辺にやってきている。
「カトレア……やっぱりやめないか? 無理だと思うんだよ、俺」
「大丈夫ですって、一緒に頑張りましょう? あなた」
波打ち際の2人は片方が帰ろうとしたり、もう片方がそれを引っ張り戻したりを繰り返す。
そして、どちらも水着姿になっている。ベルズが黒のショートパンツ、カトレアは白のビキニスタイルで、手袋は外さないままだ。
気候も暖かくなり、以前泳げるように練習しよう、と約束していたのを思い出したので早速海へ繰り出した。
怨念魚については心配いらない。リギアが気を利かせてイガリスを餌に……もとい、イガリスと協力して引き付けてくれている。
それはいいのだが。
「む、無理だって」
「そんなに怖がらないでください。もしもの時は私が引っ張り上げますから」
こんな調子で、ずっと逃げ腰でいる。手を引かれ、1歩海へと進むたびに1歩下がって、の繰り返しだ。
ベルズは種族的な弱点として水に浸かると凍り付いたように体が動かなくなる。不死となった事により溺死する心配はしなくていいがどれだけ練習した所で泳げるようにはならないだろう。
逃げたい、という思いが強い。しかしそれ以上に約束は守りたい。そんな2つの思いが反発し合い、長くに渡り進んで戻ってのループに陥っている。
カトレアもカトレアで根負けする様子はまるでない。たとえ日が沈もうと雨が降ろうと世界が滅ぼうと、何があってもベルズと泳ぐまでは諦めない。そんな気がする。
いや気のせいではないのだろう、押し引きを繰り返すほどにカトレアの目の中で炎がより強く燃え盛るようなギラつきを見せる。
それに気付いて、ベルズは悟った。これはもう自身が折れるしかないのだと。覚悟を決めて飛び込むよりほかないのだと。
「……わかった。でも、ゆっくり頼むな? 本当に、本当にゆっくりで」
まあ、その声色は大分情けないものだったが、ともかくカトレアに引っ張られるまま海へと進んで行く。
ようやく踏ん切りがついたのを察してカトレアもより表情を明るくした。
「はい! それじゃあ、最初は腰のあたりまで海に入ってみましょうか」
そう言って、ベルズの両手を取ったカトレアは後ろ歩きで進む。要望通り、亀のようにゆっくりとだ。
じっくり時間をかけながら、膝上あたりまでが海面に沈んでいく。
この時点で足先が動かなくなりつつあるが、カトレアも根気よく付き合ってくれているのでなんとか耐えてみよう、とベルズは思う。
「いいですよ、このままゆっくりといきま」
太腿まで浸かった所でカトレアが転倒した。急激に深くなっているのに気が付かず、足を踏み外してしまったのだ。
それだけならば可愛いものだったが、今はベルズの手を握っている。咄嗟の事ですぐに手を放す事もできず、互いの位置を入れ替えるような縦回転をしてしまう。
おっ、という声を残し、ベルズは深みを増した海面へと投げ飛ばされてしまった。
「あなたーー!!!!」




